QLOOKアクセス解析

after Birthday ※視点は惠

     act1 / act2 / act3 / act4 / act5 / act6 / act7 / act8 / act9 / act10 / act11 / act12(完)

僕の考えた惠ルート ※視点は智

  / / / / / / / / / 10 / 11 / 12/ 13/ 14/ 1516 / 17 / 18 / 19 / 20 / 21 / 22 / 23 / 24 / 25 / 26 / 27 / 28 / 29 / 30/ 31 / 32 / 33 / 34 / 35 / 36 / 37 / 38 / 39 / 40 / 41 / 42 / 43 / 44 / 45/ 46 / 47 / 48 / 49 / 50 / 51 / 52 / 53 / 54(完)

chapter8 


    すっかり忘れていた。
 今日はまだ金曜日。平日だ。「お泊り」というイレギュラーイベントが発生しても、カレンダーは無常。
 平日ということは、学校がある。優等生として、また今後の様々な状況に対応するための事前策として、出席日数は多いに越したことはない。いきなりのお泊りだったから、メイドさんもいろいろ片付けたいことがあるだろう。「少しの間」という条件だったし、今日一日学校に行ったって大丈夫。
「というわけで、みなさん登校しましょう」
「えー」
「なぜそこでブーイング」
「だってだって、お泊りしたし」
「こう、気分は休日! って感じですよね」
「説得内容がこざかしい」
「まだ隠し金庫が見つかってないわ」
「授業受けなくても、図書館で勉強はできるもの」
 ……あれ……?
 僕は至極当然の主張をしてみただけなのに、なんでしょうこの空気。同意してくれそうだった伊代まで残る気満々だ。確かに居心地良かったし、この雰囲気から離れたくないのはわかる。わかるけどやっぱりそれはどうかと思うんだ。
「惠はどうするの? 行くの行かないの」
「みんなに合わせるとしよう」
「サボりたいってことですか」
「一人だけ反対票を投じるのはなかなか勇気がいるだろう?」
「そりゃそうだけど……やっぱり、まずはその、みんな学生の本分をわきまえないと」
「言ってることは間違ってないのよね」
「ただ、空気が読めてないだけで」
「この瞬間だけはイケテナ委員長を超えました、倍率ドン」
「だからなんでそんなにみんな僕に冷たいのー!?」
「むしろ、どうしてそんなに学校に行きたがるのかと」
「うっ」
 痛いところを突かれる。僕だって今日は……というかしばらくはこの家にとどまって和気あいあいと過ごしたい。てのひらに転がり込んできた、ささやかすぎてすぐにこぼれおちてしまいそうな時間をできるかぎり引き延ばしたい。地味に寝不足でもうちょっと寝ていたかったりもする。
 でも、理屈から行ったら学校に行く方が正解だと思う。メイドさんも惠も今はにこやかにしているけれど、いつキャパシティを超えるとも限らない。勝手知ったる仲に近づいているとはいえ、親しき仲にも礼儀ありだ。そのへんのボーダーラインは高めにしておいていいと思う。低くして失敗したら目も当てられないし。
 というのは、半分本心で半分嘘だ。
 実は、僕は学校に行きたいわけじゃない。一人で考え事ができるなら、自宅でもファミレスでも、路地裏でもかまわなかったりする。
 要するに、みんなと一緒に、惠と一緒にいるために、もっといろいろ策を練りたい。策を練るというとアレだけど、つまるところ予防線だ。ただただ与えられる幸福に甘んじているだけでは、いざ障害が発生した時に乗り越えることができなくなるし、そのときに慌てても時すでに遅しということになりかねない。今から破たんした場合を考えるなんてと言われそうだけど、様々な対応策を用意するのは悪いことじゃないと思う。こういう思考回路は日々慎重に生きる僕の性分だ。そして、思索には一人の環境がどうしても必要になるのだ。
「そ、それにさほら。急に押しかけちゃったから、メイドさんたちもいろいろやることがたまってるだろうし」
 本音を背中に隠してチャックを閉めるイメージで別方向から攻める。
「手伝えばいいよ」
 即座にるいが反論。だがしかし、今度は花鶏が制止した。
「皆元、あんたはやめときなさい」
「なんで!?」
「弁償代払えないでしょ」
「なんで壊すの前提なの!?」
「実体験に基づく」
 深く深く、深海魚も生息できないほど深い恨みをありありと湛える花鶏の視線。身に覚えがあるからだろう、るいはくしゃっと顔をゆがめて後ずさる。がっぷり四つに組みあわないなんて、なんとも珍しい光景だ。
「……相当根に持ってるのね」
「珍しく、買い手の付きそうな骨董品だったのに」
「恨む理由が切ない」
 とても切ない。
 ひとしきりるいを見下げ、花鶏が髪をかきあげる。冷たい視線のふりをしつつ、るいを責められるのが楽しいというのがありありと見て取れるのが花鶏らしい。
「まあ、そんなわけだから。骨董品を移動する時間があった方がいいんじゃないかしら」
 と、意外なカーブを描いて話が戻る。
「あれ」
「意外にも、セクハランが意見を変えましたか」
「学校に行くかどうかは別として、これから何日も泊まるなら着替えを持ってくる必要があるでしょ」
「あ」
「そういえば」
 すっかり忘れてた。確かに、泊まり込みならば準備が必要になる。
 一同、「その発想はなかった」状態で顔を見合わせる。僕らが「お泊り」に慣れてないことを象徴しているみたいで、おかしいような、切ないような。
「よし、話は決まった」
 さしあたり、流れを確定させる。
「各自いろいろ準備して、ついでに学校も行って、夕方ごろにまたここに集合しよう」
「学校はついでなんだね」
「ついでです、実は」
「君らしい」
 惠のさりげないツッコミを流す。ちょっともったいなかったけどしょうがない。
「というわけで、皆さん一旦解散ー!」
 あえて威勢良くした宣言とともに、各自がそれぞれの場に向けて屋敷を出る。
 メイドさんと惠は、相変わらず温和な表情をたたえたまま送り出してくれた。

 授業で何をやったかは、あまり覚えていない。意識は完全にお泊りの方に行っていて、英語も数式も右から左へ流れゆくまま。その割に時間が経つのがやたら遅くって、いつもの五倍近い頻度で時計を確認してしまった。
 ぼーっとしていた、わけでもない。思考の旅に出たものの、とりとめもないことが浮かんでは消えるばかりで、ちっとも形にならなかっただけだ。
 考えてみれば、これから何がどうなるか全く分からないのに対策を打とうという時点で無理がある。トラブルの芽が出た瞬間に捕まえれば間に合うだろうし、無理に根詰めて考えなくてもいいのかもしれない。今思いをめぐらしたところで、わずかな情報と現状把握が堂々巡りするだけだ。
 現状把握―― 惠を、惠の呪いを知りたい。
 おそらく、本人は知らずにいてほしいと願っているだろう。僕だって自分の呪いは知られたくないし、知られたらデッドエンド。僕らには「触れてはならない部分」が確かに存在する。
 それでも、僕は追い求めようとする。見当外れだったり、情報不足でななめ上だったり、形を結ばなくても、考えをめぐらす自分を止めることができない。
 好奇心という表現では足りない、獰猛ですらある熱意。リスクの存在を把握しつつ、それを飛び越えてでもたどりつきたいという、無鉄砲で無遠慮な衝動。ものごとに深入りしたいという願いは、往々にして自分勝手だ。誰かのためと言いつつ、結局自分の気持ちのいい方に話を進めたいだけなのはよくある話。
 ……惠のためじゃない。
 僕のためだ。
 僕が知りたいんだ。
 今まで、誰とも距離をとり、立入禁止区域を作り続けてきた僕が、他人の禁止区域に立ち入ろうとしている。入られる恐ろしさを知りながら、それ以上の執念で、幾重にも張られた嘘の茂みをかきわけようとしている。
 他人の心を土足で踏み荒らす危険性を承知で、それでも知りたいなんて、初めての経験だ。
 わがままで、勝手で、あらゆる感情の上をひた走る想い。現実の問題すら霞の向こうに追いやり、ひたすらに駆け抜ける。向こう見ずで恐ろしい、衝突が待ち受ける暴走。
 だって―― 抱える渇望は、翻って僕自身にも突き刺さる。
 惠の呪いを知りたいとは、惠に僕の呪いを知ってほしい、という意味でもあるのだから。
「……ままならないなぁ」
 楽しく過ごすだけなら簡単だ。僕が、惠が今までやってきたように、上手く立ち回ることを主眼に置けばいい。呪いを踏まないよう、腫れ物に触るように、ひたひたと生きていけばいい。仲間がいて、笑って過ごす。平和で、安穏とした日々。
 そこで止まっておけばいいのに。温かな湯船に浸かるように、身体の力を抜き、目を閉じていればいいのに。
 手は、伸びる。頭は、回る。
 届きそうで届かない彼女につながる、細い細い糸を捜し求める。

「センパイたちに、お知恵をお借りしたいのであります」
 めいめいが戦闘態勢を整え、屋敷に終結して十分後。こよりが持ち出したのは、なんとも平易でかつ切実な話題だった。
 困り顔で差し出したるは一枚のプリント。見慣れた、しかし学校以外ではあまり対峙したくない文字が並んでいる。
「宿題?」
「はい……鳴滝めの英語の先生はちょっと変わってまして、この宿題もだいぶ曲者なのです。それで、センパイがたのお力添えをいただければと」
「あら、あなたの年代でも英語のじゅぎょ」
「しーっ! 伊代、それは言わない約束!」
「登場人物は全員十八歳以上、それが大宇宙の意思」
「素晴らしきかな、暗黙の了解」
 プリントをのぞきこむ。書かれている英文はメモ欄かと思うほどに行間がしっかり取られ、改行がふんだんに盛り込まれてデザインみたいになっている。
「歌詞?」
「ですね。要は、和訳の宿題です」
「Fly me to the moon……有名な曲ね」
「え、お肉?」
「なぜ食べ物」
「『ふらいみーと』でしょ?」
「山田くーん、座布団全部持ってってー」
「ついでに初号機を拾ってくるように」
「僕らはチルドレンではありません乗れません」
「年齢的な意味で」
「禁忌! その単語タブー!」
「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ」
「いや逃げて、それは全力で逃げて」
「もともとはスタンダードジャズなのよ、この曲。いろんな歌手がカバーしてるわ」
「そうなの?」
「ええ。私、五種類ぐらいレコード持ってる」
 脱線地獄はいつものこと。好き勝手に話を飛ばしつつ、こよりんの宿題に向き合う。
 書かれているのは、某アニメの影響もあり、タイトルだけなら誰でも知ってそうな曲の歌詞。正直、和訳の宿題としてはこの上なく簡単な部類だと思う。
「検索すればいいんじゃない? 和訳載せてるサイトなんて山ほどあるでしょう」
「そのやり方はフェアじゃないわよ」
「宿題ごときにこよりちゃんの時間を奪われるなんて私のプライドが許さないわ」
「理由になってない」
「というか、この程度ならロリロリ一人でも余裕なのでは」
「ええ、まあ……ただ訳せっていうなら簡単なんです」
 眉を寄せる。どうやら、和訳の難易度そのものが問題というわけではないみたいだ。
「普通じゃない先生、ということは、宿題の出し方にも癖があるのかな」
「そのとおりです惠センパイ。ただ訳せってことじゃないんです」
「一体、何が問題なの?」
「宿題内容が『三パターンに訳してこい』なんです。英単語はいろんな意味があるから、いろいろ組み合わせて、深読みして、意味の違う三パターンの和訳を作ってくるようにって」
「それはめんどくさい!」
「癖があるというより、ひねくれてるわね」
「ちなみに和訳サイトのコピペはマイナス評価だそうです。今週末は和訳サイト探しに精が出るって言ってました」
「……イヤな先生だ」
 なるほど、確かにそれは結構な重労働だ。僕みたいな思考回路の持ち主はともかく、こよりみたいに素直な子にとって数種類の訳し分けはしんどいだろう。僕らに協力を願い出たのも頷ける。
「なるほど」
 茜子が両腕を垂直に上げた。何か変なことを思いついたらしい。
「そういうことなら、おつむの軽さが量れるゲ―ムを提案しましょう」
 すそそそっ、と全員の前に歩み出る。その動きに全員が注目する。
 ひとつ咳払いをし、ロボットに似た硬い動きで腕を二三度動かしたのち、ぴっと両手を上げる。
「制限時間は十分。全員自分なりに訳して、他人と被る部分が少ない人が勝ち。負けたら罰ゲーム」
「おお! なるほど!」
「それなら楽しく手伝えそうだね」
「ピンクな辞書で培った語学力を活かすチャンスが来たわ…!」
「常識の範囲内でお願いします」
「なかなか面白そうなルールじゃない」
「鳴滝めも頑張りますよー!」
「どこぞの肖像画も真っ青な解読をしてみせましょう」
「意味の通じる範囲でお願いします」
「……」
 開戦前から捕虜みたいな顔をしているフライミートるいを除き、全員が同意した。悲しいかな、一旦ムードができるとそれをひっくり返すのは難しい。
「ほら、るい。やってみなきゃわかんないしさ」
「うー、だって……」
 しょげかえっても、ダメなものはダメだ。
 駄々をこねるほどでもないとわかっているからだろう、地面に沈まんとする勢いで肩を落とす。
「るい」
 そんなるいに、惠が声をかける。
「諦めるのは早い。たとえ見えている結末であっても、全力を尽くせば変わることもあるかもしれない」
「微妙に元気づけてないよそれ」
「可能性の探究は、人類が受け継いできた英知のひとつだよ」
「メグム、何言ってるかわかんない」
「『いいからやれ』ってことです、脳脂肪め」
「……間違ってはいないかな」
「こんなときまで回りくどくしなくても」
 るいを無理やり起こし、ペンを握らせる。ついに観念し、テーブルにかじりつくようにスタンバイする。
 それぞれが、自分の作業しやすい位置へ。茜子がキッチンタイマーを取り出し、十分にセットする。
「よーい、スタート!」
 試合開始のゴングには小さすぎる電子音が、静かな戦いの開始を告げた。

 ―― 結論から言うと。
 るいは、ごはん抜きになった。
 彼女にとって、今日は史上最悪の夕食タイムだっただろう――

「おやすみー」
「おやすみ、みんな」
「おなか、すいたよぅ……」
「浜江に言えば、何か作ってくれるかもしれないよ」
「……うぅ、あの人怖い……」
「飢えを取るか、恐怖心を取るか」
「浜江はもともとああいう顔だ。気にすることはない」
「うー、ん……」
「今はああだけど、たぶん帰ってくるころには復活してるよね」
「浜江さん大好きとか言いそうですよね」
「腹の切れ目が縁の切れ目」
 ずるりずるりと食堂へ向かうるいを見送りつつ、各自が部屋へ移動する。
 佐知子さんが二部屋ほど用意してくれたので、今日は三部屋に分かれて寝ることになった。惠は自室、他メンバーが二手に分かれる格好だ。佐知子さんは一人一部屋になるよう頑張ってくれたみたいだけど、やはり人手が足りなかったらしい。そこまでしてくれるとなると、嬉しいを通り越して申し訳なくなってくる。明日はそれぞれ自分の部屋を作ろう、それが今日の最終結論だ。
 向かい合わせのドアが開かれる。
「惠だけ一人って寂しくない?」
 ちょっと気になって聞いてみた。今日、惠が自室に一人なのは、彼女自身の要望によるものだ。昨日の様子からして今日も一緒に寝るものと思っていたから、正直意外だった。
「ベッドが恋しくなってしまってね。みんながいるのに一人だけベッドというのもおかしいだろう?」
 そんなことを言う。どこぞの花鶏は昨日まさにそれをやってのけたわけだけど、あれとはちょっと事情が違うか。
「一緒が良かったな」
 うっかり本音が出てしまう。惠はにこやかな笑みを浮かべ、遠まわしに僕の誘いを断る。
「明日からは一人一部屋だろう? 予行演習だよ」
「……そっかぁ」
 前からこうだ。僕が近づこうとすると、惠は離れる。なのに、僕が予想もしないタイミングで心をくすぐってくる。
 駆け引きにも似た行動に翻弄される。寄ってくるときは心地いいけど、後ずさられると苦しくなる。せめて、彼女が距離をはかるリズムだけでも掴めればいいのだけど、それすらうまくいかない。
「おやすみ、智」
 ほら。
 他の子とはちょっと違うニュアンスを含んで、名前を呼んでくれるのに――
 扉は、目の前で閉じられてしまう。
 
 相変わらず眠れない夜だ。密着度が下がった分、昨日より気楽だけど、脳みそはフルパワー最高速度で回転を続けている。その九割以上が空回りなんだから、まさにエネルギーと時間の無駄遣いだ。でも、壊れる寸前のパソコンのようにシャットダウンが効かない以上、省エネ設備故障中の自分と付き合うしかない。
 なんとか、とっかかりだけでも探し出せれば、こじつけであっても筋道はつけられる。言葉にすらならない空回りはイライラばかりを誘発する。どこかに、今晩を意味あるものに変えるキッカケはないだろうか。
 ……今日の出来事を反芻する。授業中の記憶はないに等しいから、実質上夕方からだ。こよりの宿題を手伝う名目で英文解読ゲームに興じて、ご飯を食べて、るいの凹みっぷりをなだめてみたりからかってみたり、トランプで茜子がチート並みの強さを見せたり、昨日とはまた質の違った、たわいもなく、笑顔の詰まった時間。
 和訳ゲームは結局るいが一行も訳せなくてあっさり決着がついたけど、試しに見合わせしてみたらみんなの解釈がかなり違っていて驚いた。特に驚いたのが二番の歌詞、後ろから二行目。

「in other words please be true」

 その後の行は誰が訳しても同じ意味になるから、なおのこと印象に残っている。
「つまり、そのままのあなたでいて」「言い換えるなら、本当のことにして」「いいから洗いざらい吐け」「別の言葉で言えば、誠実でいてください」「身体に正直になりなさい」……ムードぶち壊しだったり明らかに方向が違ってたり、色々だ。

 ……in other words.

 言い換えるなら。
 
 please be true.

 誠実で。素直で。正直で。
 ……嘘を、なくして。

 なぜ、僕と君は嘘をつくのだろう。
 僕は隠すため。
 じゃあ、君は?
 
 ……言い換えるため。

 ……もし。
 惠の嘘が、『隠すため』ではなく、『言い換えるため』だったとしたら……?

「……え?」
 耳が、扉のきしむ音をとらえた。
 自然の音じゃない。小さかったけど、明らかに人為的な音。
 るいが帰ってきたんだろうか? それにしては遅すぎる。電気を消してからもう二時間以上経ってる。
 心臓が、予感に跳ね上がる。
 いてもたってもいられなくなり、身を起こす。寝ているみんなを起こさないようにそっと扉を開け――
 
 階段を降りる音を捉える。
 
 急速に記憶が戻ってくる。
 昨日の夢の記憶だ。こびりついた声だ。
『緑の奥深く。屋敷の秘密が暴かれる。才野原惠は嘘の発覚を機に、彼の者に牙を剥く』

 ……導かれるように。
 僕の足は、降りて行った誰かを追い始める――