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after Birthday ※視点は惠

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僕の考えた惠ルート ※視点は智

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chapter 21 


 溶けかけたアイスみたいな甘く蕩ける夜が明け。
 僕は今、未曾有の危機に直面しています。
「……どうしよう……」
 みぞうでみぞうゆうでみそうゆう、漢字の読み間違いとか言ってる場合じゃない、ダイレクトに命の危機です。
「備えあれば憂いなし、とはよく言ったものだね」
「っていうか、備えとかそういうレベルを超えてる気がする」
「洋服は嗜好品だからね。好みが偏ればラインナップも偏るよ」
 そりゃそうだけど、と言いかけて、議論の意味のなさに口を閉ざす。元はと言えば、僕が考えなしだったのが悪いんだ。惠にあれこれ言うのはお門違いだろう。
「でもまさか、本当に一着も持ってないとは思わなかった」
「普通はありえないのかな」
「女の子の普通は知らないけどね」
 ベッドの中で身を縮こまらせつつ、壁にもたれかかって考え込む惠を見つめる。彼女はいつもどおりの詰襟姿、昨日僕に身体を預けてくれた彼女とはまるで別人のように凛々しい。
 ……ただ、ものすごく困った顔をしてるけど。
「こんなことになるなんて、神様だって想像しないさ」
「しませんね、まずしません」
 ため息をつく。
 現実とは融通が利かないもの。大イベントの前には準備、後には片付けがある。綿密な計画の上でイベントに突入しないと、想像もしないところで詰んでしまう。
 ちょうど、今の僕みたいに。
「かといって、今日一日寝ているわけにもいかないだろう」
「いかないね。多分みんなしてたたき起こしてくる。たたき起こされたらゲームオーバー」
「……うーん……」
「……」
 二人して考え込む。考えれば考えるほど泣きたくなってくる。
「……まさか……女装できなくなるなんて……」
 泣き言の内容がますます泣けてくる。

 そう。
 僕が直面している現状――
 女装が、できない。

 話は、惠と身体の関係を持った直後に遡る。
 後先考えずに突っ走り、服を着たまま最後までしてしまった僕を待ち受けていたのは、あれやこれや数種類の液体のついた制服の処理だった。
 洗おうにも、素材的に水洗い不可のものもあるし、乾かすのにも相当な時間がかかる。使用頻度が高い癖にデリケートで値段もお高い服、乾燥機に放り込むなんてもってのほか。乾燥の後はアイロンだってかけなきゃならない。しかも時間は夜遅くで、音なんか立てられない。どう頑張ったって朝までに制服を復活させるのは不可能だった。
 となれば制服を着るのを諦めて、惠の服を借りて過ごすしかないんだけど――
 服を選ぼうとクローゼットを開けた僕を待ち受けていたのは更なる絶望。
『……ねえ惠。君のクローゼットってここだけなの?』
『ひとつでは問題があるのかい?』 
『いや、だってこのクローゼット……スカートが一枚も入ってないよ?』
『……あ』
『もしかして、スカート持ってないの?』
『……』
『……一枚も?』
『……』
 ああ、残酷なりし運命。すまなさそうに首を縦に振る惠の動きは核爆弾のスイッチに同じ。
 
 そう。
 惠はスカートを持っていなかった。
 正確に言えば、下着以外の『女物』を一切持っていなかった。
 僕が一番必要とする一式を、本当に全くこれっぽっちも持っていなかったのだ――

「うあああああああ」
 頭を抱える。
 惠が男装なのは知っていた。いついかなるときもその格好を崩さないのも見ていた。
 でもまさか、まさかここまで徹底的だったとは!
 いや、徹底するのはいいことです。性別詐称の道を極めんとするならそれぐらいの根性は……なんて言ってる場合じゃない。
 制服は着られたものじゃないので、今は惠の寝巻きを借りている。というより、寝巻き以外は着られなかったと言った方が正しい。
 上はともかく、問題は下だ。一応試してみたものの、彼女の持っているパンツ系は全部僕の身体に合わなかった。男女差に加え、腰回りに足の太さに長さにと、パンツ系は個々人で着られるものとそうでないものの差がありすぎる。 ウエストさえ合えば万事オッケーのスカートの偉大さを思い知る。
 そもそも、女装の要はスカートだ。スカート男子はまだまだマイナーな存在だし、上がどんな服であろうと、下がスカートならまず女の子と思ってもらえる。
 ……今回、その頼みの綱のスカートが一番汚れてしまった。白いのを吐きだした後に抱きついちゃったりしたから、そりゃあもうえらいことになった。
 いくら命に関わるとはいえ、あれとかこれとかそれとかが飛んでしまった状態のスカートは着られない。あれを洗わずに着るのと死ぬのとどっちがいいかと言われて真剣に悩んで死ぬのを取りたくなるぐらいイヤだ。
 惠曰く、浜江さんの洗濯スキルを持ってすれば一日で仕上がるらしいけど……その一日を乗り切るのが難題だ。
 よりによって、今日からまたお泊り会。数時間後にはみんながこの屋敷に来てしまう。
 まさに万事休す。
 昨日のことに後悔はない。ないけど、幸せ体験のお支払いにしては金利が高すぎませんか、神様……。
「……いっそのこと、真耶に頼もうか」
「え?」
 惠が窓の外を見たまま、苦い顔で提案する。
「真耶は、君が呪いを踏まないようにできるからね。彼女に掛け合って、今日一日呪いから守ってもらうのはどうだろう」
「つまり、バレても大丈夫なようにするってこと?」
「現状、一番の安全策じゃないかな」
「……」
 隠せないなら、いっそバラしてしまう……確かに、一理ある。発想の転換というやつだ。
 惠の時に踏まないようにしてくれた姉さんだ、頼めばうまくやってくれるとは思う。
 思うけど――
「ダメだよ、それは」
 一案だと思いつつも、きっぱりと否定する。
「……でも、今のままでは」
「ダメったら、ダメ」
 ぴしゃっと拒否。
「そんな方法、ズルすぎるでしょ」
 今までの経験からするに、僕の呪いの発動は『知られた瞬間』に限られるみたいだ。つまり、姉さんにガードしてもらっている間にみんなに性別を明かしてしまえば、仲間が僕の呪いを踏むことはなくなる。
 それは、呪いから開放されることに限りなく近い。呪いの危険は、仲の良さに比例して高まるから。
 命を守ることを最優先に考えるなら、確かに一番合理的な手段ではある。
 でも……そんなことが許されるだろうか? 
 怒る人、納得する人、仕方ないと認めてくれる人、反応は様々だろう。事情が事情だから、なんだかんだでみんな受け入れてくれるかもしれない。
 でも、誰よりも僕自身が、その選択を許せない。
「みんなが呪いで苦しんでるのに、『一抜けた』なんて卑怯な真似はできないよ」
 僕らは呪われた世界で生きている。呪われた中で、身を寄せ合って、手を取り合って生きている。
 そんな中、一人だけその危険から離れるなんて、裏切りも同然だ。
「今回は、姉さんには頼らない。別の方法探そう」
「……君らしい判断だ」
 未練なく切り捨てる僕に、ほっとしたように苦笑いする惠。案として言ってはみたものの、気乗りしなかったんだろうな。
 そりゃそうだ。姉さんに頼むには、僕たちの関係を姉さんに明かさなきゃいけないんだし。
 ……。
 心の奥に、魚の小骨が引っかかったような痛みが走る。
 僕と惠が結ばれたことを、姉さんはどう思うだろう?
 記憶の片隅にひっそりと、でも消えずに残っている姉さんの言葉。
『あの子は人形よ』
 僕は、姉さんと惠の関係をよく知らない。なぜ姉さんがここに匿われているのか、二人が普段どんな風に接しているのか、全然わからない。判断材料といえばあの日の会話だけ。ほとんど先入観だ。
 その先入観は悲観的な観測をはじき出す。
 ……おそらく、二人は良好な関係とは言えない。
 惠は姉さんに対し、一歩引いた態度を取っている。他者へ興味を持たないようにしている彼女のことだ、姉さんにも同じようにしているんだろう。とすれば、僕が中に入ることで仲良くなってくれる可能性はある。
 問題は姉さんの方だ。
 僕に対しては深く厚い愛情を見せてくれた姉さん。だけど、惠の話になったとたん、目にも言葉にもあからさまな棘が混ざった。
『人形なんだから、使わない時は放っておきましょう』
 ……一緒に暮らしてきた人を表現するには、あまりにも冷たい言い方。厄介者をぞんざいにあしらうような、限りなく相手を下に見た扱い。
 そして―― 姉さんはおそらく、わざとそれを見せつけた。
 姉さんの意思表示。あのわずかな間で伝えようとした、二人の間の深い溝。
 そんな微妙な空気を感じ取っているのに、惠に姉さんへ頼みごとをさせるのは気が引ける。姉さんに頼らない理由はそこにもある。
 姉さん。僕を想い続け、守ってくれる姉さん。でも、どこかが、何かが、違っているような……そんな気がしてならない。
 二人とも僕の大事な人だし、仲良くなってほしいけど……これはこれで、かなり大変そうだ。
「真耶の力を借りないとなると、意地でも服を用意しなければならないね」
「うん」
 まあ、それはおいおい乗り越えるとして……今は現状の打開が最優先だ。今日を乗り切らないと、何かを始める前から人生が終わる。
「どうにかごまかして、佐知子さんか浜江さんに借りられないかな」
 僕がこの部屋から出られない以上、家の中で決着をつけるしかない。惠がスカートを持っていないとなれば、あとは佐知子さんか浜江さんだ。浜江さんの服はさすがに難しいだろうけど、佐知子さんならなんとかなるかもしれない。
 ……が、惠はさらに追い打ちをかける事実を告げる。
「それができればいいけど……多分二人とも、君に貸せるような服は持っていない」
「どこまでストイックなんですかこの家!?」
「全てにおいて必要最低限なんだよ」
「最低限、って」
「二人とも住み込みだし、食材は宅配だし、外出するときはあの格好なんだ。行動を制限してるわけじゃないけど、何かと隠すものが多いからね。喫緊の用事でもない限り、二人ともまず外には行かない」
「あーうー」
 恐るべし才野原屋敷。
 女性3人住んでて外出用のスカートの一枚もないなんて、レア中のレア中のレアケースだ。
 ……そんなレアカードは引きたくなかった……。
「じゃ、じゃあ買ってくるとか」
「店が開くころにはみんなが来てしまうよ」
「コンビニにスカートは……売ってないね」
「電車でもっと都会に出ればあるかもしれないけど、そこまでするには時間が足りない」
「完全なる八方塞がりだー!」
 掛け布団に鼻のあたりまでもぐりこんでしょげる。
 こうしてぐずぐずしている間にも、時間はどんどん経っていってしまう。何もしなくてもタイムリミットはやってくる。
 どうする、どうすればいい?
 なんとか、なんとかみんなを納得させて、違和感なく今日を乗り切る方法――
「惠さん」
「!」
 突然のノックと声に、跳ねるように顔を上げる僕たち。
 ドアごしに聞こえてくるのは佐知子さんの明るい声―― って、ヤバい!
「お食事をお持ちしましたが、どうされますか?」
 持ってきた!? わざわざ!?
 慌てて時計を見ると、朝という表現が似合うか似合わないかのギリギリラインまで来ている。こんな時間まで起きてこなかったら心配されても文句は言えない。言えないけど、今開けられたら……!
 鼓動が一気に倍速になる。単なる木の扉が一気に地獄の門に見えてくる。
 ヤバい、ヤバいって……!
 祈るようにして惠を見る。惠は微笑んで、軽く頷く。
「そこに置いておいてくれ。君たちはみんなを迎える準備を」
「わかりました」
 指示に従い、軽い足音が遠ざかっていく。部屋の中の異常を疑うこともなく、佐知子さんは自分の持ち場へ戻っていった。
 時間にして数十秒。傍から見たらなんでもないやり取りが命綱。
「……た、助かった……」
 頭まですっぽり布団にくるまって溜息。もう、本当に生きた心地がしない。
 神様は底なしに意地悪だ。呪われてたって、好きな子とちょっとえっちするぐらい許してくれたっていいじゃないですか……。
「智」
 と、惠の声が急に近くなった。
 布団から顔を出すと、惠がベッドの脇で膝をついている。その目には優しさと安心に、ちょっとだけ悪戯っ気がブレンドされている。
「ひとつ方法がある」
「……え!?」
「さっきの佐知子がヒントになった。この方法なら乗り切れる。外見は完璧だし、みんなに必要以上に詮索されることもない」
 確信に満ちた言葉。僕の髪を撫でながら、あやすように、噛み含めるように言葉を続ける。冗談や気休めで言ってるようには見えない。本当に、乗り切る方法を思いついたんだろう。
「少しばかり、君のプライドと引きかえになるかもしれないけど……どうする?」
「どうする、って……乗り切れるならなんでもするよ! プライドとかとりあえず後回しだよ!」
 二つ返事でOKする。時間もないんだ、この際細かいことにこだわってなんかいられない。
「そう、では――」


 ああ空はこんなに青いのに。さわやかなお天気のイメージ映像級に晴れ渡った雲ひとつない快晴なのに。風も太陽も絶好調だというのに。
 僕のテンションはだだ下がりです。背に腹は代えられないとはこのことか。
 道の向こうに幾人かの頭が見える。見慣れた今日のお客様たち。思い思いに道路を動き回りつつ近づいてくる。
「……」
「お似合いですよ」
 佐知子さんの、本音っぽい褒め言葉も今はきつい。ガラスのハートは傷だらけです。
 横に立っている惠はというと、アルカイックからちょっとレベルを上げたスマイルモード。ほんの少し後ろめたさがあるみたいだけど、99%ぐらい楽しんでる。
「似合うよ、智。これなら大丈夫」
「……僕のプライド……さようなら……」
「かわいいことはいいことだ」
「……しくしくしく」
 確かにこれなら絶対大丈夫だ。疑う余地はどこにもない。自分で言うのもなんだけど完璧だ。
 完璧なんだけど――
 門が開き、着替えをつめたバッグを持った面々が入ってくる。
「……え?」
「は?」
 固まる一同。
 彼女たちに向け、ギロチンに頭を差し出すような気持ちで一礼する。
「……おかえりなさいませ、お嬢様……」
 悩んだ挙句にたどりついた奇策。
 それは――
「智が……智がメイドですって……!?」
 鼻血を吹きかける花鶏。
「ボクっ娘の意外すぎる一面キター」
 茜子は棒読みしながらチェシャ猫のごとく笑う。
「いつの間に雇われたの!? そんなに家計苦しかったのあなた!?」
 伊代は相変わらず空気が読めない。
「さっすが、智センパイはなんでも似合います!」
 こよりんは素直に褒めてくれる。……あんまり嬉しくない。
「トモちんかーわーいいー!! なになに、どうしたの?」
「い、いやあの――」
 飛びかからんばかりに駆け寄ってくるるいをなんとかかわし、惠の後ろに隠れる。
 ……うう、情けない。エプロンのついたスカートが惠との間に変な距離を開けさせる。
「せっかく泊まりに来てくれるんだ、普通の企画では物足りないと思ってね」
 いつもどおりに笑みを浮かべながら、ぱちんと指を鳴らす惠。それに合わせ、佐知子さんと浜江さんが扉を開く。
 その先には――
「うっひょぉぉぉぉ!?」
「な、何これ!? 全部本物!?」
「ええ、全てこのお屋敷に保管されていたものです」
 長テーブルに、これでもかと並ぶ多種多様のメイド服。一同の興味は一気にそっちに引き寄せられる。
「なるほど、ガタイだけデカイ屋敷ではなかったんですね」
「偶然、浜江がこれを見つけてね。サイズは揃っているし、種類もありったけ出してきた。好きなのを選んでくれ」
「え、好きなのって」
 伊代の反応に、惠が満面の笑みを浮かべる。
「せっかくだから―― 今日は全員メイド服で過ごすのはどうかな?」


 深い緑と高い青空に映える白と紺、コントラストの良さはこの上なくすがすがしい。翻るメイド服はまさに童話の世界。女の子心をくすぐるのか、手で洗った充実感ゆえか、みんなの顔が紅潮している。
 惠の提案は満場一致で可決された。まずはめいめい選んだ服を洗濯し、すぐ着られるように浜江さんから乾し方の極意を教わり実践。現在、任務完了で休憩中というわけだ。
「今日の陽気なら、二時間もあれば乾く。午後から着たらええ」
「鳴滝め、メイド服を着るのは初めてです!」
「まあ、普通はそんな経験ないわよね。文化祭でメイド喫茶やるならともかく」
「甘いわよ。文化祭で使われるようなメイド服とこれでは全く質が違うわ」
「……こだわりがあるんだ」
「当然でしょう」
 自分が選んだシックなデザインのメイド服に視線を投げかけつつ、花鶏が胸を張る。
「文化祭あたりで使われるのはバラエティショップで二束三文で売られてる安物よ。確かに見た目はメイド服だけど、機能性が全く伴ってない。まず生地がポリエステルでチープだし、染色だって投げやり、縫製だって話にならない。ものによっては着てる先からほつれてくるわ。そういう安っちいコスプレでメイドを名乗るなんておこがましいのよ」
「……さすがはお嬢様」
「感心するとこが違うと思う」
 よっぽど気にいったのか、花鶏はすっかり青少年の主張モードだ。内容は青少年保護団体からクレーム付きそうだけど。
「メイド喫茶と呼ばれるところも、少々デザインにこだわりすぎるきらいがあるわね。染色が鮮やかなのはいいことだけど、レースは必要最低限にとどめてガーターベルトとかドロワーズとかで色気を演出すべきよ。チュチュと見間違いそうな短いスカートにニーソックスなんてメイドの王道から外れてるわ。嫌いじゃないけど」
「嫌いじゃないんだ」
「メイド服としては失格だけど、衣装としてはかわいいからオッケー」
「……要するに何でもいい、と」
「こだわってるようで見境がない、流石は獣」
「狼さんも真っ青です」
「それに引き替え、ここのはいいわ。ちゃんと使うこと前提だからしっかりしてるし、スカートもきちんと長さがある。エプロンも綿でできてて肌触りも抜群、仕事着だからといってぞんざいに扱われてもいない。まさに理想のメイド服よ。脱がしがいがある」
「……なんか今変なこと言わなかった?」
「変態女は結局それしか考えてないんですね」
「この変態」
「……何よ皆元、文句でもあるの?」
「大ありだ! せっかくカワイイ服が着られるのにそんなスケベな目で見られたくないよ!」
「安心しなさい、あんたには欲情しないから」
「されてたまるかっ!」
「悔しいんでしょ? 私のお眼鏡にかなわなくて」
「何がだー! 花鶏みたいなクオーターの皮をかぶったエロジジイに好かれたくなんかない!」
「エロジジイ?」
「エロジジイ」
「……言ってくれるじゃないのよこの脳筋猿!」
「脳みその九割がエロ要素のあんたに言われたくないよーっだ!」
「〜〜〜!」
「――――!」
 あ、揉めた。
「……平和ですねー」
「よそに来てもあの調子ってどうかと思うわ」
「彼女たちはああしてじゃれあってるのが楽しいんだろう? それならいいじゃないか」
「夫婦喧嘩は犬も食わないですからね」
「なるほど、確かに夫婦喧嘩みたいなものかもしれませんねー」
「二人が聞いたら怒るよ」
「それもまた一興」
 庭で暴れまわる花鶏とるいを眺めつつ、お茶をすする。空気を抱き込むスカートは思いのほかあったかい。ブラウスもエプロンも保温性があるらしく、太陽の熱をほどよく吸収する。
 こよりんの言うとおり、平和だ。数時間前の狂騒が嘘のよう。
「……上手くいきそうだね」
「惠の発想には恐れ入るよ」
「それはどうも」
 ひそひそ声で惠とやりとり。感心とプライドの狭間でちょっと胃が痛い。
 浜江さんがメイド服の束を偶然見つけたというのは、もちろん嘘。あれはもともと倉庫に保管されていたのだという。
 それを思い出した惠が問答無用で『全員メイド服』というシチュエーションを作り上げ、僕の服装の違和感を吹き飛ばしたというわけだ。動揺を欠片も外に出さずに場を演出できる、惠ならではの作戦。おかげで僕はしっかり女装しつつ、それを深く突っ込まれることもない。男なのにメイド服という現状理解を捨てさえすれば、全てが丸く収まった。みんなすっかり衣装に夢中で、僕が最初からメイド服を着ていたことの違和感なんかまったく印象に残っていない。
「―― そうだ、智」
「ん?」
「……あ、いや、いい」
「何? どしたの?」
「間が悪い。後で」
「……?」
 なんとも歯切れの悪い呼びかけと自己完結を繰り出す惠。引っ掛かりつつも、本人が話題を切ってしまっては突っ込みようがない。
 ま、いっか。
「そういえば、ボク女2号はメイド服を選んでいなかったようですが」
 浜江さんお手製のクッキーを割りつつ、茜子が思い出したように惠の方を向く。
 ……そういえば、惠は全員にメイド服を勧めたけど、自分が選んだ様子はなかった。
「ああ」
「惠センパイは着ないんですか?」
「ご主人様のいないメイド屋敷では片手落ちだろう?」
 ひらりと追及から身をかわす。
「自分で自分をご主人様というか」
「まあ確かに、あなたはメイドというよりご主人様かもね」
「執事服とか似合うかもしれませんよ」
「やっぱり男装系なんだ」
「さすがに、執事を雇っていたことはないんじゃないかな」
「最近はメイド喫茶ならぬ執事喫茶も流行りなんですよ! 実質ホストクラブみたいなものらしいですけど」
「あら、執事ってロマンスグレーのおじさまのことじゃないの?」
「最近はあらゆる属性に『※ただしイケメンに限る』が入りますからね。執事も武将も国の擬人化も電車の擬人化も、イケメンでない奴に存在意義はありません」
「メイドも『※ただし美人に限る』って入りますから、お互い様かと」
「世知辛い世の中だ」
「某国には執事になるための専門学校があるらしいね」
「そうそう、最近クラスメイトが読んでいた漫画に出てきた執事は――」
 話題は沿って曲がって本題からずれる。茜子も別に深く追求したいわけではなかったらしく、それ以上は突っ込まずに執事論議に花を咲かせ始める。
 ……。
 惠は頬笑みながらみんなの話題に混ざって相槌を打っている。端正で穏やかな横顔から本心は読み取れない。
 ふつりと湧きだす疑問。
 ……惠はなぜ、ここまで男装にこだわるんだろう。
 今の話からして、惠は絶対にメイド服を着ない。いざとなれば執事服やら燕尾服やら、その辺で折り合いをつける気だ。
 不自然だと思う。メイド服云々ではなく、徹底的に女物を排除した彼女の装いが、だ。僕のように命にかかわるわけでもない。以前身分を隠すためと聞いたけど、あそこまで徹底的に避けなくたっていいはず。今日みたいなネタに走る日は、みんなと同じ行動をとった方が何かと好都合だし。
 それでも彼女は、頑なに男の子の格好を続ける。性別が知れ渡っている仲間うちでさえ、それを貫く。こだわりを通り超えて固執の域だ。
 かといって、自分の性別に違和感を感じているわけでもなさそうだ。それなら昨日、あんな風に素直に僕に抱かれたりしないし。
 ……とすれば……格好?
 『女の子の格好』を嫌がってる? なぜ?
 演技の中を泳ぐ女の子。強いられている制約は個性の一部と化し、彼女を造る。追いやられていく生のままの心、生のままの惠。
 染みつき、絡みつく、惠の鎖。触れ合えば触れ合うほど増える、彼女の謎。
 知らないことに気づくたび、解き明かしたい衝動に駆られる。単なる興味が恋心に変化した今も、未知は僕の好奇心をくすぐり続ける。
 ただ今は―― それが諸刃の剣だということも知っている。
 傷つけたくない。苦しみ続ける惠の心を、ずっとずっといたわってあげたい。
 そうだ。いくら秘密があったって、別に構いはしない。惠が幸せになれるなら、多少のことは見逃せる。時が来れば、きっと彼女は伝えてくれる。
 惠が幸せなら。
 この幸せが、いつまでも続くなら、僕はそれで――


「メイドカタログだね」
「腹黒メイド、元気っ娘メイド、タカビーメイド、ロリメイド、おっぱいメイド、不思議毒舌メイド……あと足りないのは何属性?」
「魔女っ子メイド、ガンマンメイド、吸血鬼メイドあたりですかね」
「それ既にメイドじゃない」
「おっちょこちょいメイドとか?」
「その辺はこよりちゃんにぜひお任せしたいわ」
「え、鳴滝めはそんなにおっちょこちょいでは……」
「粗相をしたロリメイドをお仕置きと称して……ふふふ」
「バカはほっときましょう。淫虫が寄生した脳は死んでも治りません」
「い、淫虫ときたか……またコアな」
「触手はあまり好みじゃないわ。やっぱり自分の手で触らないと」
「わかったからちょっと自重しよう花鶏。せっかくのメイド服が台無しになる、気分的に」
 お日様によってふんわり仕上げになったメイド服をまとい、思い思いに身体を動かす。それぞれデザインされた時代が違うのか、同じメイド服でも作りが異なっていて面白い。まさにメイドカタログだ。
「こんなに色々な種類があったんですね」
「この屋敷には歴史があるからの。こうして見比べる機会はなかったが」
「みなさんが集まってくださったからですね」
 佐知子さんに浜江さんも御満悦の様子。
「では、私たちは下にいますので。何かあったら呼んでくださいね」
「はーい」
 本業のメイドさん二人が持ち場に戻り、僕らはぶらぶらと屋敷を探検しつつ、メイド服での散歩を堪能する。
 メイド服は不思議だ。色合いはあくまでもシックなのに、白いエプロンとのコントラストで場を華やかにする。 長いスカートが翻る様は清楚な花が咲くようで、色気とは異なるときめきを振りまく。機能性を重視し、たっぷりと布が使われたスカートならではの光景だ。しかもそれが6つ。めいめいの動きに沿って広がる布が、年月を感じる屋敷の風景にさざ波のような色のウェーブを作る。
「メイド服って、やっぱり仕事着なんだねー。動きやすくていい!」
「スカートやエプロンで花を掬うとかもできそうですね!」
「ロリリンらしい夢見がちな発想」
「昔見た絵本とかでよくやってて、すっごくあこがれだったんですよ!」
 ひときわテンションが高いのがこよりだ。よっぽど気に入ったのか、さっきからずっと跳ねたり回ったりを繰り返している。
「嬉しい? こより」
「嬉しいであります!」
「それだけ喜んでもらえるとは、用意したかいがあったよ」
「えへへ……」
「みんな、本当によく似合っている。久々に日の光を浴びて服も喜んでいるだろう」
 うん、確かにみんな似合ってる。
 選んだ服は全員別だったんだけど、流石は女の子たち。自分にどれが似合うか把握したうえで選んだらしく、服が浮いている子が一人もいない。
 ……約一名、別の理由で浮いている子はいるけど。
 騒ぎながら屋敷を一周し、談話室へ。みんなで広く使えるようにベッドを片付けた、集まる用の部屋だ。
 めいめい適当に、円形に座る。
「こんなにいろんなメイド服が保管されていたなんて、物持ちがいいわよね」
「以前は使用人も多かったらしいからね。常備しておく必要があったんじゃないかな」
「大きいお屋敷ですもんねー、昔は綺麗なメイドさんがいっぱいいたのかな」
「選別条件に『容姿端麗』はあったでしょうね、確実に」
「メイドだけに」
「侍らせるんなら美女でなければ意味がないもの」
「メイドをなんだと思ってらっしゃいますか」
「愛でるもの」
「即答された……」
「え、ゆでる?」
「るいセンパイ、おなかすいてますか?」
「ん」
「……まだ3時なんだけど」
「おやつの時間だね。用意させようか」
「あ、せっかくのメイド服なので鳴滝めがやりまっす!」
「じゃあ、私も手伝うわ」
 こよりと伊代が食堂へ向かう。見送って、茜子がニヤリと口の端を上げる。
「……ロリリン操作方法が一つわかりましたね」
「操作方法って」
「その気にさせれば家事もお使いも夜の相手もお手のもの」
「最後のひとつおかしいよ!?」
「なかなかいいアイデアね茅場。まずはガーターにビスチェかしら」
 早速乗ってくる花鶏。耳ざとい。
「花鶏、そんなまで持ってるの?」
「……ふふふ、白レースからガーターから勝負下着まで、自慢のコレクションがたっぷりと」
 ネタではないのが目でわかる。
 ……つくづく、実態が明るみに出れば出るほど危険度が増すお嬢様だ。
「OK,茜子さん理解しました。エロクォーター家の没落はこいつのエロ趣味のせいです」
「そんなに使ってないわよ! あくまで個人の趣味の範囲よ!」
「趣味ほど金を搾り取る名目はありません」
「くっ……」
 言い返せないあたり、結構使ってるらしい。
 まあ確かに、女の子の下着って高いよね……。
「おっまたせしましたぁー!」
「おっ、待ってましたぁー!」
 元気よく、こよりたちが戻ってくる。
「ちょっと雰囲気に合わないけど、おやつが和風だからお茶にしたわ」
「ご苦労だったね、伊代、こより」
「どういたしまして、ご主人様」
「ごっしゅじんさまっ」
 変な言い回しを使った惠はちょっと頬を赤らめつつ、二人の配るお茶とお菓子を受け取る。
「……いい、いいわ……ご主人様のフレーズ最高だわ……!」
 何故かもだえる花鶏。
 ちなみに、惠はご主人様理論で押し切り、詰襟姿のままでここにいる。メイドに囲まれる色気ある美青年、絵になりすぎる光景だ。確かにこれで全員メイドだったら締まりがないかもしれないな……女の子がご主人様役というのが倒錯的だけど。
 お茶とお菓子がそろったところで、談話再開。
 服装が違えども、やってることは普段とあまり変わらない。たわいもない話をして、しょうもない知識を披露し合う。
「メイドに欠かせないシチュエーションと言えば、逆らえない命令といやらしい薬よね」
「い、いやらしい薬って」
「召使いの立場でご主人様におねだりする、これがポイントよ。恥ずかしい命令をされるのもいいんだけど、疼きを抑えられず自分からっていうのが背徳的でたまらないわ」
 メイドには相当思い入れがあるのか、再び花鶏の青少年の主張が続く。
 いかがわしい話をするときの花鶏は輝いている。異常なほど輝いている。そしてまわりは引いている。……みんな大分慣れてきたけど。
「あと、メイド仲間で乳くりあうのも大事よ。もともとその気があるのが一番だけど、薬でっていうのもはずせないわ」
「なぜそんなに薬にこだわりますか」
「メイドとお屋敷と来たら怪しい実験でしょう」
「すんごい偏見」
「万病を治す薬の原材料は処女の愛液っていうのがセオリーなの」
「いつの時代のファンタジーですか」
「なかなかロマンがあるでしょ?」
「……変態の最上級表現ってないのかしら」
「最上級でもまだなまぬるい気がする」
 なんていうか、最上級表現を当てはめてもその上を行ってくれそうだ。
「惠みたいなご主人様が採取するならなおいいじゃない?」
「……君は僕に何をさせたいんだい、花鶏」
 とんでもない方向に飛びつつあるのを察し、苦笑いを浮かべる惠。でも花鶏は全く気にしない。
「そうね……とりあえず、こよりちゃんを襲って」
「ド直球!?」
「男装の麗人のご主人様に襲われるかよわい乙女……なかなかいけるシチュでしょ?」
「いや待って、待って花鶏。惠は女の子だから」
「そうよ。だから本番中は二人とも脱ぐのよ」
「ぶほっ!」
「うわっ! どしたのトモ!?」
 思わず吹き出す。
「げほ、いや、なんでもない……」
 脱ぐとか言わないで! 思い出すから!
 夜の記憶が意識になだれ込んでくる。僕を呼ぶ甘い声、恥じらいながらも乱れていく肢体、吸いついてくる肌に柔らかな唇……止まれ、止まるんだ僕の脳!
「意外とウブなのね智。あなたと惠が絡むのもおもしろそう」
「ストーップっ! 花鶏それ以上は言っちゃらめぇ!」
 じっくり触ったぶん、感覚は鮮明に残っている。ぶりかえされるとその……その、男の本能が目覚めます、勘弁してください……!
「珍しい、あの冷静腹黒が取り乱すとは」
「安心して。最後は全員私がいただくから」
「一番安心できないオチきた」
「おいしいところだけ奪い取るとは、さすが高慢ちきのガチレズ」
「ううう、身の危険を感じますぅ」
「大丈夫、死ぬことはないわ。イくけど」
「ぜんぜん慰めになってないー!」
 卑猥だ。とても卑猥だ。メイドさんは本来清楚なお手伝いさんのはずなのに!
 と。
「薬といえば……最近話題のヤクザ、捕まったみたいね」
 突然、伊代が思い出したように話題を変えた。横やりというより、いつもの空気読めない発言だ。
「ほら、週の初めに殺された人がいたでしょ? あの人がヤクザの関係者だったみたい。で、麻薬が見つかって逮捕されたんですって。今日のニュースで言ってたわ」
「……いきなり何を言い出すかと思えば」
「学校へ行く時、あの辺の近くを通るのよ。それで気になってたの」
「ありゃ、それは物騒……」
「街には表と裏がありますからね。私達はその両方に首を突っ込んだりもしてますが」
 花鶏のセクハラ100%にも飽きてきたのか、話題が伊代の話へと移る。
「パルクールレースとか、完全に裏だったよね」
「あれにもヤクザが絡んでたのかな?」
「ギャンブルとヤクザの間には太くて切れない絆があります。水道管レベルにごんぶとの絆が」
「そんな絆いらない……」
「ともかく、捕まってくれて助かったわ。変に抗争になっても困るし」
「危険と運命は逃げるに限るよ。どちらも残酷で、巻き込まれた側にはメリットがない」
「僕たちはそれを承知で走ったんだけどね」
「自ら挑むのなら、それは運命ではなく、試練だよ。運命を試練に変える勇気が未来を決める」
「相変わらずキザい、流石は自称ご主人様」
 本当に。惠はちょっとズレた方向にボキャブラリーが豊富だ。ご主人様というフレーズにふさわしい、凝った言い回し。台本から会話を仕入れるとこんな風になるんだろうか。せっかくなら、女の子の台詞を参考にしてほしいけど……それはまた、二人きりのときでいいか。
 自分のオンステージが終わったことを悟り、花鶏もヤクザ談義に絡んでくる。
「なんて言ったっけ? そのヤクザが絡んでた会社の名前。私もニュースでちらっと見た気がするけど」
「太慈興業です。太いの太に慈悲の慈って書いて太慈――」
「―― 何の話を……なさってるんですか……!?」
「え?」
 突然割り込んできた意外な声に、全員が停止する。
 声の主は……なぜか焦りを浮かべた、佐知子さんだ。せっぱつまったような表情をして、扉の直前で止まっている。どうやら開けっ放しにしていて、話が聞こえていたらしい。
「どうして、どうしてその名を……!」
「佐知子さん?」
 僕らの怪訝な視線に気づいたらしく、我に返る。
「……あ、ごめんなさい。随分物騒なお話をされていたようでしたので、珍しいなと」
 取り繕うように笑顔になる佐知子さん。でも、その対応がかえって疑念を呼び起こす。
 茜子の目つきが変わる。
「今の話に何か関係が――」
「佐知子」
 質問が終わる前に惠が立ちあがる。素早く、動揺もなく、佐知子さんの前まで移動する。
  ……茜子から、佐知子さんを隠すように。
「どうしたんだい? お茶ならば間に合っているよ」
「ええ、そうではなく」
「……」
 露骨に表情を変える茜子。何かが見えたんだろうか。
「実は今日のお夕飯のことで、皆さんにお伺いしたいことがありまして」
「伺いたいこと?」
「ええ、今日のお夕飯は鍋料理ですので、具材の相談を」
「おおー、鍋料理! 食べるのすっごい久しぶりだ!」
 微妙な空気を変えようとしたのか、はたまた単に嬉しかったのか、るいがいきなり身を乗り出す。
「お嫌いなものがあっては困るから、聞いてくるようにと。そのあとで買い出しに行かれるとのことでした」
「鍋はご家庭によって具材が大きく変わるのよね」
「スープも変わりますよー」
「ええ。個性が出るので、私達の独断で決めるわけにはいきませんから」
「なるほど。でもこの人数だ、意見がまとまるには結構時間がかかるかもしれない」
「それなら心配ご無用!」
「え?」
 るいが目をらんらんと輝かせ、佐知子さんのところに歩きだす。頭の中は鍋でいっぱいなんだろう、スキップしそうな足取りだ。
 ぐっと佐知子さんの手を握って、ぶんぶん振って、自信たっぷりに――

「佐知子さん、任せて! 穴場のお店知ってるから、みんなで買ってくる――」

『みんなで』。
 ……それは、育ちすぎた仲間意識の罠。

「ば……」
「るい……!」
「……え?」

『みんな』には、るいも含まれる。

『みんなで買ってくる』。
 そこには、るいの、未来が――

「きゃあっ!」
「こより!?」
「こよりちゃん!?」
 割れた。
 運命が、割れた。
 目を見開き、濡れた手を呆然と眺めるこより。
 すぐそばに散るのはこよりの湯呑み。
 いや、こよりのだけじゃない。
 僕たちの―― 七つの湯呑みが、弾けて、お茶を床に撒き散らして――
 合図。人ならざるものからの、宣告。
「……あ……」
「……う、うそ……!」
「そん、な……!」
 ただならぬ僕らの様子を見て、佐知子さんが目を白黒させる。
「……え、皆さん……何、どうなさったんですか……?」
 佐知子さんには、起こったことの意味がわからない。その事実がなおも僕らを恐れさせる。
「る、るい……」
「あ、あ……わた、私……!」
 言わずともわかる。
 僕らは呪いで繋がる同盟。危機は、口に出さずとも感じ取れる。
 るいが。
 るいが、呪いを――