QLOOKアクセス解析

after Birthday ※視点は惠

     act1 / act2 / act3 / act4 / act5 / act6 / act7 / act8 / act9 / act10 / act11 / act12(完)

僕の考えた惠ルート ※視点は智

  / / / / / / / / / 10 / 11 / 12/ 13/ 14/ 1516 / 17 / 18 / 19 / 20 / 21 / 22 / 23 / 24 / 25 / 26 / 27 / 28 / 29 / 30/ 31 / 32 / 33 / 34 / 35 / 36 / 37 / 38 / 39 / 40 / 41 / 42 / 43 / 44 / 45/ 46 / 47 / 48 / 49 / 50 / 51 / 52 / 53 / 54(完)

chapter 13 


「僕たちは、とてもよく似てる」
 処刑を待つ罪人のようにうなだれた惠に僕がかけたのは、素直な実感だった。考えるより先にすべり出た言葉は芋づる式に先を紡ぎ出す。懺悔するかのように、思考が声帯を震わせる。
「僕も、君も、常にみんなをだまし続けなければならない。それが僕らの呪い。仲が深まれば深まるほど、呪いは僕らに牙を剥く。みんなと笑い合うのは、時限爆弾のカウンターを回すことと同じだ。満たされれば満たされるほど、我に返ったとき、恐怖で身がすくんでしまう」
 親指に、惠の腕の骨の感触がある。細い細い手首。つむじが見えるぐらい頭を下げた姿は、萎れた花みたいだ。手のひらに伝わってくる体温と鼓動で生きているのを確かめるぐらい覇気がない。
 いうなれば、数分前に持っていた生気の全てがこそげ落とされてしまった状態。
 それほど、僕が突き付けた事実は重い。
 惠は僕の興味が自分に向いているとは考えなかったのだろう。そうさせないために細心の注意を払い、誰からも等しい距離を置いていたんだから当然だ。実際、他のみんなにとって彼女は「仲間その一」として存在していると思う。
『存在感のコントロール』。呪いから逃れるため、僕がやろうとしてできなかったことを、ほぼ完璧にやってみせた惠。
 皮肉な話だ。「どうでもいい存在」になろうとする行動が、僕に惠を意識させたんだから。
「君の呪いを探ろうとして、まずは僕と君の違いを考えた。同じような境遇にあるからこそ、相違点に大きな意味が生まれる。そこを突き詰めていけば、糸口が見えるかなと思った」
 いずるさんは「呪いには共通項がある」と言っていた。
 その視点で見ると、呪いの最終目的というか、根幹に行きあたる。
『コミュニケーションを困難にし、一般社会との円滑な関係を妨げる』
 それぞれの呪いは、この一点から派生している。
「今の段階でわかっている呪いを分析すると、大きく二つに分かれるんだ。『自分が気をつける呪い』と『他人に気をつける呪い』。例えば、伊代は前者で、茜子は後者だよね。ぱっきり線引きできるものでもないけど、傾向性としてはそういうイメージ。で、僕は後者のタイプ。呪いを誰かに知られないよう、嘘がばれないよう、四六時中気を回してる」
 宇宙空間で生きていくには宇宙服が必要なように、僕がこの世界を生きるためには嘘を着る必要がある。僕にとっての嘘とは、常に身体にまとわなければならない、酸素のようなものだ。失った瞬間に死が決定する。
 じゃあ、惠は?
「君は前者なのか、後者なのか。僕と同じ嘘つきなんだから、最初は後者だろうと思ってた。でも、違ったんだ」
 僕らが嘘つきなのには厳然たる理由がある。気まぐれとかツンデレとかあまのじゃくとか、そういう人生のスパイスではなく、純粋に生存ための手段だ。その分、僕は嘘の取扱には相当心を砕いている。蟻の穴から堤も崩れる、嘘をつくときは、無意識層レベルで完全無欠の侵入禁止区域を作るぐらいの気合が入る。
 ところが。
 ガッチガチに武装している僕とは対照的に、惠は気安く、呼吸するように嘘をついている。
 惠と僕の決定的な違い。それは、嘘の扱い方。
「君は、嘘がバレることに抵抗がない。僕が何より恐れることを、気にしていない」
 惠が女の子だとわかったあの日。僕ならば即死決定の条件なのに、彼女は全く動揺を見せなかった。日々の冗談は引っ掛かりそうになるものから本当だと思わせる気すらないものまで、バリエ―ションに富んでいる。時と場合により、信憑性のパーセンテージをコロコロ変えながら、惠は嘘を操る。指摘されても悪びれないし、困ることもない。どう転ぼうと笑って流す。
 なぜなら、惠にとって「ついた嘘がどう扱われるか」は些事だから。
「つまり、君にとって大事なのは嘘の内容ではなく「嘘をつくこと」そのものなんだ。パターン分けで言えば前者。他人がそれをどう思うかではなく、自分がどうするか。そこまで来れば、答えは出たも同然だよね。呪いを踏まないために「嘘をつく」なら、呪いはその逆を意味する」
 食らいつくような思考回路が導き出した、惠を貫く制約。
 自分の全てを嘘で塗り固めなければならないという呪い。
 生きるための嘘は、心を蝕む。命と誠実さを天秤にかけ続ける日々は、それを支える自分を擦り減らし、ささくれ立たせる。やがてはそれにも慣れ、諦めさえ抱き始めるだろう。けれど命ある限り、繰り返される選択は一度も翻ることはなく、嘘が消え去ることもない。
 僕らが歩いてきたのは、そんな日々。
 もどかしさに、喉を、頭を、身体をかきむしりたくなる生き方。
 だから、惠は自分の呪いを明かさなかったんだ。
 正直に話せば呪いを踏むからというのもある。けれどそれ以上に、自分の道を振り返らされることへの嫌悪感が選択肢を奪う。
 思い出すのは、この間みんなで遊んだこよりの宿題。
『in other words, please be true』
 惠はあの英文をこう訳した。
『別の言葉で言えば、誠実でいてください』
 詩的表現マニアの彼女にしては、驚くほど直訳的な表現。あんまり素直な読み方だったから、裏の裏の裏をかいたのかと思っていた。
 でも、今ならわかる。あれは、惠の偽らざる気持ちの表れだ。
 誠実に生きることを許されない彼女の、憧れに近い叫びだったんだ。
「……君の勝ちだ。敗残兵の処理は勝者の権利、好きにするといい」
 顔を動かすことのないまま、トーンを落した声で惠が促す。
「惨めさは人を腐らせるね。痛みよりも重度の障害だ。こういう清算方法を取るとは、君の手腕には恐れ入る」
 選ぶ言葉からずるずると流れ出るのは、激しい自己嫌悪の形。
「ここで逃げて、惨めさの上塗りをするのもいいかもしれない。それはそれで君の好奇心を満たすかな」
「惠」
「まだまだ追撃の手は緩めないんだろう? 次は僕の何を暴くのか、思い当たる節が多すぎて困ってしまうよ」
 投げやりに、捨て鉢に、惠は自分をあざける。
 人生の隅々まで積み重なった嘘は、発覚と共に重油のような粘りある不快感へ変貌する。過去は自責の念となり、思考の隅々までへばりつく。
 けれど、惠はその苦しみすら口にできない。呪いはいつも真綿で首を絞めるように彼女を苛み、選択は長く長く尾を引く。喉の奥でひしめく本音は、決して開くことのない扉を叩き続ける。抑え込んだかの様に見える感情は、腹の底に溜まったままくすぶり続ける。
 それを無理やりこじ開けられたんだ、自己嫌悪に走って当然だ。もし僕が惠の立場だったら、もっとやけっぱちになっていたかもしれない。
 踏まなくても、存在するだけで魂を蝕む制約。明かさないことで目を背けてきたそれは、場に提示された瞬間、気力を根こそぎ奪ってしまう。
 僕らは底なし沼の上、薄氷の上を歩く。口を開けて待ち構えるのは、自らの破滅を願わせる前科の泥。
 だからこそ……だからこそ、明らかにしたかった。
 僕らは、きっと同じものを見て、同じものと戦い続けているから。
「惠、聞いて」
 手首から手を離し、惠の肩に置く。手のひらで包める肩は薄く頼りなく、力を入れたら壊れそうで、抱きしめたくなる。
 ゆっくりと、僕自身に言い聞かせるように語りかける。
「僕は君を支えたかった。君の背負うものを、少しでも肩代わりしたかったんだ」
 ぴくりと、惠が動いた気がした。
「呪いはいつだって進行形だ。僕らは今までもこれからも嘘を並べ続けて、騙し続ける。仕方ないで納得できるものじゃないけど、それでもそうせざるを得ない。四六時中、他人を裏切り続ける自分に失望して、自分への恨み節をためこんで、自分が中から腐っていくのを確かめて……少なくとも僕は、そうやって生きてきた」
 形は違えど、同じ苦しみ、同じ息苦しさ。
 嘘つきが世界に抱く疎外感。抜けない棘のように僕らに刺さり、残り続ける罪悪感。
「君に出会って、君も嘘つきだと知って……正直、嬉しかった。同じような苦しみを持つ人がいる、それが僕の救いだった。勝手な話だけどね」
 惠を救いたい―― それは僕の偽らざる気持ちだ。
 だけど、人間は自分勝手で、他人に貢献したいという一念だけでは動かないもの。
 僕が惠を解こうとしたのは、その向こうに期待があったからだ。
 惠なら、僕をわかってくれる、僕の痛みを支えてくれる……そんな願い。
 ギブアンドテイクを自分から言い出すのは卑怯だし、浅ましい。でも、往々にして、エンジンになるのはその浅ましさだ。それに……日々刻々と重なる嘘は、一人では持ち切れない。
「勝手に救われたら、次はもっとわがままになった。君を支えたいと思うようになった。僕も一人で背負うのはしんどかったんだ、君が辛くないわけがない……そんな風に決めつけて、行動を開始した」
 惠の呪いを探るのは、あくまで手段だ。大事なのはその向こう、呪いに縛られて身動きのとれない惠に手を差し伸べること。そのためには内容を知るのが不可欠だったから考えただけのこと。
 だって、僕は惠を追い詰める気も、命を握る気もさらさらないんだから。
「ねえ、惠。提案があるんだ」
 ちょっとだけ、手のひらに力を入れる。
「一緒に、閻魔様にケンカを売ろうよ。「もう舌を抜きたくないです」って泣きごと言わせるぐらい、嘘をついてついてつきまくってやろうよ。僕らぐらいでしょ、そんな真似ができるの」
 地獄の裁判でやりあうと思えば、今対峙する感情なんてちっぽけなもの……なんて、都合のよすぎる解釈かもしれないけど。
「僕らは嘘つきだ。それで散々頭抱えてきた。だったら、ちょっとぐらい前向きになってもいいじゃない。嘘つきは嘘つきらしく、これが自分だってアピールしたっていいじゃない。一人でそれやると寒いし潰されるだろうけど、二人ならできるよ」
 支え合いたい。
 二人で運命に立ち向かいたい。
 それが、僕の本心だ。
 仲間達の中にあってなおそびえたつ「嘘つき」の壁。
 一人で挑むには、その壁は高すぎる。
 でも、二人ならきっと超えられる……僕は、そう信じてる。
 どんなに苦しんだって、イヤがったって、現実は変わらない。僕らは嘘とともに生きていくしかない。
 それなら、前向きに卑屈に、嘘つき上等の旗を掲げることも、一つの方法だ。
「……ね、惠」
 僕の手の甲は、夜にひたされて冷たくなっている。けれど、肩に触れる手のひらは、惠の体温で温かい。
 深呼吸で、鼓動に静寂を染み込ませる。
 言うべきことは、全部言った。これで届かないなら、また別の方法を考えるまでだ。
 少なくとも、惠は僕らと離れることを望んではいないだろうから。
「……九十点」
「へ?」
 唐突に、惠が口を開いた。思わず間抜けな相槌を返す。
「さっきの答え合わせ」
 その声は優しさをまとう。安堵、充足感……そこまで感じるのは僕の希望的観測か。
 静かに顔をあげ、惠は僕に視線を合わせる。顔が随分近いから、さっきとは比べ物にならないほど表情がよく見える。
「範囲があるんだ」
 やっぱり婉曲表現。でも、そこには彼女の誠意がこもっている気がする。
 惠が、肩に置かれた僕の手を掴んだ。
 そのまま、自分の胸元へと運び―― 柔らかな膨らみの上に置く。
「……ここまで」
「……あ……うん」
 手のひら全体で、惠に触れる。
 服を隔てているんだから、鼓動が届くはずもない。けれど、惠の心音が伝わってくる気がする。 
 それはとても穏やかで、いい意味で力が抜けていて、どこか、こそばゆい。
 今、僕が触れている存在―― 惠自身。
 それが、彼女の制約の範囲。
 ああ、でも、そんなことはこの際二の次だ。
 僕の目は、惠に釘付けだった。
「君を作るなんて……神様とやらは、随分と風変りな趣味をお持ちのようだ」
 初めてだった。
 彼女の、こんなに柔らかな笑みを見るのは。