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after Birthday ※視点は惠

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僕の考えた惠ルート ※視点は智

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chapter 28 


「和久津様」
「……」
 上半身と机が平行線を描く。宮が声をかけてくれてるのを知りつつ、顔を上げずに手だけひらひら。
「……大分、参っていらっしゃいますわね」
「まいっちんぐです」
「マチコ先生」
「なぜその古いネタがわかるでありますか」
「企業秘密でございますわ」
「ふみゅ……」
 一応会話は交わすものの、体勢は変えないまま。誰の目から見ても普通じゃない状態だ。
 我ながら随分露骨だと思う。それだけショックが大きかったんだろう、「だろう」なんて人ごとな言い方をしたくなるほどに。
 あれから三日ぐらい経った。いや四日かな、五日かな?
 あらゆる音声は馬耳東風、景色は色褪せ、どこへ行くにも足取りは重い。時間は過ぎる先から空洞化する。部屋にいれば落ち込むし、外に出たって行き場はない。せめてもの気晴らしと優等生仮面を失うリスクを考え、一応学校には姿を見せているものの、ずっと腑抜け状態だ。
 寄り道ひとつない、直線で繋がれた日常。一端離れ、再び戻った今までどおりの生活は、見事なまでに味気なかった。
 花鶏の家にはあれから行っていない。行ったところで余計な衝突を引き起こすだけ、無駄に心を削られるだけだろう。
 ……一瞬にして失った、かけがえのない柱。惠が奪い取った僕の芯。
 家から学校、いきつけのスーパーという以前からの行動範囲に、見慣れたあの屋敷はかすりもしない。出会いがなければしることすらなく一生を終えた、それぐらい遠い場所。たとえ市内でも、テリトリーでなければ異国も同じ。
 そこに今日もいるだろう彼女を―― どう想えばいいのか。
 何の相談もなく、裏切りを差し出し、僕らを敵に回した惠。ためらいの欠片もない決別。
 衝動的な行動ではないと思う、思いたい。
 感情に任せて先走る―― 惠にとって、それは自殺行為に等しい。ちゃんとした理由と計画があるはずだ。
 だとしたら、彼女は何を考えているのか。
 僕たちを敵に回してまで。
 ……僕を、遠ざけてまで、何をしようとしているのか。
「失恋なさいましたか」
「……なにゆえ?」
「乙女の心を最も深くえぐり穿ち、滴る血をも腐らせるものが失恋だと聞いています」
「微妙にグロい表現」
「和久津様をそこまで落ち込ませてしまうなんて、よほどのことですわ」
「うん……まあね。失恋といえば、失恋? 直接フラれたわけじゃないんだけどね」
 いい加減おでこが痛くなってきたので、宮と反対方向に顔を向ける。赤くなったおでこを前髪で隠すのも忘れずに。
「わたくしの胸でよろしければ、お貸しいたしますわ。ちょうど今日はヌーブラです」
「……学校に何つけてきてるの」
「淑女たるもの、流行の体験は欠かせませんわ」
「それ淑女違うと思う」
 思わず、素でツッコミを入れる。相変わらず、宮和の発想は一般学生の次元にはないらしい。
 ヌーブラか……CMとかで見たことあるけど、なんていうか、ロマンがない感じだったな。一歩間違えれば肌色パットだし。やっぱり女の子の下着はレースとかパステルカラーが好みだなぁ……自己防衛のために買った通販カタログのランジェリーページを思い返す。健全な青少年には刺激が強すぎる分、記憶も変にクリアだ。ずるずるといかがわしい思考が連鎖する。
 ……にもかかわらず、ちっとも男の子部分が反応しない。相当重症だ、これ。反応されても困るけど。
「どうなさいます? 和久津様」
「……気持ちだけ受け取っておくね」
「はい」
 ある意味好奇心を煽りまくる状態の僕から適度に距離を取り、やわやわといたわってくれる。そんな宮の心遣いが目にしみる。
「少々残念ですわ。これを機に和久津様と一層深々と繋がる仲になろうと思いましたのに」
「露骨に目的言っちゃった!?」
 前言撤回、百パーセントの善意は世に存在しなかったらしい。というか、なぜどうして僕の周りにはこんなにも獣が多いですか!?
「『ふられたての女ほど騙しやすいものはない』と、わかれうた歌いの方もおっしゃっています」
「しかも騙すの!?」
「宮は悪い女なのです」
 うふふ、と穏やかに微笑む宮。いつの間にやら、僕の視線の前に立っている。傾き始めた陽を背に佇む物腰柔らかな立ち姿。
 どこまで本気かわからない、本気があるかもわからない、でも危険は感じない、絶妙な語り口。棘だらけでウニ状態の精神を、あくまで優しくほぐしてくれる。
「……ひどい言葉をかけられたのですか」
 ひょい、と髪を一房持ちあげられた。宙に浮くそれを目で追う。
「ううん、僕には何も」
「何も、ですの?」
「うん。目も合わせてくれなかった」
 あの時、惠は一度も僕の方を見なかった。明らかに無視した。僕のかつての発言を引き合いに出したのに、こっちを向こうともしなかった。
 言葉よりも強烈な、拒絶の意志。
 ……失恋じみた痛みは、きっとそこから来ている。
「……面と向かって言われたわけではありませんのに、失恋なのですか?」
「その場には、僕以外にも何人かいたんだけどね。全員まとめてフラれた感じ」
「とても気の多い殿方なのですね」
「いやごめん、そこは真に受ける所じゃない」
「……?」
 するる、と髪を指から落とし、宮が不思議そうな顔をする。もともと彼女は謎なんだけど、こういう表情をするのは珍しい。
 ……まあ、僕の説明の仕方も悪いんだけど。全部説明するには障害が多すぎるから、こんな風に言うのが精一杯とはいえ……今の情報だけだと、宮和の脳内がスペクタクルな化学変化を起こしそうな気もする。
 しばしの間。
 思案していた宮和が、納得したように手を打った。
「つまり、殿方は恋敵を全て千尋の谷に集め、蹴落としたのですね」
「へ」
 案の定というかなんというか、すごい変な誤解されたっぽい……?
「なぜ急に獅子」
「それならば、和久津様が谷を登ればよろしいのですわ」
「……えーと?」
 事態を一体どう把握してどう理解したのか。
 斜め上すぎるアドバイスに、思わず目が点になる。
「獅子は我が子を千尋の谷に突き落とし、それでも己を求め這い上がってくるM気質な子どもだけを愛するのです」
「……めちゃめちゃ曲解してない?」
 そんなマゾっ気のある獅子はイヤだ。百獣の王の名が泣くよそれ。
「きっと、和久津様の殿方はハーレムを治める獅子なのです」
 ツッコミはどこ吹く風で、宮和は続ける。
 どうやら、彼女の頭の中で僕は殿方ハーレムメンバーその一になってしまっているらしい。
 ……いやまあ……ハーレムは間違いじゃない、のかな……? 殿方は惠でなく僕で、構図が大分違うけど。
「和久津様ご本人に向けての絶縁状ならいざ知らず。多くの女性を侍らせたうえでの発言ならば、それは獅子の試練か、手練の罠のどちらかではないでしょうか」
「なんかイヤな予測増えてる」
「あえて振ることで、騙しやすい女性を選別していらっしゃる可能性もございます」
「……それは殿方をほめてるのかくさしてるのかどちらでございますか」
「どちらでもございませんわ。わたくしは和久津様の味方です」
 柔和で屈託のない、ほのやかな笑顔。微妙に引っかかる部分はあるものの、味方というのは多分本心。
「……」
 なんとも反応に困る宮和の論理展開。でも、そんな彼女の迷い道的な不思議さが、僕を楽にしてくれる。
「和久津様には、選ぶ権利があると思います」
「……選ぶ権利?」
「はい」
 わざとなのか、自然になのか、はたまたヌーブラ効果か、豊満な胸を揺らして顔を覗き込んでくる。
「殿方好みのM気質になるべく、髪を振り乱しすがりつくもよし、バトルロワイヤルを起こし、鎌とノコギリと鉈で恋敵を殲滅するもよし。もちろん、殿方を諦めてわたくしのヌーブラを味わうのもよしですわ」
「なんかいろいろと末期症状だ」
 丸く治めるという選択肢はないらしい。穏やか100%から繰り出される危険100%、宮和。
 微笑んだままに、気負いもなく。あくまで世間話の体を保ちながら、彼女はゆっくりと結論に近づいていく。
「いずれにせよ、まだ何も終わっていないのではないでしょうか」
「……あ」
「わたくしには、そのように思われますわ」
「……宮……」
 揺れ動く話題が、鍵を創る。
 ……そうだ。
 どうするかは僕の自由。逃げるも、相対するも、諦めるも自由。
 選択は無限。可能性も、未来も無限。
 一見突拍子もない流れで、実際、突拍子もない予想が渦巻いてそうな気がするけど、それでも宮和の言う事は正しい。
 終わらせるには早すぎる。諦めなければ、終わりは来ない。
 終わらない限り―― できることは、いくらでもある。
 宮和は「頑張れ」とは言わない。ああしろともこうしろとも言わない。
 でも、確かに、背中を押してくれている。
 まるで、僕が何をして欲しかったのかを見抜くように。
「お役に立てましたでしょうか?」
 お礼を言おうとしたら先回りされた。どこか心地よく、ほんの少しだけ悔しいむずがゆさ。
 まさか、事情を何も知らない宮和に諭されるとは思わなかった。
 ……ああ、でも。
 知らないからこそ、事態を打開できるのかもしれない。
 具体的な対策よりも深く、激励よりも強く、彼女は僕を立ち直らせる。
「ありがと、宮。ロッククライミングする気になってきた」
「はい。わたくしはデジタルカメラを手に応援しておりますわ」
「アングルには気をつけてもらえるとありがたいです」
 顔をあげる。鞄に手をかけ、立ち上がる。
 床と椅子が擦れる、ポンコツエンジンのようなヘンテコ効果音。今の僕にはお似合いだ。
「お礼はケーキセット二つ追加でいい?」
「はい。できれば、それぞれ別の機会に」
「了解。じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃいませ、和久津様」
 宮和に目いっぱい手を振って、精一杯笑う。
 廊下を踏みしめる足の感覚。きゅ、と口を引き結んで、足早に階段を下りる。
 ―― 立ち止まってる暇は、ない。


「待ってたわ、智」
 まずは現状把握、と向かった先。
 がっちり腕組みの仁王立ち一歩手前モードで花鶏が立っていた。
 ……事前に連絡していたとはいえ、この待ち伏せはなかなかにプレッシャーだ。
「みんなは?」
「来てるわ。智が最後。最も、昨日までは対象外二人しかいなかったけど」
「考えることは一緒ってことかな」
「今日来なかったらこっちから行く気だったわよ」
「うん、ごめん」
 実は、あれから二回ほど花鶏から連絡をもらっていた。黙って待つのが大嫌いな花鶏、すぐにでも次に取り掛かりたかったんだろう。
 ただ、全員がいきなりアクセル全開にできるわけもなく。特に僕はどうしようもなくぐずぐずで、とてもみんなの前に出られる状態じゃなかった。
 曖昧に逸らしたり頭冷やさせてと頼んだりして引き延ばし引き延ばし、今日、やっと来る気になったというわけだ。
「急いで」
「うん」
 やり取りを切り上げて、食堂へ。五人が思い思いの表情で座っている。
 ……いるはずのない一人がやっぱりいないことを、改めて確認する。
「みんな、久しぶり」
「久しぶりというほど時間は経っていません。メンタル&タイムの部屋で修業でもしてきましたか」
「髪の毛逆立ってないでしょ」
「トモの髪の毛逆立ったらちょっと怖いかも」
「女の子には優しくないですよね、瞬間金髪装置」
「……いやまあ、超野菜人の目的は金髪じゃないけど」
「……」
「伊代センパイが話に入れなくて寂しそうです」
「これだから堅物は」
「まあ、脱線はいつものことだけど……この状況でそんな話ができるのってすごいと思うわ」
「真面目な顔したら凹むからこそですよ、伊代先生」
「……なるほどね」
「お待たせ。智、あなたも適当に座って」
 雑談で時間を潰している間に、何か準備してきたらしい。
 花鶏が若干緊張の面持ちで入ってくる。
 言われた通り、着席。
「持ってきたわ」
 座ったのを確認するなり、花鶏が一冊の本をテーブルに置く。
「これよ」
「……これ、って?」
 花鶏が恭しささえ持ちながら差し出したのは、見るからに年期の入った分厚い本。近年のコストダウン装丁とは一線を画す重厚な造りに、記号にしか見えないタイトルが書かれている。
 あれ、でもこの記号、どこかで見たような。
「『ラトゥイリの星』」
「え」
「智のお父さんのノートにあった、あの『ラトゥイリの星』よ」
「ええええええええっ!?」
 思わず素っ頓狂な声を上げる。
「本当ですか、花鶏センパイ!」
「なんという隠し子」
「まさか、現存していたなんて……!」
「え、本物? 本物なの?」
「ええ。正真正銘、本物よ。我が家に代々伝わる家宝。ズファロフ家最大の遺産」
『ラトゥイリの星』―― 父さんが必死で求めた、呪いについての書物。
 まさか、こんな近くにあったなんて……。
「ひょっとして、これが花鶏の『秘密』?」
「そうよ。たかが好奇心程度で触れていいものじゃないから、隠してたけど」
「そうだったんだ……」
 鼓動が嫌が上にも早くなる。直感が突破口だと告げる。
「古いもので難しい言い回しも多いし、フェイクで物語の形を取ってるから、そう簡単には行かないでしょうけど……解読できたら、呪いについても、解く方法についてもほぼわかると考えていいと思うわ。智のお父さんのノートにもそう書いてあったし」
「すごい……」
 震える手でパラパラとめくってみる。見事にロシア語で和訳の和の字もなく、現時点では何が書いてあるのかさっぱりだ。
「エロペラーには読めますか?」
「私はロシアに住んでたわけじゃないし、今までは読む気もなかったから、すぐには無理ね」
「……すぐには?」
「ええ。時間をかければできる」
 自信満々の花鶏。今すぐにでも取りかかりたい、そんなやる気に満ち溢れている。
「あら、でもあなた……呪いを解きたくないんじゃなかったの?」
 よぎる疑問を先に口にする伊代。
 伊代の言うとおり。花鶏は前々から呪いを解きたくないと言いきっていたし、『秘密』で押し切ってこの本の存在を知らせなかったのも、呪いを解かせないためだったはず。
 ここに出してきたということは、呪いを解く決意、あるいはそれに近い意志を固めたということだ。
 どうして急に?
「ええ、解くつもりも解かせるつもりもなかったわ。……あの日まではね」
 すっ、と。花鶏の顔に憎しみが満ちる。
「あの日……」
「私はあれとは違う。同じにされてたまるもんですか。あんな風にクズで下種の同類呼ばわりされて、黙っていられるわけがないでしょう」
「……」
 あれ、が誰を指すのかは言うまでもない。
「人の気も知らないで弄ぶだけ弄んだのよ。何倍、何十倍、何百倍にもして返してやらなきゃ気が済まない」
 明確な敵意で、ここにいない一人を睨みつける花鶏。
「OK、茜子さん理解しました。要するに腹いせですね」
「腹いせとか言うな! とにかく、あれに踊らされるのはもうまっぴらよ! 今度はこっちの番、呪いを解いてギャフンと言わせてやる!」
「……花鶏センパイ……」
「なんて不純な動機」
「不純じゃないわよ。私が呪いを解きたくないのは、この聖痕の神聖さを守るため。このまま黙ってたらあれの思う壺、聖痕が汚れるわ。ズファロフ家の血筋として、聖痕を汚す思想の持ち主を放ってはおけない。主導権は常にこちら側、全てのカードはこちら側、あれを土下座させるぐらいやりこめるのが使命よ。これは闘いなの、聖痕を汚そうとする外道との闘争よ」
 花鶏は本気だ。オーラでも出そうなほどの気合と憎しみをこめて語る。
「花鶏」
「私は本気よ。必ずやり遂げて、あれの鼻を明かしてやるのよ!」
 これほどまでに、花鶏の想いは強い。僕らにとっては制約でしかなくても、花鶏にとって、呪いにまつわる全てはアイデンティティだ。
 ……意図的か、無意識か。惠は花鶏のアイデンティティに傷をつけた。それが何よりの発火源。
 花鶏の怒りは、プライドと、彼女の先祖への思いが変貌したもの。そんな簡単には止まらない。
「……完全に裏目に出ましたね」
「裏目?」
「ええ。あの性別偽造装置がノートを焼いたのは、呪いを解かせないためでしょう」
「逆にやる気にさせちゃったのね」
 呪いを解きたくない――
 やっぱり、そうなんだろうか。
 惠は一度も「呪いを解きたい」とは言っていないし、それに類する発言もしていない。でも「解きたくない」とも言っていないし、少なくとも前回のノート事件までは協力的だった。
 現状からは、解きたくないと考えるのが妥当だけど……それにしては不可解な部分も多い。
 解きたくないなら、家に案内したり、書斎を教えたりしないだろう。
 独自に解こうとしているのなら、そう言えばいい。こんな形で孤立しなくても方法はあるはずだ。
 あるいは、今までは迷っていて、解かないと決めたのか。だとすれば、その迷いの理由は?
 日和見主義、なんてこともない。それなら僕たちと一緒にいる。
 ……わからないことが多すぎる。見えない部分が多すぎる。
 知ろうとしなかった僕が悪いのか、惠が僕の想像以上にいろいろ隠していたのか。
「いいじゃん。あんなのに同情の余地なんかない。むしろ私、花鶏がこうやって言ってくれて嬉しい」
「るい……」
 るいは、裏切りを許さない。その憎しみは一種、度を超えてさえいる。
 裏切りの典型例のような行動をとった惠は、もはや、るいにとって倒すべき敵以外の何者でもなくなってしまった。
 信じていたからこそ、惠を大事に思っていたからこそ、許せない、許さない。
「悪の大幹部をやりこめる正義の味方! いいじゃん、ワクワクする」
「いつの間に悪の大幹部に」
「まあ、ラストダンジョンみたいなでかい家に住んでますし、間違いではないかもしれませんね」
「でしょ」
 るいが笑みを浮かべている。これからが楽しくて楽しくて仕方ないという顔だ。
 封じたはずの手段で悪を倒す―― 確かに、心躍る構図。
 敵と味方の構図が出来上がった時、人は味方を守り、敵をやりこめることに異常なまでのカタルシスを感じる。
 るいと花鶏が求めるのは、そのカタルシス。悪と定めた者を倒すことを希求し、そのために邁進する。
 惠が本当に敵なら、それでもいいだろう。
 でも、惠が悪だと決まったわけじゃない。
 決まったわけじゃないと、思いたい。
 冷酷なことに、現状、彼女が悪ではないと証明するのは困難だ。それぞれが持つ情報を天秤にかければ、惠を敵をみなす方に皿が傾いてしまう。
 まして、同盟内でも声と勢いの激しい二人が打倒に燃えている状況。根拠のない意見は火に油だ。
「……」
「……」
 こよりと伊代は苦い顔。二人とも、まだ惠を疑いきれていないんだろう。
 僕は惠を信じている。でも、この流れを無理に止めることもできない。動機はともかく、呪いを解きたいのは事実だ。変に事態をこじらせるのも、呪いが解けなくなるのも困る。
 だから今は……ただ黙っているしかない。
 バラバラの想いを乗せ、流れは作られていく。団結には遠かれど、ひとつの目的へと向かっていく。
「というわけだから、これからは毎日、全員がここに来ること」
 問いかけではなく、強制。花鶏は六人をひとつの選択に向かわせる。
 花鶏以外にロシア語が読める子はいないし、あまり役には立てなさそうだけど……これ以上の疑心暗鬼を防ぐためにも、みんな一か所に集まっておくべきだろう。
「結構、時間はかかりそう?」
「やってみなければわからないけど……長くて数カ月でしょうね。決着は早めにつけたいわ」
「ちゃっちゃっちゃーと読んじゃってよ、花鶏」
「あまり急ぐと誤訳しかねないから、そこは慎重にしないとね」
「迅速かつ丁寧に。言うは易く行うは難し」
 握るのは、ひとつではない思惑が繋がる危うい綱。目的地をひとつにし、僕たちは再び呪いに向き合っていく。
 呪われた世界をやっつけると、僕は言った。
 ……そのとき戦うべき相手は、呪いという曖昧で形のない恐怖だった。
 じゃあ、今は?
 今、僕たちが戦おうとしているのは……何?


「行くんですね」
 帰り道。
 背後から投げつけられた確認に振り返る。
 立っているのは茜子ひとり。どうやらつけてきたらしい。
「……行くよ」
 肯定する。
 どこへ、とはあえて言わない。今歩いている道を考えれば、目的地は明確だろう。
「腹黒にしてはあっさり引き下がったんで、おかしいと思ってました」
 茜子はガギノドンを抱えつつ、ジト目に近く細めた目で僕を見る。
「止めようと思ったの?」
「私があの二人組の手下なら、そうでしょうね」
 茜子のテンションは平坦。怒っている風でも、嘆いている風でもない。一見無表情に見えるけど、茜子は意外と表情豊かだ。異論反論反感があるなら、ある程度は顔に出る。
「明日からは具体的な作業に入るだろうし、手を打つなら早い方がいいでしょ」
「これだから姑息野郎は」
 わざとらしい嘆息。ガギノドンの喉を鳴らし、軽く目を閉じる。止める気はないという意思表示だ。
「……行くなら、ヒントをひとつ」
「ヒント?」
「天ぷらにマヨネーズぶちこむ趣味はないので黙ってました、茜子さんヒントコーナー」
 ニヤリと口の端をあげる。
「天ぷらにマヨネーズ?」
「前にワイドショーでやってた都市伝説です。発火した天ぷら鍋にマヨネーズ入れると消火するとか」
「理論的におかしいよ!?」
「ええ。他にも野菜とか小麦粉とか、再現するスタッフへの嫌がらせにしか見えないことを色々と」
「いじめだ……」
「それを信じてる主婦がいるんですから、この国も末期です」
「ネタじゃないんだ」
「街頭インタビューの検証でした」
「やらせであることを祈る」
「……で、ヒントなんですが」
 珍しく、茜子から話題を戻した。下手に長居して他の子に見つかるのを避けたかったのかもしれない。
「うん」
 ぐっと息を飲む。
「あの天然男装、悪意がありません」
「……へ?」
 飲んだ息が抜ける。
「あの時、あれだけ堂々と喧嘩を売ったくせに、悪意を感じなかったんです」
「……どういうこと……?」
「わかりません」
 ガギノドンを下ろし、両手で両の腕を掴む。
「私の能力は、発言の真偽と悪意の有無を別々に読めます。発言の真偽は読めませんでしたが、悪意の有無は確信できました。惠さんは悪意を持たずにああいう発言をしたんです、これは間違いありません」
「それって」
「ものすごく不可解です。悪気なくあんなことが言えるなら相当な悪役ですが、そういう感じでもなさそうですし。おそらく、本音じゃないんでしょう」
「……うん」
 本音じゃない―― それは、僕も感づいていたことだ。
 売り言葉に買い言葉の状況に本音を持ち込めば、惠が呪いを踏む危険が高くなりすぎる。最初から受け答えを用意していたと考えた方が自然だろう。
 あの時の発言は、たまり場で二人きりで話したこととあまりにも差がありすぎる。
 真っ赤な嘘と真実の間を揺れ動く、惠の言葉。時と場合で含まれる真実の割合は変わる。
「それだけです。あとはあなたにお任せします」
「僕に任せていいの?」
「まあ、一番適任でしょう。彼女はあなたに特別の思い入れがあるようですし」
「……そう?」
「ええ。彼女、あなたにだけは喧嘩を売りませんでしたから」
 喧嘩……そういえば、そうだ。
 あの時、惠は僕を無視した。るいと花鶏を狙い撃ちし、こよりや伊代も攻め、茜子には事前に棘付いた態度を見せていたのに、僕にだけは何も言わず、目を合わせようともしなかった。
 そういう拒み方なのかと思っていたけど……確かに、茜子のような解釈もできるかもしれない。
「それに、こういう状況下で一人特攻隊になる命知らずなんて腹黒洗濯ブルマぐらいのものです」
 ニヤニヤ笑う。微妙に楽しんでいるようにも見える。
 ……意外だ。凶悪な秘密を最初に聞いてしまった茜子のこと、打倒派になっていても不思議はないと思っていたのに。
「言っておきますが、私は誰の味方でもありません」
 僕の楽観的観測を読んだか、茜子がぺしっと言い放つ。
「なまじ、人の心が読めますからね。白々しい芝居に興じる男装ピエロにつく気にも、電波受信レベルの盛り上がりをするバカ二人に与する気にもなれません。呪いが解けても解けなくてもどっちでもいいですし」
「中立、ってこと?」
「興味本位ではやし立てて事態を悪化させる役で」
「一番タチ悪いじゃん!」
「でなければ、ここであなたを止めてます」
「……そっか。それもそうだね」
 確かに、事態をうまく回そうと思うなら、僕の行動は余計なおせっかいだ。戦うならわざわざ敵陣に乗り込む意味はない。
 惠に会いに行こうとしている時点で、僕は流れに逆らっている。
「正直、彼女の真意が気になるんです。私の能力を上回る隠蔽体質なんて初めてですから」
 世の中広くて腹が立つ、ぶつぶつ言いながらまた溜息をつく茜子。
 確かに、能力をもってしても見抜けない心なんて、世界に数人いるかいないかだろう。
 惠が揺るぎない嘘をつけるのは、そうしなければ生きられないというイレギュラーの持ち主だからだ。そんなイレギュラーが何人もいるわけがないし、それぐらい強力な修業でもない限り、茜子の能力の上を行くことなんかできない。
 ……だからこそ、茜子は惠を見捨てない。
 読めないほどの強い心が、単なる悪意の塊なんてことはありえないから。
 僕の独断を見て見ぬふりの上、ヒントまでくれる―― 冷やかしと、善意と好奇心による手助け。
 味方ではないけれど、頼りになるひとつの視点。
 確信に、明かりが灯る。
「なんとか頑張ってみるよ。そんな簡単にはいかないだろうけど」
「中間管理職の悲哀に負けてハゲるのもいい経験です」
「さすがにハゲはイヤだ……」
「十円ハゲは若いうちから出るらしいです。こうご期待」
「期待しないでお願いだから」
「報告は忘れずに」
「はーい」
 軽口で話を終え、再び歩き出す。
 一歩一歩が重く、強く、足の裏に響く。
 ねじれた運命と、交錯する負の感情を乗せて、街灯を一本一本越えていく。
 僕は、呪いと戦うと言った。呪われた世界をやっつけると言った。
 戦うべきは、得体の知れないシステム。人間じゃない。
 断ち切るべきは、呪いの連鎖。絆じゃない。
 僕の敵は、僕らの敵は―― 惠、君じゃないんだ。