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after Birthday ※視点は惠

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僕の考えた惠ルート ※視点は智

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chapter 1 


大通り。まだ日も高い時間帯だから、それぞれの店が好き勝手な色を主張し、目がガヤガヤする景色を作り上げている。
 この騒がしい色爆弾が日が傾くなり統一感のある色になるんだから、恐ろしい。夕焼け色はきれいだけど、同時に個性を問答無用で染める強烈さも持っている。いかなる色であっても、あのオレンジには逆らえない。
……太陽って結構横暴だ。
 パルクールレース騒ぎから、早一週間が経過した。結局、同盟を抜けるタイミングも隙もつかめないままだ。時間がたてば経つほど首が締まるから早いところ離脱したいところだけど、空気は読んでおかないと面倒なことになる。
 よって、きわめて個人的な脳内整理のために、本日はオフタイムにすることにした。
 騒がしすぎた日々、実際には数日なんだけど、長々と過ごしてきた気がするから不思議だ。緊張していたせいもあるだろう。みんなといるのは楽しいけれど、一瞬たりとも気が抜けない。一人でいるときの何倍も気を張るから、やっぱり疲れは出てしまう。かといって疲れた顔で出るわけには行かない。常に素敵に無敵、それが乙女のポリシー。いろいろ混ざってるのは気にしない。
 前置きはともかく。僕は今、乙女スタイルで街をぶらぶらしているのである。
「……かわいいなぁ」
 ショーケースの中でひらめくスカートに、思わず足を止めた。
 今いる区画は特に女の子向けのショップが多い。どこもかしこも財布を打ち抜くための乙女アサルトライフル、もといかわゆいディスプレイを披露している。脳を刺激する色彩に、限りなくありえそうに見えて実にはあり得ない服の映え方をするマネキン。マネキンの着こなしの巧さにだまされて後で泣くのは全ての乙女が通る道。最近はさらに見栄えよくなるよう、後ろが安全ピンで止めてあったりもする。背中が見えないマネキンにしか許されない横暴な着こなしである。
 ……ええ、泣きを見ました。そもそも女物の服自体合わない体型だから、失敗したときのガッカリ感たるや……はぁ。
 試着すればいいというなかれ。途中で覗かれたら人生終了である。
 まあ、店舗で買う場合はそういう問題が多発するんだけど、見て回る分には楽しい。街行く女の子たちの着こなしにピンとくることもあるし。何かが盛大に間違っている気はするけれど。
 などと考えつつ歩いていると、ひときわピンクでパステルな店が近づいてきた。
「……あーー……」
 思わずため息をつきそうになる。
 そこに鎮座ましましたるは、どんなに女の子趣味であっても性別的に非常に困る店。そのマーケット規模もこだわりも男性とは天地とかけ離れた乙女の秘密の花園。
 すなわち、ランジェリーショップ。
 ふつうは陰に隠れてこっそりあるべきだけど、昨今の少子高齢化の波を受けて繁華街の第一線に飛び出してきてしまった非常に目のやり場に困る店。商売っ気出しすぎだろうとも思うけれど、昨今の乙女は「見えないところにこそオシャレ」がトレンドらしいから、需要と供給は成り立っているんだろう。うちにある某通販会社のカタログも、そっちの系統にかなりページを割いているし。
 という理論武装を図ったところで、立ちはだかる摩天楼は消えてはくれない。
 さすがにショーケースに下着マネキンは並んでないけど、ペールトーンのカーテンの裏側に並ぶ商品たちにうっかり目がいってしまうのが悲しいいきもののサガ。チェーンソーお断り。
 この店を通り過ぎるときだけは流石に気を使う。変に意識して早足でも不審者だし、平静を装ってもどうしても顔が横に向くし、店の前で人にぶつかったりしたら目も当てられない。頭の中をフル回転させて、最小の運動量で最大の移動距離を稼げるよう意識を集中する。
 幸いにも、今店の周りの人通りが途切れている。よし、さらっと気にせずにクリアしてーー
「ありがとうございましたー」
 三歩踏み出したところで自動ドアが開いた。中から人が出てくる。いや大丈夫、この距離ならぶつかることはない、何事もないんだからさっさと通り過ぎよう。そう大丈夫、なんかどこかで見たことがあるようなちょっと鳥肌立っちゃいそうなすさまじく場違いな自分より背の高いグレーの詰め襟が出てくるとかーー
「あれ」
「ふぉぅっ!?」
 呼び止められた。
 全力で知らないふりをしたい知っている顔。
「こんなところで会うなんて。奇遇だね」
 奇遇ってレベルじゃないです!
 うっかり立ち止まってしまう。ザ・鬼門、下着屋の真ん前で。
「僕のこと、覚えていてくれてるかな」
「オボエテナイトオモイタイデス」
 ロボ的反応。むしろ僕は貝になりたい。海の底に沈みたい。
 僕を呼び止めた主はパルクールレースでお世話になった詰め襟仮面、もとい才野原恵だった。初対面で口説いてきた電波系。困ったときにさらっと出てきてさらっと消えた一見ヒーロー。しかしその言動と第一印象のから、個人的にはお近づきになりたくないランキング上位に位置する。
 ……いや、そういうことではなく。
 なにゆえコイツがここにいるのか。
 出てきたのは下着屋。色盲であってもモノクロ世界であっても女性向けだとわかるふりふりひらひらランジェリーショップ。男性へ全力でATフィールド展開中。
 そこから出てきたグレーの詰襟青年。
 もはや違和感の次元を超越している。
 いや待て、最近はカフェが隣接したタイプの店舗もある。実はこの店の奥に美味しいケーキを出すカフェがあってそこでティータイムを過ごしていたのかもしれない。そうだ、そうに違いない!
 視線を下げる。
「……」
 白い手からは、明らかにお買い物後の袋が下がっている。パステルブルーのレース模様が印刷されたクリーム色の紙に、シルバー箔で店の名前が押されたデザイン満点の袋だ。
 僕の視線に気づいたのか、にこやかに笑みを見せる。
「この店の品は質がいいからね」
「誰もそんなこと聞いてない!」
 だめだ。全く悪びれる様子がない。後ろめたさの欠片もない。
 男がランジェリーショップで買い物という世間様に顔向けできない行為にまったくためらいがない!
 まさに、完全無敵の変態だこいつ!
 電波告白だけでもアレなのに、中身はもっとアレだ! まさに未知との遭遇、エイリアン! 和久津智、人生の危機!
「ああ、そうだ。折角の機会だから」
「お断りします」
「即答なのか」
「即答です」
 変態さんが次のアプローチに入る前に即刻拒絶する。冗談じゃない。人の趣味をとやかくいう気はないけれど受け入れるかどうかは別問題だ。合わないタイプは逃げるに限る。
「友達からって言ったのに」
「友達になった覚えすらないです」
「一緒に夕焼けの街を走ったじゃないか」
「勝手に青春ドラマにしないでください」
 言ってることは間違ってはいない。正しくもないけど。
 僕の動揺を気にもとめず、聞いてくる。
「あのときは、役に立てたかな」
 うっ。それを言われると弱い。
 実際のところ、コイツがいなければレースに勝てなかった。それは事実だ。その点については感謝している。お礼を言わなきゃとも思っている。その辺は礼儀だ。
「……」
 頭の中だけでイメージ深呼吸。
 そうだ、お礼は関係を一旦終わらせる切り札でもある。ありがとうという一言はそれまでの関係性にピリオドを打つ役割もあるのだ。逆にいつまでも礼を言わなければ、その間ずるずると関係が続いてしまうことになる。
 よって。
「うん、あのときは助かったよ」
 とりあえずはお礼。たぶんこれが最適なカード。
「それは良かった」
 また笑う。
 困ったことに、顔だけ見るととても変態さんには思えない。イケメンずるい。目鼻立ちの整った顔に、透明感のある白い肌。髪も見るからに滑らかだ。化粧なんかしてないだろうに、詐欺レベルのバランスの良さ。この顔で何人騙してきたのか、まで考えるのはやりすぎか。
「じゃあ、付き合ってもらえるかな」
 前言撤回。
「友達からではありませんでしたか」
「君を案内したいところがあるんだ」
「どう考えてもそっちの意味でしょー!?」
 一瞬たりとも気が抜けない爆弾野郎である。
 やばい。売られる。甘いマスクの向こうは獣の牙だ。男はみんなオオカミなのよ! だめよ智!
「そんなに警戒しなくても」
「します。させてください」
「疑り深いね」
 いや、アナタが危なすぎるだけです。言動はそんなに変でもないのかもしれないけど、第一印象がアレだから何もかもが疑わしい。一歩間違えたら変な道にひきずりこんできそうだよこの人! 今のところ強引な様子はないけど、この分だと豹変するのも時間の問題だよ! きっと!
「何してるのよ、智」
 冷や汗ガソリンで頭を回転させている僕に、知った声が降ってきた。
「おや、君は」
「花鶏!」
 花鶏だ。救いの女神光臨。
 僕らの様子を一瞥し、腕を組む。視線は変態さんの方へ。
「あんた」
「久しぶり、かな。それほど日は経っていないけど」
「才野原、だっけ」
「覚えていてくれたんだね」
「名前はどうでもいいわ。それより、なに智にコナかけてんのよ」
 大分不機嫌だ。そりゃそうだろう、下着屋の前で女を口説く男とか意味不明にもほどがある。
「おかしいかい?」
 対する変態さんは驚いた様子。その感覚はおかしい、おかしいぞ!
「おかしいに決まっているでしょう」
 花鶏も同意。
「智は、私のものなのよ」
 ちがう! 全然違う! 同意の方向が違う!
 思わずすっころびそうになる。流石にこれは予想外だったか、変態さんが目を丸くした。
「そうなのかい? 彼女はそんなことは口にしなかったけど」
「智が言わなくても、私がそうと決めたらそうなのよ」
「ま、待って花鶏」
 すいません。救いの女神は光臨してません。むしろ泣きっ面に蜂です。事態がさらにややこしくなります。勘弁してー!
「関係は同意の上で始まるべきじゃないかな」
「そんなものは事後承諾でいいのよ。最後はメロメロになって解決するんだから」
「自信があるんだね」
「私に落とせない女の子などいないわ」
「落とすとか言わない!」
「すでにAは完了済だし」
「Aとか言わない!」
「この調子でBもCもDも」
「ストップ! てかDって何!?」
「体験してからのお楽しみ」
「体験だめ! ゼッタイ!」
「まさか君たちがそんな仲だったとは」
「そこ誤解しない!」
「否定してばっかりじゃ人生楽しめないわよ、智」
「肯定したら人生破滅する!」
 ああ、なんという袋小路。逃げ場なし。変態さんに売り飛ばされるのはイヤだし花鶏に捕まるのも人生終了フラグ、明日はどっちだその前に今はどっちだーー
「って!?」
「危ない!」
 空気が変わる。
 耳を突き抜ける爆音。秒を数える間もなく迫る埃と風。
 明らかに法定速度を超えた物体が今いた位置を塗りつぶす。
 僕の反応より早く動く身体。何かに当たる。
 理解が追いつくより先に現実が降りかかり――間一髪で通りすぎた。
 時間にして、おそらく数秒。
「ひったくりだー!」
 目で捕らえられたのは、去り行くバイクと翻るハンドバッグとおぼしき物体。遅れて何人かが走っていく。騒然としかける繁華街。それも、一分と経たないうちに本来の平穏に飲まれていく。
 何事もないかのように動き始めた街に釣られ、停止していた頭が、少しずつ本来の時間を取り戻し始める。
「何、今の。ハンドルの切り方がなってないわ」
「予想外の抵抗にあって焦ったかな」
「……」
 緊張感をわずかに残した二人のやり取り。
 要するに、ひったくりのバイクがこっちにつっこんできて、それを紙一重でかわしました、ということか。
「怪我はない?」
 心配そうに声がかけられる。
「あ、うん」
 思わず素で返す。大丈夫。バイクとは接触していないし、目の前はクッション的な何かに支えられーー
「……は?」
 クッション的な何か?
 顔を上げる。
「危なかったね」
 目の前には変態さんの顔。どうやら、バイクの進路にいた僕を引きよせて助けてくれたらしい。ショップのガラスが邪魔して下がりきれなかったのだろう、あまりバランスがいいとは言えない傾き方をしながら立っているのがわかる。それぐらい密着してしまっている。
 驚いたことに、変態さんのルックスは密着しても全くボロが出ていない。世の中の乙女が嫉妬しそうな肌ツヤだ。例えるなら淡い、詰襟の向こう側の柔らかさが透けて見えそう。
「……あれ……?」
 で、柔らかさというのは比喩表現だけでなく。
 手。僕の両手が当たっている位置、胸元。
 ふにふにしてる。
 染色体XYでは絶対にありえない、人類の英知を集めても多分再現できない独特の弾力が掌に押し付けられてしまっている。
 右手でひとつ、左手でひとつ、合計ふたつ。ローマ字のOではじまる物体。
 ふに。ふにに。中身入ってる。
「ってー! あんたドサクサにまぎれて何してるのよ!」
 精神的に平常営業に戻った花鶏が僕らの様子に声を上げている、模様。なんか声が遠い。手に当たってる温度のインパクトがが大きすぎて他まで神経が回っていないらしい。
「こうするのが一番手っ取り早かったんだ」
「そんなことはどうでもいいのよ! 男の分際で智を抱きかかえるなんてっ! 冗談じゃない、智が汚れるでしょ!」
 僕の記憶が確かなら、こういう身体の作りをしているのは。
「ほら、離しなさい! かわいそうに、智が固まっちゃってるじゃない!」
 花鶏が僕らをひっぺがす。そのまま回し蹴りでも入れそうな勢いだ。変態さ、じゃなくて才野原惠はというと特に困惑した様子もなく、むしろ僕を案じるような視線を向けてくる。あっちには僕の混乱の理由がわからないんだろう。そりゃそうだ。こっちは非常にアレでソレな心境ですが。
「本当に大丈夫かい? どこか打ったりしてないかい?」
「いや、打ってない。打ってないです。それよりですね才野原さん」
「惠でいいよ」
「えーと、惠」
 今度は全身で深呼吸。手に残る感触はとりあえず脇に除ける。
「つかぬことをお伺いいたしますが」
「何かな」
「……女の子?」
「はぁ!?」
 恵より先に反応したのは花鶏だ。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
 問答無用でつかみかか、る振りして惠の胸元に手を当てる。
 間、三秒。
「……B」
「サイズチェック!?」
「変わった特技だね」
「智より大きいわ」
「僕を比較対象にしないでー! ていうかやっぱり女の子!?」
「男がこんな店から出てきたら、警察が黙っていないよ」
「ですよねー」
「そりゃそうね」
「ということは、その袋は自分用」
「こういうものを他人に買わせる子はそうそういないんじゃないかな」
「はい」
 ぐうの音も出ない。
 真実はいつもひとつ。そしてとっても普通。変態さんと思っていた才野原惠は、至極まっとうな行動をしていただけの、普通の女の子でした。
 ……その、普通の女の子の胸を思いっきり触ってしまった青少年、和久津智。終わってみれば僕の方がよっぽど変態だ。確認で揉んじゃったし。
「……智?」
「……タイムマシンが欲しい」
 手にはくっきりはっきりしっかりと、さっきの感触が残っている。気を抜くと手がわきわきと動きそうだ。
 惠は大して気にしていない様子で、むしろ軽くテンパっている僕を心配そうに見つめている。恥ずかしさと後ろめたさで思わず顔を逸らす。人生は常にスリルショックサスペンス。何事も最初は初体験。自分が持たない身体の神秘に完敗。
「いや、もう本当……すみませんでした……」
 二人には伝わらないだろう葛藤の末に、僕はただしおらしく頭を下げるしかなかった。