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after Birthday ※視点は惠

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僕の考えた惠ルート ※視点は智

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chapter 16 

 今まで、こんなに信じられない光景を見たことがあっただろうか。
 今まで、こんなに信じたくない光景を見たことがあっただろうか。
 拒絶反応がかけめぐる。頭の中が「嘘だ」の一言で塗りつぶされる。けれど現実は非情なまま、倒れた惠を起こしはしない。
「惠さん……!」
 呼びかけに反応するかのように、背中がぴくりと動く。
 生きて――生きてはいる。
 だけどこれは、この惨状は何……?
 佐知子さんが動いた。惠に駆け寄り、抱え起こし、あえこれと状況を確認している。僕は倒れ込みそうになりながらかろうじて動き、佐知子さんの隣――惠のすぐそばにひざをつくのが精一杯だ。
「あ……佐知子……と……智……?」
 意識がもうろうとしているのか、二、三度まばたきをする惠。目の力は弱々しく、肩でする息もたどたどしい。寒気もするのか、小刻みな震えが止まらない。糸が切れたかのように投げ出される手と足。青ざめた顔、白い肌、そして、シャツに飛び散る、濁りで深まった赤い血。
「惠さん……」
 佐知子さんはとりあえず、とエプロンのポケットに入れていたタオルで肌についた血を拭い、おでこに手をおいて体温をはかる。
「ああ……佐知子。みんなに……心配するな、と……っ!」
 痰の絡まる耳障りな咳。けれど吐き出されるのは痰ではなく血だ。ふき取ったばかりの肌が、唇が、みるみるうちに暗い赤で染まる。僕の服にも飛び散るそれは、ただごとではすまされないと嫌でも思い知らせてくる。冬の木枯らしのような呼吸音は満足に息ができてないことを知らしめ、咳の後で露骨なほど上下する胸は危機感を煽る。
 魂が引きちぎられる。両手両足の糸が縮れて切れそうだ。涙腺が乾ききって涙も出ない。じわじわと、血液の流れすら僕を押しつぶす。
「惠……なん、何でっ……!」
「君が、心配することじゃ、ない……」
「こんな状態で心配するなって方が無理だよ!」
 脳がひきつれる。肺が悲鳴を上げる。胸とおなかの間で渦巻く不安が全身を揺さぶり、指先が痺れ、突き刺さるような重さが心臓を鷲掴みにする。
「智さん、惠さんをベッドに。そのままでは智さんのお洋服が汚れてしまいます」
「で、でも」
「お願いします」
 佐知子さんらしからぬ強い調子で言われ、思わずひるむ。それに応えるかのようにふらふら立ち上がる惠。そのままスライドするようにベッドに転がる。
 とたん、真っ白なシーツに赤のまだらが飛ぶ。シーツをきつく握る姿は、地獄の誘いから必死に逃れようとあがいているみたいだ。
 思わず、惠の手に僕の手を重ねる。力を入れた手の甲はひどく硬い。
「……」
 すまない、と視線が訴えてくる。何度も何度も首を振る。
 どうして。
 ほんの一時間前まで元気に笑っていた惠。昨日よりちょっとこそばゆくて、昨日の数倍楽しい一日がこれから始まるはずだった。僕らの関係はともかくとしても、少なくともこの屋敷の笑い声は絶えないはずだった。
 それなのに――
「ねえ、何があったの……って、メグム!?」
「惠センパイ!?」
 ただならぬ雰囲気を感じたのか、みんなが様子を見に来た。とたん、目の前に広がる惨状にパニックになる。
「嘘、ちょっとこれ……普通じゃないわよ!?」
「……ハプニングとしては最悪の部類ですね」
「とにかく、急いで病院に連絡を!」
「は、はいぃ!」
 伊代の声にこよりが携帯を取り出し、119番を――
「やめてください!」
 場を静まり返らせるほどの強い声が響く。
「……佐知子」
「病院に連絡されては困ります……困るんです……惠さんは大丈夫です、ですからお願いです……!」
「これのどこが大丈夫なんですか! こんな状況、素人の手に負えるわけがないじゃないですか!」
「みなさんからはそう見えるかもしれませんが、それでも大丈夫なんです! お願いです、だから……」
「でしたら、説明してください! 理由もわからず「大丈夫、大丈夫」じゃ納得できません!」
 まくしたてる伊代。始めて見る、心配が生む怒り。口にこそ出さないものの、みんな同じ心境だ。でも、六人の視線に射抜かれてなお、佐知子さんは首を振る。
 対立構造。不穏な空気。争いたいわけではないけれど、どっちも引けない、引かない。不安が僕らの意識を焦がす。無力感が佐知子さんへの不信感に変わる。
 獰猛な沈黙。
 ややあって――
「……みん、な」
 口を開いたのは惠だった。
 身を起こすこともできないのか、視線だけをこちらに向ける。
「……今は、佐知子を信じて……」
「そんな、でも」
「お願いだ……僕は、みんなの、そんな顔は……」
 続きは喀血。絞るように目を閉じ、拳をますます骨ばらせながら、かすれた声で訴える。
「惠……」
「惠さんは一日あれば、落ち着きます。心配かとは思いますが、ここは」
 佐知子さんは僕らにそう言い聞かせる。でも、どう見たって一日やそこらで落ち着くようには見えない。
「でも」
「今回が初めてではないんです。大丈夫ですから、どうか」
「―― 信じましょう」
「茜子!?」
「彼女は嘘は言っていません。どのみち、私たちにできることなんか何もないんです。だったらここで無駄な押し問答するより、そっとしておいた方がいいんじゃないですか」
 冷静な意見。そして、茜子の能力が保証する未来。それは不安にひっかき回される僕らにわずかばかりの理性を取り戻させる。
「それに」
 淡々と、けれど重みを持った声でさらに続ける。
「私たちがここにいると、惠さんにとってかえって危険な可能性もありますから」
「あ――」
 おそらくは意図通り、全員の思考に一つの可能性が差し込まれた。茜子だからこそ言える、この場のメンバーにしかわからない制裁の存在。
 絡みつく、痣が教える有刺鉄線。
 違う、違うと思うけど、でも――
「何かありましたら、みなさんをお呼びしますから……どうか、ここは」
 空気が変わったのに気づいたんだろう、佐知子さんが僕らに退室を促す。
 今度は誰も反駁しなかった。ないとは言い切れない引き金。死刑台のスイッチを前に自分の感情を優先できるほど、僕らは無責任でもないし、無鉄砲でもない。
「絶対、呼んでくださいね」
「彼女をお願いします」
「惠センパイ、どうかお大事に……」
「……こんなところで倒れるんじゃないわよ」
「メグムぅ……」
「……信じますから」
 それぞれが、一言をかけるので精一杯。
 左脳が高速で過去を知識を並べ、組立て、多種多様な、けれど一様に鈍色の悲観的観測を浮かび上がらせる――

 食卓は明るい。真昼の日差しがたっぷり差し込み、電気代そっちのけで明かりがつけられている。隅から隅まで見渡せる、いい写真が撮れそうな光量だ。
 けれど、そこにいる六名の表情は等しく暗い。昼食が片づけられ、小さな花瓶以外何もないテーブルは電球を反射し、ところどころで不安定な照り返しを作る。
 いつもはかしましい同盟も、今はひたすら無音状態。切り出し方を伺ったり、自分の思索に走ったり、みんなの表情をひたすら確認したり、それぞれの方法で少しでも希望を見いだそうとしている。けれど、個人がどれだけ頭をめぐらしたところで、結局は壁にぶちあたる。
「……ねえ」
 そんなじりじりした時間に耐えかねたか、るいがおそるおそる話を切りだした。
「……みんなは、どう思う? メグムのあれは」
「―― 呪いを踏んだんじゃないか、って?」
 花鶏が受ける。瞼を軽く閉じ腕を組む。普段あまり見せない苦悩が、装った冷静の中からのぞく。
「う、うん……だっておかしいでしょ? 昨日まで何ともなかったのに、どうしてあんな」
「呪いって、踏んだらあんなことになるんですか……?」
「そんなことはありません」
 流れができる前に、茜子が割って入る。
「私は小さい頃に何度か踏んでいます。でも、呪いのせいで病気になったことはありません」
 僕らの中でもっとも踏みやすい呪いを持つ茜子。その厳しさ故に、彼女の言葉には力がある。
 それに―― 僕も、茜子に同意だ。
「僕も、違うと思う」
「どうして?」
「よくは覚えてないんだけど……昔、僕も踏んだ経験があるんだ。でも、その時はあんな風に血を吐いたりはしなかった」
 そう。記憶の深淵、底の底でくすぶる、すりつぶされるような胸騒ぎ。呪いを踏んで死にかけた……脳が強制的に忘れさせるほど衝撃的な体験が僕にもある。でも、中身を覚えていなくても、それが「どういう経緯で訪れるのか」の糸口ぐらいは引き出せる。
「あの時の経験からすると、呪いは外から降りかかってくるもののような気がするんだ。つまり、病気じゃなくて、怪我。さっきの惠は明らかに病気だったから……多分違う」
 根拠とした体験はたったの一つ、大部分は願望だ。死神のノートに名前を書かれた時のように、呪いが踏んだ人間の中から現れてしまうものだとしたら、僕らには逆らいようが無くなってしまう。そんな打つ手のない報いなんて、認めたくない。
 それに、今回に限っていえば、僕の予想を裏付ける要素は他にもある。
 佐知子さんの対応だ。
「メイドさんも、初めてじゃないって言ってたわね」
「対応からするに、それなりの頻度でしょうね……これはこれで、あまり信じたくないけど」
 血を吐いた惠に対する佐知子さんの行動は、明らかに手馴れていた。僕らという外部者の扱いには慣れていない感もあったけど、惠についてはしっかりと認識した上で動いていたと思う。つまり、惠は今までにも何度かあんな体験をしているということだ。あれが呪いの結果なら、惠はこれまでに何回も踏んでいるということになるけど、彼女がそんな軽率なわけがない。
「でも、呪いじゃないとしたら、どうして病院に行かないんでしょう……?」
 こよりがぽろりと呟く。答えるのは茜子だ。
「あなたは私に同じことが言えますか」
「……」
「私と惠さんの呪いは同じものではないと思います。けれど、病院に行くことが危険に繋がる可能性はあります」
「……そう、ですね……」
 会話が途切れた。
 もともと盛り上がりたくない話題だし、どんなに話が進んでも明るい兆しが見えてこない以上、続ける意味もない。思わぬところで自分たちの身の上を痛感させられ、一様に沈黙に沈む。
 茜子の意見は一理あると思う。惠の呪いは病院に行くことそのものに危険はないけれど、お医者さんにかかろうとすれば一気に危険度が増す。問診なんてされた日には一発アウトだ。真実に繋がるならば「はい」と「いいえ」すら刃になる。ああいう状況では、はぐらかすのも言葉を選ぶのも限界があるだろう。放っておけば収まるのなら、わざわざ特大の危険を冒したってしょうがない。
 ……でも、それは根本的な解決に繋がらないんじゃないだろうか。収まるとはいえ、何度も繰り返しているならいずれ大事に繋がる可能性もある。元気なときに佐知子さんに同行してもらって診察を受けるとかした方が……なんて、できるならとっくにやってるか。そもそも「今は病院に行けない」だけで、「何も対処してない」とは言ってないし、余計なお世話だろうな。僕の意見なんて単なる浅知惠だ。
 溶けないまずい飴を口の中で転がすような、役に立たない自己問答。鬱々とした気分には特効薬もなく、ひたすらに秒針の音を聞きつづける。そのリズムが癇に障るのは、求めるスピードよりも格段に遅いからなんだろう。手が不必要に湿って、何度も洗いに行く。浜江さんが出してくれたクッキーもおせんべいも、今日ばかりは減りが遅かった。
「……大丈夫、大丈夫、大丈夫……」
 お経のように繰り返す、しみこまない自己暗示。どこかの宗派に属していたなら、必死で経典でも読み上げているだろう。届かない、助けられない、屈辱に通じる無力感。
 ……神様を信じる人々の気持ちが、今ならわかる気がした。

 想いが通じたのか、それともただの偶然か。
 惠の復活は予想よりも早かった。
 下りてくる足音が聞こえた瞬間、重力十倍の雰囲気が割れ、ガラスの向こうに動く姿が見えたその途端、弾けるように床が鳴る。扉が開くなり、聖徳太子も真っ青な勢いで、主役の周りに声が踊る。
 予想以上の歓迎に面食らったか、ちょっときょろきょろしたものの、惠はすぐにみんなの輪に溶け込んできた。
「……心配をかけてしまったみたいだね」
「かけるってレベルじゃないわよ! 今すぐ土下座して三遍回って脱ぎなさい!」
「うわあぁぁぁんメグムぅぅぅ! よかったああぁぁ!」
「本当に大丈夫なの? 念のためにお医者様に」
「数時間前の話ぐらい覚えとけこのテンプレ委員長」
「惠センパイ……よかったです……ふぇぇ」
「回復に一日かかるって聞いてたけど、もう起きてきて平気なの?」
「根性だよ」
「あらゆる反論を封じる最終手段出た」
「病は気からと言うだろう? 君たちと早く触れ合いたいと願ったら回復が早まったんだ」
「このキザ王子めが」
「お望みとあらばたっぷり触れ合ってあげるわよ? 病み上がりだから手加減はするけど……そうね、まずは全身のソフトタッチから」
「花鶏、見境無さ過ぎ」
「あら、惠はこの中で一番肌のキメが整ってるのよ。やわやわお肌をおさわりしたいと思うのは当然でしょう?」
「……さすがガチレズは目の付け所が違う」
「そろそろ警察に連絡したほうがいい気がしてきた」
 こよりんの頭を撫でながら、惠が目を細める。
「不思議だね。まばたき程度の別離でさえ、こんなにも日々を味わい深く変えるとは」
「約半日かかってます。分数にして数百、秒数にして万単位です。悔い改めろ」
「地球が生まれてからの時間を思えば、数時間なんて瞬きにも満たないさ」
「……とりあえず、あなたが復活したのはよくわかったわ」
 斜め上に脱線するやり取りに嘆息する伊代。何から指摘したらいいのやらと呆れ顔だ。
「すまなかった―― という言葉では、少々軽すぎるかな?」
 意を汲んだか、体勢を整えたか、隙間を縫うような言い回しでお詫びをする惠。一瞬曇る表情は、素直に謝れないことへの抵抗もあるんだろう。
「メグムが謝ることじゃないよ」
「鳴滝めはノープロブレムであります!」
「言葉より身体で報いて頂戴」
「一理ある。けれど花鶏、てめーは駄目だ」
「茜子、もうちょっと表現選ぼう」
「……まあ、反省することじゃないけど……うん、元気になってよかった」
 言い回しには触れず、惠の言いたいことをすんなり受け入れる一同。細かいことより、惠の回復を祝いたい気持ちが勝ったんだろう。
 顔色も悪くないし、受け答えもすっかり元通り。朝の様子が嘘のように、惠はいつもの惠に戻っていた。普段どおりの上品な足取りで自分の席につき、紅茶を飲むしぐさも覚えがあるもの。変化のない、だからこそ安心できる日常が、僕らのところへ帰ってきた。涙腺が余計な反応をするのを抑えながら、笑顔の惠を見つめる。力を取り戻した瞳は、視線が合うだけで吸い込まれそうだ。
 よかった、以外には何も浮かんでこない。ただただ、安心が身体を流れ、あちこちに詰まった黒々しい予想を洗っていく。
「丁度、夕食の時間かな」
 惠を囲み、それぞれが定位置に着くなり、示し合わせたように佐知子さんが食器を運んできた。エプロンがほのかに纏う香りは食欲にクリーンヒットする美味の予感。
「みなさん、お騒がせして申し訳ありませんでした……お詫びと言ってはなんですが、夕食は浜江さんが腕によりをかけて作ってくださっていますので」
「おおぉ! いつもあんなに美味しいのにさらにグレードアップとな!」
「食材も良いものを取り寄せています。たくさん召し上がってくださいね」
「心配をかけてしまったお詫びの印だ。遠慮しなくていい」
「言われなくても遠慮しません。食い尽くしますよ、主にコラーゲン脳が」
「コラーゲン脳……なんか高級そうです」
「全然褒め言葉じゃないのに悪い気はしないミステリー」
「多分、本人は意味にすら気づいてないわね」
「んー?」
 言われた本人、もとい、るいはハートマークとハンターのまなざしを混ぜた、エネルギーに満ちた目つきでキッチンを眺める。スタートを待ちわびるアスリートというか、おあずけされてる犬というか……ほほえましくも猛々しい。その前にテーブルマットが敷かれ、ナイフが、フォークが並べられていく。ふりふりするしっぽが見える……気がする。
「なんだかすみません、私たち何もお手伝いできなかったのに」
「いえいえ、いいんですよ。お気になさらないでください」
「現れ方が顕著だから随分と危険に見えるけれど、命に別状はないんだ」
「そうなんですか〜……安心しました」
 百聞は一見にしかず。元気な姿はそれだけであらゆる不安を払拭する。嫌な予想を水に流し、キッチンから漂うクリーミーな香りに想いを馳せれば、数時間前は幻のように消え去っていく。昼食も間食も喉を通らなかった僕らにとって、惠を交えての食卓ほど待ちわびたものはない。
 僅かな動きにスキップが混ざり、それぞれが思い思いの喜びを匂わせる。運ばれてくる料理の湯気に誘われ、誰からともなく手伝い始める。足音が、料理を置く音が、ひとりひとりの胸の奥に灯を点す。
 胸がいっぱいで、おなかもいっぱいになる。単純でかけがえのない、ささやかで無限大の安らぎに満ちた団欒。
「幸せって、こういうことを言うのかな」
 欠けかけて、戻ってきて、痛感する。
 僕らの理想のひとつが―― ここにはある。

「ほんっとーに、ごちそうさまでした!」
 るいが何度も何度もお辞儀する。風が起こりそうな速度で頭を下げるもんだから、佐知子さんは困り顔だ。
「いえ、そんなに感謝していただかなくても」
「感謝するなら金をくれ」
「言ってない、そんなこと言ってないから」
「私たちは、皆さんがここで過ごしてくださったことが何よりの喜びなんですよ」
「ほら、真面目に返された!」
「多分、佐知子さんわかってて反応してくれてると思います」
 玄関先でさえ、話はとめどなく続く。
 回復したとはいえ、状況が状況だからということで、お泊り会は一旦中断することになった。次の予定は一週間後だ。しっかりスケジュール組む辺り、みんなの思い入れの深さがわかる。
「茜子とるいは残ってもよかったんじゃないか?」
 家なし組を気遣う惠。元々るいが言い出した話だし、今日のことも含め、色々感じるところがあるんだろう。
「いえ、一旦はおいとましましょう。猫会議もありますし」
 そうとわかるからこそ、茜子はなんでもないという風で辞退する。
「行く場所あるの?」
「エロス明神が泊めてくれるそうです。主に対抗心で」
「家の価値は広さと料理と調度品だけで決まるものじゃないのよ……見せてやるわ、伝統の素晴らしさを」
「まだ根に持ってたんだ……」
「多少はツンデレ属性も混じってますね」
 変な方向に燃える花鶏。自分のところも決して安請け合いできる状況じゃないだろうに、なんだかんだで面倒見がいい。
「私と仁義なき大食漢は色欲魔人の攻略対象外らしいですから、そのあたりも心配ないですよ」
「どうせ引き取るならこの二人以外が良かったわ」
「僕的にはこの二人で安心しました」
「……じゃあ、頼んだよ花鶏」
 惠が念を押す。花鶏はまかせといてとばかりにウインクする。るいと茜子の受け入れは、誰にとっても自然な成り行きになっていた。
「本当に、何から何までお世話になりました。今度改めてご挨拶に伺います」
「いえ、お気遣い無く」
「……あんたは、よくできてるの」
 伊代はやっぱり委員長らしく、礼儀正しい挨拶をしている。浜江さんとも言葉を交わしているあたり、流石だ。浜江さんも伊代のことは気に入っているのか、若干表情を緩めてくれている……気がする。僕なんかは固いオーラで敬遠してしまうけど、伊代にはそういう感覚自体がないんだろう。助かる、と言ったら失礼だけど、助かる。
「じゃあ、次は一週間後に。昼食は用意しておくから、当日は間に合うように来てくれたらいい」
「それまでは例のたまり場に集合ね」
「りょーかいであります! 鳴滝めは宿題の結果もご報告いたします!」
「陰湿担任の鼻を明かしてやりなさい」
「ありがとう、惠。また来るね」
「……ああ」
 それぞれが笑顔を抱え、個人の課題へと戻る。
 長い長い一人ぼっちの先、やっと見つけたゴール地点。街の外れのこの屋敷は、気の置けない仲間たちの輪になった。ささくれ立った心を包み、ぬくもりを、潤いを与えてくれる。
 曲がり角を曲がるその時まで、全員が振り返り振り返り手を振る。子供っぽいと思いつつ、子供の時には得られなかった満足感が身体を動かす。
 ……こんな日々が、いつまでも続けばいいのに。