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after Birthday ※視点は惠

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僕の考えた惠ルート ※視点は智

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楽園の包帯 ※18禁要素あり 


「んー、今日は買いすぎちゃったかなぁ」
 レシートの内容をノートに書き写しながらため息をつく。無駄遣いが数字に現れると結構悔しい。ひとつひとつはたいしたことなくても、塵も積もれば山となるのです。
 夕食を終え、しばしそれぞれの時間を過ごす。惠は隣の部屋にいる。テレビの音が聞こえてこないから、多分読書でもしてるんだろう。僕もさっさと家計簿付け終えてあっちの部屋にいこう。
 僕が家計管理をしているのには、ふたつ理由がある。一つは節約のため。人間の記憶は頼りにならない上に勝手な解釈が入るから、チェックしてないとお財布が予想外の寒さに見舞われる。。安いからと飛びつくのは危険信号、安物買いの銭失いは実はとっても大切な先人の知恵。それでも細心の注意を払わないと今日みたいに買い込んでしまうのだから、物欲は恐ろしい。といっても二人ともそもそもの物欲レベルは低めだから、困窮するまで追い込まれることはない。
 もう一つの理由は、目立たないため。実はこっちのほうがメイン。
 家計簿の備考欄には買った店と場所は当然、通ってきた道まできっちりと書き込んでいる。別ページには行った回数のランキング。パっと見は節約主婦のお買い物マップ。
 主婦のお買い物マップと違うのは――ランキングにに載るほど通った店には、以後二度と近づかないようになるということ。
 習慣づいてしまうと、どうしても『行きつけの店』ができてしまう。普通は嬉しいことなんだろうけれど、僕たちにとっては、何がなんでも避けなければならない状況だ。
 行きつけの店、よく通る道――それは、僕たちが街に馴染むことを意味する。
 馴染むとは、認識されるということ。認識されるとは、足が付くということ。
 一旦顔を上げて伸びをする。特徴のない蛍光灯の灯り。この部屋に移ってからは大体三ヶ月くらいだろうか、前の部屋がどんなものだったか、既に忘れつつある。別に問題はない。ここだってあと半年ぐらいが限度だろうし、部屋の様子を覚えていても仕方のないこと。
 ぐるんと腕を回して、なんとはなしに手のひらを見る。丁寧にケアしてるかいあって、水仕事をしていても結構キレイ。この手はちょっとした自慢。ほころび一つない手はたゆまない努力でしか作れない、きれいな手は努力が実っている証拠なのです。
 軽く握って、また開く。ほんのちょっとだけ透けた、サンゴの色っぽい輪郭が見える。
 ……あれから沢山の、多分常人は想像すらしないだろう経験が刻まれてきた手。後悔はない。刻まれた感覚の全てが彼女に繋がっていると思えば、むしろ愛しいくらいだ。
 ただ、それぞれの経験はインパクトも、胸の内に締める割合も異なる。がちりと噛みあって離れないのは、やっぱりあの日の一撃。
 手を重ねて、初めての共同作業をしたあの日の、肉を割く感触。
 ……田松から離れて、どれぐらい経っただろう? 
 数えかけて、すぐに脳から追い出す。
 振り返ったってしょうがない。あの街では、あの輪の中では、二人は生きていけなかった。
 田松には僕たちを覚えている人が居た。僕たちを呼んでくれる人が居た。だから、離れるしかなかった。それだけだ。
 僕と彼女はただ、生きるために糧を得ているだけ、ヒトのタグを外された畜生を狩っているだけなんだけど――常識は、それ自体が正しかろうと間違っていようと、外れたものを廃絶したがる。数は暴力、数は呪い。ワルイコトなんかなんにもしてないけど、外れてるなら、僕たちはひっそりと身を隠さざるを得ない。ここが夢ではなく現実である以上、自分たちの立場をわきまえるのは当然のことだ。悔しいけれど、この世界は僕たち向けにはできていない。かつての仲間たちもまた、僕たちと同じ道にはいなかった。
「……ま、いいけど」
 思い出はスパイスにはなれど、メインディッシュには程遠い。たまに味わう程度で十分。
 視線を戻し、いそいそと家計簿記入を再開。切羽詰った経済状況ではないけれど、引越し費用や袖の下は意外とかさむ。万が一が百が一ぐらいになりそうな日々な分、蓄えは多いほうがいい。蓄えもまた、塵も積もれば山となる。よって節約は大切です。
 悲しいかな、現実問題、二人の楽園の維持には地味な作業も必要になるわけで――ん?
「あれ?」
 レシート三枚目で手が止まる。ドラッグストアのレシートだ。スキンケアやらカップ麺やらお菓子やら、もはや薬屋の意味を成さない様な商品名が並ぶ中――薬屋でしか売っていない、かつ、まず買わないような名称に目が行く。
「包帯……10メートル巻……?」
 思わず声に出して読む。
 こんなの買ったっけ? 買うようなことあったっけ?
 ……ない、よね。うん、ない。10メートルなんて長い包帯、用途は相当に限られるし、そもそも包帯を使うような状況になったりしない。間違えて買った? でも、僕がドラッグストアで寄ったのは化粧品と食品コーナーだけだ。手に取ったり、なにかのはずみで買い物カゴに転がり込むってことも考えにくい。
 となれば……答えは一つ。
「惠ー?」
「んー?」
 ドアの向こう、惠のいる部屋に声をかける。なんとなく心ここにあらずな返事。
「あのさ、包帯って買った?」
「……それほどコストはかかっていないだろう?」
「んー、まあ長さの割にリーズナブルかも、っていうかそうじゃなくって」
 返答からするに、どうやら惠の仕業らしい。よくある話だ。一緒にドラッグストアに行くと、いつの間にかサプリメントがカゴに入ってることがある。今回もそのノリでこっそり忍ばせたんだろう。
 それ自体は別に驚くことじゃないんだけど……今回の買い物は悪い意味で不思議だ。
 なんといっても、彼女は驚異的な回復能力の持ち主。きちんと上乗せさせしてあれば、身体がどんな過酷な状況に置かれようとも短時間で元通りになる。止血もギプスも要らない、能力一つで外傷を治癒できる。
 そんな彼女が、包帯、それも10メートルをわざわざ買う……?
「包帯なんか何に使うの?」
「何でもいいじゃないか」
「よくない」
「無駄遣いではないんじゃないかな。トータルのコストパフォーマンスは悪くないはずだ」
「なんのコスト?」
「……些事に気を取られては手が止まるだろう?」
「大事なことだよ、今ちょうど家計簿付けてるし」
「勘定科目には『雑費』と書くのがいいんじゃないかな」
「露骨にムダっぽいじゃないですか!」
「物事は二元論では片付けられない、そうだろう?」
 ……とても露骨に触れてほしくなさそう。
 そういう態度を取られると逆に暴きたくなるのが人の性。含みのある声色はおもしろサプライズって感じではない。どちらかと言えば、何かを我慢しているような、こらえているような気配。
 ……ひょっとして。
「……具合、悪いの?」
「その心配は無用だよ、智」
「……そう……?」
「杞憂でストレスを貯めこむのは君の身体に良くない。その発想は捨ててしまったほうがいい」
「そこまで言うなら、まあ……信じるけど」
 信じる、といいつつ、心配し始めたら止まらないもの。
 思い返してみれば、最近彼女は俯き加減というか、視線を少し下げることが多くなっていた。ちゃんと基礎体温つけさせてるから、具合が悪いなら予兆があるはずだ。壁に目をやれば、貼ってある基礎体温表は数値もリズムも正常で、発作を除けば健康に近いように思える。でも、惠はおそらく世界でたった一人の特別なカラダの持ち主。常識の通じる仕組みではないし、いつ何が起こってもおかしくない。
 ぐるぐると不安が回りだす。一番困るのが、本人はたいしたことないと思ってても実際は大問題だった場合だ。病院に連れていくことはできないけれど、民間療法で対処できるならした方がいい。体調については彼女自身相当に気を使っているとはいえ、一人の発想では思い至らないことだってあるし、発作以外にも能力の及ばぬ病気があるかもしれない。
「……」
 膨らむ不安は恐怖に結びつく。考えたくないことを脳が編み上げてしまう。
 ……問い詰めちゃったほうがいいか。
 ぱたん、と家計簿を閉じ、電卓を乗せて重しにする。音に気をつけつつ立ち上がって三歩。
「めぐー、部屋入ってもいい?」
「……良くない、と言ったら?」
「だが断る」
「っ!?」
 問答無用で扉を開ける。安い部屋だから、当然玄関以外の扉に鍵なんかついてない。
 しっかりと明かりのついた部屋の真ん中、座り込んでいる惠が眼に入る。
「……」
「……」
 視線が合って、お互い硬直。
 傷一つない綺麗な肌、胸元に巻かれた白。赤はない。身体を重ねているときにしか見せてもらえない肌が、煌々とした蛍光灯の下に晒されている。
 上半身が限りなく裸に近いその姿は、なんとなく記憶にある少女の変身の渦中のそれにも見えて――
「……ほぇ?」
「……あ、はは」
 ばつが悪そうに、ごまかしの笑みを浮かべる惠。
 10メートルの包帯は、今まさに惠の胸に巻きつけられているところだった。

「サラシ?」
「そう。時代劇の女性剣士の装いなどで有名だが、祭りや和装の体型の調整で使われることもあるそうだ。正式なものは呉服屋で手に入るようだけど、長さがあれば包帯でも十分代用できるんじゃないかな」
「ほえー」
「胸の下から鎖骨あたりを押さえることになるから、背筋を伸ばす効果もあるようだね。猫背の矯正にも活用されているとか」
「たしかに、いつもより背筋伸びてるかも」
 改めて見てみると、床に座り込んでいるというのに惠の上半身がしっかり床と直角になっている。まっすぐ座っている姿は凛々しくも色気を漂わせ、不思議な透明感を醸しだす。
「この状態で背を丸めると胸元が圧迫されるからね。皮膚の柔軟性を実感する良い機会と言えるかもしれない」
「そうなんだ」
 10メートルの包帯の活用はサラシの代用。素肌に巻くという意味では、本来の用途と当たらずも遠からず、かな? とりあえず、怪我や病気ではなかったみたいで一安心。
「んー……」
 思わずまじまじと見つめてしまう。
「……どうしたんだい、智」
「なんか新鮮」
「君が初めて見る姿だからかな」
 花の開くような、ふわっとした笑みにどきっとする。
 限りなく裸に近いラインでありながら、膨らみを抑えたいでたち。普段に比べて露出度は高めなのに、飾りがないからか、包帯が純白だからか、どことなく神聖な印象まである。神事であるお祭りでサラシが使われるのも納得だ。この凛とした雰囲気は下着では出せないだろう。惠自身がもともとすらりとした身体の持ち主だから、なおのこと格好良く見える。
 ……とはいえ、それがこの状況の説明になるかというと、なってない。お祭りに行く予定はゼロだし、特別な理由がなければ細い布を巻きつけるなんて単なる手間だ。さすがに暇つぶしなんて斜め上な理由ってこともないだろう。
「でも、なんで急にサラシなんか?」
「日々には時折予想もしない要素が交じるものだよ」
「いや、確かに想像してなかったけど」
「智はこういう姿は嫌いかい?」
「ううん、カッコイイと思う。似合ってる」
「それなら、別に構わないんじゃないかな」
「いやいやよくないよくない」
「なぜ?」
「なぜ、ってその……」
「君に影響はないだろう?」
「いや、ないんだけど」
「だったら気にする必要はないよ」
「にゃうううう」
 丸め込まれそうになる。確かに格好は惠の自由だし、本人がいいといえばいいのかもしれないけど……すごくひっかかる。最初に見合ったときの奇妙な気まずさといい、意図的に話題を逸らそうとする話運びといい、単なるファッションとか気まぐれじゃなく、後ろめたいことを隠してるのは明らかだ。普段はこんなふうに露骨な隠し事なんかしないから尚更気になってしょうがない。
 普通に話したら流されてしまいそうなので、身を乗り出して食らいつく。
「ねー、教えてよっ」
「君が気にすることではないんだ。服を着てしまえば変わりないし」
「変わりないならどうしてわざわざ?」
「気分の問題、といえば分かってもらえるかな?」
「わかんない。下着を買い換えるとかならまだしも、ブラジャーからサラシなんて変わりすぎ――あ」
 そこまで口にして、ふとある可能性に気づいた。
 体調ではないけれど、病気ではないけれど、惠の身体に現れている変化――
「……」
 じーっと視線を一点に集中させる。
「……な、何かな、智」
 何かの危機を感じたのか、惠がちょっとたじろぐ。
「あのさ、惠……前から気になってたんだけど」
「何が……だい?」
 ぴっと指差す。
「胸、大きくなってない?」
「――――――っ!?」
 途端、飛び退くように後ずさられた。
「あ、ビンゴ」
「な、な、なななな何故っ……」
「いや、だってほら、しょっちゅう触診してるし」
「触診って!?」
「あと、最近視線を下げることが増えてたから、気になってたんだ」
「あ、ああ、それは」
「ブラジャーのサイズ、合わなくなってきてた?」
「あ、えっと、その……」
 一気に顔が真っ赤になる。どうやら完全に図星らしい。
 ……女の子の体つきについてのお勉強をしようと、ブラジャーのサイズについて調べたことがある。実はブラジャーは数センチ単位でサイズを変えなければならない、すごくデリケートな下着なのだ。人によっては月の中で合うものが変わってしまい、違うカップサイズを使い分けるケースすらあるらしい。
 惠の胸が大きくなったなら、当然今までのブラジャーのつけ心地も悪くなるだろうし、気にもなってしまうだろう。本人もその自覚があって、だけど言い出せなくてサラシで代用しようとした……というところだろうか。そこでサラシを持ち出す辺りが惠らしいというか、なんというか。
「……もしかして、サラシで締め付ければサイズ縮むと思ってたとか?」
「根拠はないけれど、やってみる価値はあるんじゃないかな」
「そんなことするぐらいなら新しいの買ったのに」
「節約第一だろう?」
「変なところで気を回さないの。ちょうどくたびれてきてたとこだったし、総取替えするいい機会なんじゃない?」
「使い込んだものは使い込んだなりの魅力があるものだよ」
 せっかく提案してるのに、曖昧ながらも断ろうとする惠。どうやら彼女にとって好ましい事態ではないらしい。
 ……大分意外だ。噂や世間の流れでは、大きいほうが価値があるような報道をされていたし、かつて一緒にいた彼女たちだって、小さい子は大きい子に憧れていた。惠はもともと小さい方だ、大きくなるのは嬉しいことじゃないんだろうか。
「胸、大きくなるのイヤなの?」
「……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「どうして?」
「……」
 困ったように笑う。どこか淋しげで無力感を漂わせる、さっきとは違う儚さのある笑み。
「いつも羽織ってる服、サイズは余裕あるよね? 胸ぐらいで着崩れることは」
「……女性の二人暮らしというのは、何かと目をつけられやすいと言われている」
「え……」
 静かな声色。
「犯罪者は性別でターゲットを決める傾向があるんだ。実際、男女には絶対的な体力差、筋力差があるから、最初の絞り込みとしては合理的だろう。統計的にも現れている。だったら、わざわざそんな餌を撒く必要はないんじゃないかな」
「……女の子だと思われたくない、ってこと?」
「君のような可憐な子に目を付ける愚か者がいないとも限らない。その際に抑止力になれないようでは意味が無いだろう?」
「……」
 抑止力。
 僕という「オンナノコ」を狙う犯罪者に対する、「オトコノコ」という盾。
 そのためにはオンナノコとしての証が、胸が邪魔になる、だから抑えつけて潰してしまおうと――
「この道程は、いかに世界を騙せるかが問われている……そうは思わないかい、智?」
 微笑んで、肯定を引き出そうとする惠。
 確かに、彼女の言っていることには一理ある。僕は間違っても本来の性別を明かすことはできないから、惠が女の子であることがわかれば、あらぬ好奇の目を引きつけてしまうこともあるだろう。目をつけられてしまえば、そこから逃れるのは至難の業。その前段階から防いでおくのが一番安全だし、効果的だ。
 一人暮らしの時も、セキュリティには相当に気を使っていた。人通りもあり、コンビニも近く、街灯もたくさんついていた。部屋はオートロック、24時間警備システム付き。その分家賃は張ったけれど、背に腹は代えられなかった。
 防犯は大切だ。身を守るためにも、余計な争いを生まないためにも。
 ……だけど。
「……ヤだな、そういうの」
「え?」
 ずいっと惠との距離を詰める。
「せっかく僕が揉んで大きくしてあげたのに、それを台無しにしちゃうの?」
「……え、いや、あの――っ」
 口答えしてきそうな唇を塞ぐ。
 ……柔らかくて、美味しい。味覚ではなく、脳と触覚で味わう彼女の身体。
「ん……んっ、ふ……んんっ、はぁ」
 抵抗はしないけれど、積極的に応えてもくれない。多分戸惑いが大きいんだろう。
 純白の布に包まれた胸に手を置く。しっかり締め付けているせいで、控えめだけど柔らかい胸が残念な感触になってしまっている。するすると撫でても布の感触ばかりで面白くない。
 ……おもしろく、ない。二人の楽園に、どこかの誰かが侵入する可能性を匂わされるのが。
「駄目だよ、惠。気持ちは嬉しいけど」
「あ、とも……っふ」
 またキスをする。今度は舌を絡めて、前戯としての色を濃くする。
「ふぁ……んむ、ちゅ……はっ、ぁ」
「悪い奴が来たら、摘めばいいじゃない。気にすることないよ」
「と……」
「僕はむしろ、惠の女の子の部分をもっと味わいたいな」
 本当に、惠は心配性だ。万が一が起こったって対応できるのに、余計な気を回す。僕がそれを望んでるとは限らないのに。
 安全な方がいいのは事実だ。だけど、安全のために何かを犠牲にする必要はない。楽園を狙う奴なんか、ニンゲンのタグを外してやればいいんだ。
 凛々しい彼女も、僕と繋がってとろけていく彼女も、とびっきり魅力的。
 どっちも僕が独り占め。他の誰かのせいでそれがねじ曲げられるなんて、許せない。
 だから……誰かを意識した姿を取るのなら、その姿のままで――
「……その格好のままで、女の子にしてあげる」
 肩に触れて、抱き寄せる。
 蛍光灯の下で見る彼女の姿は、いつもよりも華奢に思えた。

「っん……ん、ふ……んっ」
 くぐもった響きが部屋に溢れる。
「気持ちいいの?」
「っあ……そん、な」
「もっとぐちゃぐちゃにしてほしいって目が言ってるよ」
「ちが……っあ、はぁっ」
「だってほら、自分で分かるでしょ? 直に触られてないのに、いつもより濡れちゃってる」
「ぅ……なんで……っ」
「そんなに欲しいんだ?」
「あ、やぁっ……んんぅ」
「僕だってもっといじってあげたいのになー、こんなにきつく巻いたりするから」
「んあっ!」
 ぺち、と軽く胸を叩くと、びくりと身体が跳ねる。下着の上から指で押さえつけている陰部がかすかに震え、布地の湿り気が濃くなる。鼻をくすぐる性の匂いはあからさまに彼女の昂ぶりを伝え、暗に先を促す。目は口程に、身体は目以上にものを言う。アルコールより遥かに強い酔いが、惠の脳を侵していく。
 ぐいぐいと布越しに秘所を押すと、媚びの混ざり始めたお願いが惠から漏れる。
「んくぅ……と、も、そっち、はっ」
「だーめ。もどかしい方が後で気持ちよくなれるよ?」
 下着をずらしたらどれだけ蜜が溢れるのかな、なんて考えつつ、わざと布越しに刺激を加え続ける。上がっていく彼女の体温は、熱に浮かされるための準備。何度繰り返したかわからない行為の記憶は、理性や意志などお構いなしに走り、支配していく。
 瞳を潤ませつつ、唇を噛むようにして快楽に耐える惠。心なしか身体が震えている。足を開いているのは無意識か、それとも誘っているのか。引き締まりつつも滑らかな太もものラインとほんのり桜色を灯した肌の色が、ただそれだけで本能に働きかけてくる。
「んーと、このへん?」
「っう……もう、少し、上」
「ここ?」
「あ……ふぁ、あう」
「やっぱり、サラシの上からじゃよくわかんないね」
 乳首があるだろう場所を触る。なんとなく感触が違うものの、胸全体が平たくされてるせいでつまめない。背中の辺りから巻き残しが垂れているから結んではいないみたいだけど、相当きつく巻いているらしく、ほどけてくる様子もない。
 するする、と手の腹でこするように撫でる。身じろぎしつつ、惠は必死で声を抑える。
「ぁ……とも、胸、ぅ……」
 ねだるように視線を送ってくる。
 ……サラシを解いて欲しいという意思表示。先の快楽を知っている分、布越しの刺激では物足りなくなってきたんだろう。自分で解かないのは意地みたいなもの?
 ……そういうの見ると、煽りたくなる。
「辛そうだね、ほんとはもっと乱れたいのにね」
「っは……こういう、時の、こと、はっ」
「ブラジャーならすぐに外せるのに……惠が悪いんだよ? 自分でこんなことしちゃってさ」
「うぅ……だ、って」
「ふふ、可哀想。いつも胸弄られて気持ちよくなってるのに」
「……っ」
 本当のことを言っただけなのに、視線を逸らされる。彼女は行為そのものを恥ずかしがったりはしないけれど、行動や言ってることの隙を突かれるのは苦手なタイプだ。ある意味僕とよく似ている。嘘つきさんは想定外の事態には弱い。
 欲しい刺激が届かない物足りなさ、もどかしさ。それは惠の感度を否応なしに高めていく。
 とはいえ、僕も惠の胸をいじれないのは物足りない。サイズ的には控えめではあるものの、すべすべで弾力がある膨らみは、こういうことをするときにたっぷり味わいたい。
 かといって、10メートルをぐるぐる解いてたらムードもへったくれもなくなってしまう。
 ちょっと考える。
 全部を解くのは大変だから、せめて一番感じやすいところ……あ、そっか。
「……じゃあ」
 サラシを少しずつめくっていく。ぴったりくっついているものの、めくるぐらいなら難なくできる。
 絵本を開くように、ぱたぱたと一枚一枚ずらしていき――ぴょこ、と桃色の先端が顔を出す。
「みーつけた、っと」
 迷わずにそれを口に含み、吸い上げる。
「んぁぁぁぁっ!」
 途端、ひときわ大きい声と共に、惠の背中がのけぞる。
「いい声」
 続けざまに、もう片方の手を下着の中に入れ、指を挿入してかき回す。
「うあ、はぁ、あ、あんっ、あぁぁぁんっ! とも、あ、なか、まで、あ、あぁぁぁぁぁっ!」
 堤防が決壊したかのように乱れ出す。陰部にあてがった手はあっという間に愛液にまみれる。立ち上る香りは鼻から本能を揺さぶり、こらえていた僕の本来の衝動を動かす。
 もちろんそれには逆らわない。昂ぶりを自覚しつつ、目の前の女の子をさらに高めていく。
「うん、美味しい。下もすっごいとろとろだし、指なのにきつく締め付けてくる」
「あ、あ、ああ、あ、あぅ、め、そんな、激し、あ」
「イっちゃいそう?」
「……っう、うあぁ、はぁ、とも、ともぉ」
 ぎゅっとしがみついてくる。耳に味覚などないのに、かかる吐息が甘くて、とろけそう。
 軽く歯を立ててさらに強い刺激を与えつつ、指を三本に増やす。指が覚えている彼女の「いいところ」を重点的に攻める。
「あ、はぁ、あああああぁ、とも、ぼく、ぼく……っ!」
 惠が腰を揺らす。しがみつく身体はうっすらと汗をかいていて、それがまた僕を煽る。
「いいよ、イっちゃいなよ。その後もっと良くしてあげるから」
「っん……んあぁぁ、とも、あんっ、ああぁぁんっ! ふぁ、あああぁぁ!」
「惠……可愛いよ、もっと乱れて、やらしくなって……僕を求めて」
「あっあ、と、も、あ、い、あぅ、あ、――――――――――――!!」
 耳を揺らす絶頂の音。惠の内側が僕の指をきつく吸い上げる。全身に快楽を響かせたその姿は、むき出しの愛情の形。
 神経の隅々まで欲望を行き渡らせ、惠の身体の力が抜ける。弛緩した無防備な表情は、身も心も捧げるかのよう。
「っは、はぁ、は……智……っは」
 焦点の合わなくなった瞳が僕を映す。ずるりと指を引き抜くと、びくんと脚を震わせる。
 仄かな神聖さすらあった装いは、今や欲を抑えるどころかさらにかきたてるものへと変わっている。真っ白なサラシから零れた胸の先端にとろけた表情、ぬめりで光る内股、トーンの上がった声に荒い吐息。
 感じるのは、純白を穢す征服欲にも似た欲求。曲がりなりにも理念を持とうとした魂をかき乱すことへの喜びが広がっていく。
 ……このまま普通にするんじゃなくて、もっと――もっと、僕のものに――
 じり、と滲んだ黒い想いが、垂れている包帯へ向かう。
「ね、惠。両腕出して」
「え……」
「いいから。ね?」
 余韻のせいで頭が回らないんだろう。言われたとおりにふらりと手を差し出す惠。
「ん……」
 念の為にキスをして、意識を腕から離す。
 こっそりと、所在無げに床に伸びていた包帯を手前に持ってくる。
「……? ん、んぅ……」
 妙だと気づいたのか、視線を動かそうとする。舌を絡め、キスに集中させる。
 きゅ、と包帯の先を引く。
「――はい、できた」
 ぱっと顔を離す。
「あ……え……!?」
 きっちりと結ばれた自分の手首に仰天する惠。慌てて手をひねるも、そんなことで外れるわけもない。
「僕、編み物得意だから。ほどけないように結ぶのも簡単なんだよ」
「そ、そういう問題じゃ」
「だって、惠がそういう格好したんでしょ? それを僕がどう料理しようと自由だよね」
「な……っあ」
 ぐい、と押し倒す。はらりと髪の毛が広がる様が扇情的だ。
「惠は僕のものだから。君が縛られるのは僕だけ、求めるのも僕だけ。その格好だって、僕と楽しむためでしょう?」
「っ……と、とも」
 驚きなのか、何故か目を見開く惠。でも、身体は正直に、僕を受け入れるために濡れそぼっている。
 当たり前だ。惠はもう――
「たまには、こういうのもいいよね」
 縛った両手に、僕の手を重ねる。
 そして――
「あ、あぁぁぁぁぁっ……!」
「く……!」
 欲しくて欲しくてたまらなくなっていたそれを、一気に惠の最奥へと突き入れる。
 どよめきのような衝撃が僕を包み込み、求める。応えて腰を動かす。
「あ、智、あ、大き……んああぁ!! はぁ、あああ、とも、ともぉ、あぁぁぁ!」
「んっ……めぐ、絡みついてくるっ……! いい、いいよっ……!」
「とも、ともぉ、あつ、んんんっ! ともぉ、激し、激しいっ……!」
「惠だってっ……ん、いつもより、あ、吸いついてっ……!」
 衝動のままにかき回す。惠も応えて腰を振ってくる。とろけて熱の溜りになった内壁は、蠢き絡まって僕を咥える。
 溢れ出した蜜がぶつかる肌に滑らかさを添える。粘る水音は淫靡さの証だ。理性が抜け落ち砕け散り、欲望で脳が崩れる。考えることなんか何もない。ただ欲しい、ただ繋がりたい、気持ちよくなりたい、それ以外の全てを投げ捨てる。
「んっ……んっ、んんっ、はぁ、あぁっ!」
「はぁっ、あ、と、も、もっと、もっとぉ……! んあぁぁぁっ! 智が、あ、どんどん、あぁ……!」
「めぐむっ……すご、感じて……っあぁ、んあぁっ、く……!」
「ふぁぁぁぁん! おく、智が、奥……っはぁぁっぁ!」
 唇を重ね、唾液を混ぜあわせる。上も下も絡ませあい、魂を蜜に溶かす。届きうる最奥まで行き当たってもまだ足りない。打ちつけて、かき回して、吸い上げられて、締め付けられる。自分で自分がわからなく、ヒトであることすら忘れそうになる。いいや、ヒトでなんかなくていい。ただ想いだけの存在で、求めるだけの僕でいい。
 視界に入るのは、白く縛られた惠の姿。ヒトの世は彼女を認めないのに、それでもヒトの世にあろうとする姿は健気で虚しく、美しい。 
 だけど彼女は僕を求める。ヒトの軛から解き放たれる僕と交わり、乱れる。許されない言葉の代わりに身体で訴え、快楽で応える。
 二人きりの楽園。何もかもが要らなくなる瞬間。瞬き程度しか得られない理想の結末に向け、二人は全てを走らせる。
 ひときわ大きな波が来る。
「くあっ……! めぐ、そろそろ、出るっ……!」
「んくっ、はぁああ、智、君の、好きな、ようにっ……僕もっ、あ、あぁぁぁっ!」
 突き上げる。重なりあう。声が、身体が、お互いの垣根を超えて響く。
 そして――
「くはぁぁっぁぁ……っ!」
「ふぁ、ああああああああぁぁぁぁぁぁ――――――!」
 絶頂はほぼ同時。
 魂を分けるように、僕は惠の中に白い熱を注ぎ込む。
 身体が解けていく、虚無感と開放感の混ざった不思議な満足。
 痙攣するかのように震えながら、惠は僕の激情を受け入れていく。激しい吸引は優しい愛撫のようになり、甘く包みこむ感覚へと移り変わる。
「はっ、はぁ、は……っく、はぁ……っ」
 惠に覆いかぶさり、爆発の余韻を味わいながら呼吸を整える。
 ……熱の冷めやらぬ内に、また包帯を手に取る。くるんと、今度は僕の手首に巻き付け、縛る。手のひらを重ねると、惠が驚きと喜びの混じった声を漏らす。
「あ……」
「これで、繋がった。運命の赤い糸みたいな……白いし、指じゃなくて腕だけど」
「……困ったな……こんなに太かったら、切ろうにも切れないじゃないか」
「……切れると思ってる?」
「そう思うのなら、君は結んでいないだろう?」
「えへへ、その通り」
 束縛のようで、繋がりのようで、架け橋のようでもある白い帯。
 僕たちはそれをお互いに結ぶ。はぐれないように、離れないように、ひとりきりにならないように。
 そうして――この狭い楽園の中、溶け込むように眠りに落ちる――

「はい、プレゼント」
「え」
「スーパーで無料配布してたからもらってきたんだ」
「もらってきた、って」
 笑顔の女性が表紙を飾る、某有名通販会社のカタログ。ほぼ全ページフルカラーで200ページ超、これを無料で配るなんて、一体どれだけ儲けてるんだろうなんて野暮なことを考えそうになる。まあ、助かるので無粋なツッコミはやめておこう。
「……えーと」
 でん、とテーブルに鎮座した本を前に、惠が固まる。固まる理由は明確だ。
 ――表紙に『レディース下着特集』とでかでかと書いてある。
「これね、結構よさそうなのが載ってるんだ。例えばほら」
 ぺらっと、事前にチェックしておいたページを捲る。
「僕としてはねー、レースとか寄せてあげてとかもいいかなって思うんだけど、ブラウスにラインが出ちゃうことを考えるとスポーツタイプがいいのかな? ほらほら、スポーツタイプもワンポイントがついてて可愛かったりするんだよ」
「……智」
「やっぱり上下セットがいいよね。外に出る日用と一日家にいる日用で使い分けてもいいし、実は勝負下着コーナーとかもあるんだよ。パッドも綿入りとかジェル入りとか色々」
「……とーもー」
「にゅ?」
「……君は僕に何をさせる気なのかな」
「もちろん、下着一式の買い替え」
 満面の笑顔で答える。
「……諦めてなかったのか……」
「諦めるわけないでしょ?」
 がっくりと肩を落とす惠。
 そんな彼女を横目に見つつ、カラフルな下着カタログと惠のイメージを重ねてみる。
「むしろおっきくなるってわかったんだから、もっと育てなきゃ」
「いや、さすがにそれは」
「サイズ失敗しないように、ちゃんとメジャーも買ってきたし」
「は!?」
「さすがに正確な数値は触診だとわからないもんねー」
 ぴょい、っと買ってきたばかりのメジャーを引っ張る。
「日々を快適に過ごすには正確な情報と現状把握が大切です。というわけで惠、さっそく」
「さっそく!? なぜ!?」
「善は急げ」
「……っ、ちょ、ちょっと待っ……!」
 慌てふためく彼女をじりじり壁際まで追い詰めていく。ちょっとした達成感。
 そうして――僕らを乗せた小さな楽園は、今日もどこかの現実を泳いでいる。