QLOOKアクセス解析

after Birthday ※視点は惠

     act1 / act2 / act3 / act4 / act5 / act6 / act7 / act8 / act9 / act10 / act11 / act12(完)

僕の考えた惠ルート ※視点は智

  / / / / / / / / / 10 / 11 / 12/ 13/ 14/ 1516 / 17 / 18 / 19 / 20 / 21 / 22 / 23 / 24 / 25 / 26 / 27 / 28 / 29 / 30/ 31 / 32 / 33 / 34 / 35 / 36 / 37 / 38 / 39 / 40 / 41 / 42 / 43 / 44 / 45/ 46 / 47 / 48 / 49 / 50 / 51 / 52 / 53 / 54(完)

chapter 18 


 思い立ったが吉日。行動と思考は同時並行。いつから僕はこんなに積極的になったんだろう?
 フリーだったはずの金曜日、たまり場に全員が集合していた。仕掛け人は僕だ。さすがに金曜ともなればみんなあらかた私事は片付いていたんだろう、日が沈むには早い時間から、七人が思い思いに屋上の風を浴びている。見上げれば、雲ひとつない青空だ。僅かに白い網がかかって見えるのは、季節柄だろう。
 今日の空を、惠はどんな色の名で表現するんだろう……聞く気もない質問がほわりと浮かんで、消える。
 嘆息と深呼吸の混ざった息が、鼻から口へ抜けていく。
「それで、相談したいこととはなんですか?」
 のびのびとした静けさに飽きたのか、茜子が僕の方を向いた。それを合図と取ったか、バラバラだった視線が集まり始める。
「まあ、腹黒ボク女のすることですから、ロクでもないだろうことは想像に難くありませんが」
「そ、そんなことないよ」
「でも、内心気兼ねしてます。茜子さんにはわかります」
「能力の乱用反対」
「っふ……邪気眼を持たぬ者にはわからんだろう……」
「ほへ〜、アカネの能力ってそういう名前なの? なんかカッコイイね」
「るい! 疑って! いろいろ疑って!」
「正直過ぎるのも困りものだね」
「……そもそも、邪気眼がカッコイイってそのセンスがどうかと思うわ」
「なんで? 必殺技名叫ぶのとかカッコいいじゃん」
「なんという中二病」
「書き取りは不可能、読み取りはジャパニーズイングリッシュが並ぶあれですね!」
「……まあ、るいの能力は技名つけると見栄えしそうではある」
「では全員の能力に茜子さんが名前を付けて差し上げましょう。使用時はフォントサイズ最大で叫ぶように」
「やめてお願い街を歩けなくなるから」
 脱線が始まるのはいつものこと、あえて止めない。行先も結論もない雑談は雰囲気を心地よくかき混ぜてくれる。準備運動じゃないけど、ある程度言葉を出してからの方が議論は進みやすい。僕が用意した議題が盛り下がるタイプなだけになおさら。
「……で? どうせ明日集まるのに、わざわざ今日呼び出したのはどうして?」
 ひとしきり騒いだ後。
 花鶏が横目で僕を見て、話題を戻す。不機嫌ではないけれど、解せないといった表情だ。合理性を重視する彼女にしてみれば、意味もなく拘束されるのは我慢ならないんだろう。
 見回してみると、他の面々もちょっと引っかかっているらしい。呼び出しという行為はそれだけで緊張を誘発するからなぁ。
「んーと、ね。ここらへんで一回、みんなの意見を聞いてみたいと思って」
 回りくどくしてもしょうがない。軽く息を吐き、努めて明るく議題を提示する。
「正直なところ……みんなは、呪いを解きたいと思う?」
「……」
「……」
「……またそういう答えにくいことを」
「やっぱり、呼び出しにはいいことないわね」
 案の定、一瞬にして場は気まずい空気に包まれた。
 答え如何に関わらず、呪いの話題だというそれだけで、僕らの中には回避したいという思いが生まれる。自分の命にかかわる恐怖だからこそ、向き合いたくない。できるなら、踏むその瞬間まで、知らないふりを、そんなものは持っていないというふりをしていたい―― おそらく、僕たちに共通の考えだ。
 でも、それでは何も変わらない。呪いによる不自由を甘んじて受けながら、呪いの存在を意識せずに生きる―― それは結局、呪いに踊らされていることと一緒だ。
 今までは、それしかなかった。得体の知れない呪いは、一人で立ち向かうには強大すぎたから。
 でも、僕らはもう一人じゃない。
「僕たちは結局、呪いに縛られて生きているわけでしょ? 呪いを避けるために人を遠ざけて、ひとりぼっちで……こうして出会うまで、みんな少なからず孤独だったと思う。それが当然だと受け入れて生きてたと思う。それはそれで選択肢の一つだよ。でも、思うんだ。ひょっとしたら、みんなが力を合わせれば、呪いを解く方法が見つかるかもしれないって」
「その根拠は?」
「ないよ。でも、一人だった時より可能性は高いんじゃないかな。人数が多ければ多いほど、集まる情報も増えるだろうし。例えば、呪いが遺伝なのか突然変異なのか、とか」
「……なるほど、ね」
 相槌を打ったのは伊代だ。
「私の場合、母方が呪いの家系だったの。現れるのは何代かに一度だから、厳密な意味の遺伝ではないでしょうけど」
「鳴滝めの家もです。何代かに一度ということも含めて。あと、私には呪いがありますが、お姉ちゃんにはありません」
「前にも話した通り、この証はわが一族の繁栄の証として受け継がれてきたものよ。でも、母にはなく、私には発現した」
「……ほら、これだけでも『呪いは突然変異じゃない』って予測が立つでしょ? こんな風にみんなの情報を集めていけば、呪いの解き方も見えてくるかもしれない」
「……つまり、力を合わせて呪いに立ち向かおうとか、古臭く暑苦しい青春ドラマの真似ごとをしようというわけですか」
「うん」
 茜子の皮肉めいた言い方を、あえて正面から肯定する。
「なぜ急に?」
「……んー……」
 ちら、と惠に視線を送る。惠は気付いていないのか逸らしているのか、視線を空に向けている。
「欲が出てきたって言うのかな。同盟を組んでからいろんなことができるようになって、いろいろ挑戦したくなったっていうか」
 実際、みんなに出会う前と出会った後では、百八十度に近いほど世界が変わった。呪いの制約はそのままだけど、できることが格段に増えたし、行けるところも増えた。
 何より、意欲が湧いてくるようになった。諦めが主成分でくすぶることすらなかった心の暖炉は、経験と仲間という薪をくべられ、えっさほいさとエネルギーを燃やしている。前向きに卑屈の前向き部分が強化された感じだ。
 だからこそ、呪いをそのままにしておけなくなった。呪いから目をそらせなくなった。
 さらに、僕の行動に火をつけたのが、数日前のデートだ。呪いを理解し合った僕と惠は、今まで避け続けてきた場所へ行き、感覚に触れ、殻につつまれていた心のひだを開いた。湧きだす感情は、一人では叶わなかった表情を作らせた。
 けれど、そこで得られたのは、あくまでも小さな自由。
 どれだけ心が動いても、喜んでも、それを口にできない、分け合えない。
 普通の恋人同士でありたくても、性のねじれを変えられない。世界は僕らを、正しい男女と見てくれない。
 難しいことを望んでいるわけではないのに、ありえないことを望んでいるわけではないのに、立ちはだかる呪いの壁。
 二人で呪いに立ち向かおうと決めて、一歩を踏み出して―― 二人での限界を思い知らされた。
 喜びを知ったからこそ、もっともっと先が見たい、もっともっと自由になりたい。
 かつての僕なら「何を身の程知らずな夢物語を」と笑っただろう。
 でも、今の僕は笑わない。そんな腐りかけたごまかしの笑いなんかで満足したくない。
「……ね、どうかな」
 とはいえ、現実はなかなかうまくいかないもので。
「最初に牽制しておくけれど」
 花鶏が険しい顔で髪を風に流す。
「私は、呪いを解くのは反対よ」
「どうして?」
「言ったでしょう。この痣は聖痕、選ばれたものの証よ。能力はもちろん、呪いも私が特別な人間であることの証明なの。それを「はいそうですか」と手放すわけがないでしょう」
 何をいまさらと、取りつく島もない。
 さらに、花鶏の発言を引き金に、それぞれが口々に不安を漏らす。
「私も……このままでいいです」
「そりゃ、呪いがないにこしたことはないけど、積極的に解きたいかって言われると」
「これだけ強烈な呪いだもの、リスクなく解くことができるのかわからないし」
「あうー……鳴滝めも、特に……」
「……」
「……うーん」
 案の定、みんなの反応は芳しくない。それはそうだろう。十何年と悩まされてきたものに改めて対峙するには、それ相応の精神力がいる。恐れが先行する以上、及び腰を変えるのは至難の業だ。
「じゃあ、質問を変える」
 だがしかし。そこを丸めこんでこそ、腹黒レディです。
「花鶏はともかくとして……みんなは呪いを解きたくないのかな? 解きたくないとしたら、それはどうして?」
 押してダメなら引いてみろ。表でダメなら裏返す。心理戦術の基本です。
 説得に身構えていただろう一同は、予想外の質問にそれぞれ困惑した表情を見せる。
「う、解きたくないかって言われると、それも違うかも」
「解きたい理由もないですが、解きたくない理由もないですね」
「解かない、って決めてしまうのもどうかしら」
「……なんていうか、その……あう」
 これまた案の定、各々の意見は、さっきとは全然ニュアンスの違うものになった。と同時に、落ち着かないという風に視線をさまよわせ始める。「自分がさっきと違う答えを出した」ことに、違和感を感じたんだろう。
 ……ここまでは予想通り。
 このメンバーにこの議題、ハードルがチョモランマのごとく高い。真正面から説得してもまずムリだし、喧々囂々と言い合ったって、無駄な時間と労力を使うだけ。下手すれば仲に亀裂が入るかもしれない。
 僕らの本能に染み付いた呪いへの恐怖は、向き合うことすら拒絶する。それを扱うというだけで、肺が鷲掴みにされるようなプレッシャーに押しつぶされる。
 場の空気を淀ませるのは、誰もが持つ意識の焦げ付き。黒煙のイメージが息を詰まらせる。
 まずは、そこから抜け出さなきゃ。
 もう一度、全員の顔を見回す。ひとりひとりとなんとか視線を絡めて、それから続きを話す。
「前にね、心理学の本で『現状維持バイアス』って考え方を読んだことがあるんだ。それによると、人間は予測しづらい状況への変化に対し、知らず知らずのうちに抵抗感を覚えるんだって。現状がどんなものかに関係なく、現状維持が一番だって思っちゃうんだって」
 聞きかじりの知識をフル動員して、外堀を埋め始める。客観的な意見として提示するのがポイント。
「そう言われると、思い当たる節ない? 呪われてて不便だけど、まあいいやみたいに考えてない?」 
『このままでいい』、それは肯定でも本心でもなく、呪いに屈し続けるための自己暗示。
「善悪や意志の強弱じゃなくて、学術的に『人間はそういうものです』って言われてる。僕らの心さえ、そういうシステムの下で動いてるんだ」
 あくまでも、自分たちは悪くないというスタンスで言葉を選ぶ。悪いと思ったその瞬間、思考は足を止めてしまうから。
「僕もあくまで聞きかじりだけど……そういうものだって知ることは、大事だと思う」
 聖痕という信念がある花鶏を除き、僕らの呪いへの視線は概して曖昧で、やじろべえのように揺れ動く。それは今の質問で確かめたとおりだ。質問に対する答えが内側からわいてくる本心なのか、色んな壁に阻まれ捻じ曲げられた妥協なのか、自分で正確に判断するのは困難だったりする。
 喜びにも、苦しみにも、人は慣れる。慣れは諦めと結びつき、僕らの行動を阻害する。怯えているのに、震えているのに、そこから抜け出すことを拒んでしまう。
 ……まるで、呪いの重ねがけをされてるみたいに。
「つまり、野生エロイラー以外はその現状心理バイアスに縛られている、と?」
「全部が全部そうだとは言わないよ。でもちょっとドキっとするでしょ? 今も質問変えたら答え変わったし」
「……相変わらず腹黒ね、あなた」
「智センパイの本気を見ました、悪い意味で」
「トモってばなんかずるいー」
「……なんか一瞬にして悪の化身にされた気分」
 そして、改めて言われるとむかっ腹が立っちゃうのもこれまた人間の心理。みんなの視線がイタイ。
 ……うう、矢面に立つってしんどいです。理論武装しすぎても鼻につくし、理論使わないと感情的なケンカにしかならないし、バランスって難しい。
「でも、一理はありますね」
「あら、あなた」
「全身の産毛抜いてやりたいぐらいに気に入らないですが、言ってることは完全に的外れってわけでもないでしょう」
 不満が先行しかけた中、茜子が一定の理解を示してくれた。……前半はオフレコでお願いしたかったけど。
 不機嫌さをにじませつつ、目を閉じて長い溜息をつく。
「呪われていて当然、世界は理不尽で当然。私はそう思っています、当然のように。それを解消する手段があると言われても、にわかには信じられません。信じない方が楽ですから」
 手袋をはめたままの茜子の手。呪いに軽重はないとはいえ、踏む危険度の高さは一、二を争う。だからこそ、彼女の意見は時として重みを持って聞こえる。
「要は、それがイヤだと言いたいんでしょう、この聞きかじり穴ぼこ辞典は」
「……うん」
「え、どういうこと?」
「つまり、最初から決めつけちゃうのは嫌だってことだよ」
 探しもしないで諦める……それが、今までの僕たちだ。可能性を封じこめ、わき道も道草もしないでただひたすらに、呪いから逃げる道だけを選び続けてきた。他の道があるなんてことを考えもせず、ただひたすら、愚直なほどに、呪いを憎みながら、呪いと共に生きてきた。それしかないと信じてきたから。
「呪われ続けて生きるのも一つの道。でも、そうじゃない道だってきっとある、探せばきっと見つかる」
『それしかない』という事実は、内容の残酷さに関わらず、安定をもたらす。僕らがいるのは「呪いと離れられない」という安定だ。一歩間違えば破滅、そんな危険な位置にいるのに、重ねてきた日々が作った『現状』が僕らの感覚を麻痺させる。
 呪いを解く―― それは、僕らが待ち望んだ自由。そして、今まで作り上げてきた現状の崩壊。
 僕らは恐れる。呪いを、そして、呪いを解くために立ちあがることを。
「最終的にどうするかは、また考えればいいことだと思うんだ。ただ、解けるかもしれないのに、可能性から目を逸らすのはどうなのかなってさ。僕は呪いを解きたいから、そんな風に感じるんだろうけど」
「やるかどうかは別にして、できるかどうかを確かめたいわけね、智は」
「そう。結論は後でいい。何も花鶏を説き伏せて無理やりってわけじゃないよ」
「……相変わらずだわ、あなた」
「現実問題はさておいて、とりあえずできるできると唱えるわけですね。そう、夏の終わりのマニフェ」
「ストーップ! それは禁句です茜子センパイ!」
「思ってても、言っていいことと悪いことがあるわ」
「伊代センパイも思ってるんですね」
「だってフェアじゃないもの。ものすごく」
「批判するだけなら誰でもできますからね。反省のサル以上に簡単です」
「そこまでは言わないけど……そもそも、議論する場で野次ばかり飛ぶのがおかしいのよ。批判にすらなってないわ」
「真面目ね」
「日曜日になるとテレビがついてるから、どうしても目に入るのよ」
「単なる怒り損。おっぱいボンバーらしい」
「やっぱり、見てみぬフリってよくないと思うの」
「頭がいいと大変だねー……私なんて現首相の名前も言えない」
「それはいばることじゃないと思います、るいセンパイ」
「頭の良し悪し以前の問題よね」
「なんだよー、そんなの知らなくたって生きていくには問題ないもん」
「そうね、あなたは脳味噌をスリム化しすぎてスッカスカだし」
「むがー」
「くきー」
「……脳はいいから身体をスリム化したいわ」
「伊代センパイ、切実です……」
 なにやら脱線し始めた。それぞれ好き勝手に言葉を飛ばしている。
 内心ほっとした。雑談ができるのは、心に余裕があるからだ。なんとか、必要以上に深刻にならずにすんだらしい。
 いつもどおりの和気藹々に戻りつつあるのを確かめ、次のステップに突入。空気化戦略実施中の一人に声をかける。
「……というわけなんだけど、惠はどう思う?」
「え?」
 話を振られるとは予想していなかったのか、惠が驚いたようにこっちを見る。
「今の話。結論はともかく、呪いを解く方法を探してみるのはどうかな」
「……」
 眉を寄せ、難しげに考え込む仕草。表現を選んでいるのか答えたくないのか、口を引き結ぶ。
 あまり見つめないように気をつけつつ、次の言葉を待つ。
 ……僕はきっちりチェックして、気づいていた。
 呪いを解きたいか、解きたくないか……どちらの質問にも、惠が答えていないということに。
 何故なのかは考えるまでもないし、下手に答えようとすると誤解を招くのもわかっている。それでも、だんまりを決め込んだまま終わらせるわけにもいかなかった。僕が誰よりも意見を聞きたいのは、惠なんだ。
 だから、語りやすい糸口を作り、イエスかノー以外からその意思を探れるようにしてみた。
 そんな僕の意図をすくい取ってくれたのか……間を置いて、惠がほのやかな笑みを浮かべる。
「選択は、選択肢がなければ存在しえない。現状はメリットやデメリットの比較以前の問題だろう。まず選択肢を得る、智の考え方は建設的だよ」
「相変わらずわかりにくいなよーメグム」
「感情を先行させても実りは得られない。智もそう思うだろう?」
「ん、まあ……最終的には感情で決めるにしても、判断材料は欲しいな」
「智は、智の信じた道を行けばいい。吉と出るか凶と出るかは、やってみなければわからないから」
 惠ははっきりとは肯定しない。でも、僕への信頼は確かに伝わってきた。
「当たるも八卦、当たらぬも八卦ですね! この間習いました!」
「そこまで博打じゃないでしょうけど……通じるものはあるかもしれないわね」
「ま、気楽に行こうよ。やばそうだと思ったらやめればいいし」
「人はそれをお調子者という」
「ぎっちぎちのがっちがちに構えるよりいいでしょ?」
「トモちんの言うとおーっり!」
 うんうんと頷くるい。何か冒険にでも出かけるような顔つきだ。今すぐ僕らの手を取って駆け出しそうな勢いで、くるくるとその場を回り出す。
「私は解呪には反対よ」
「それはそれでいいよ。ひょっとしたら、解きたい人だけ解く方法があるかもしれないし」
「それだと一番収まりがいいわね。都合が良すぎる感はあるけど」
「探してみたら、意外と簡単に見つかるかもしれませんよ!」
「だったらいいんだけどなー」
「今まで受け継がれているんだし、一筋縄ではいかないんでしょうけど……やってみる価値はあるかもしれないわね」
 今度は伊代が明確に賛成を示す。
「ネット上の情報でよければ、私が調べるわ。あまり期待はできないでしょうけど」
「お、イヨ子がやる気になった!」
「さっすが、委員長です!」
「空気を読むとは珍しい」
 眼鏡の奥の瞳を楽しそうに細める。そこには、さわやかさを含んだ意志がある。
「彼女の言うとおり、選択肢を探さないっていうのはフェアじゃないわ。私、いろんな情報を得た上で自分で判断したいもの」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
「呪いに対して前向きになるなんて、めったにないことでしょう? せっかくそういう雰囲気を作ってくれたのなら、協力しなきゃ」
 伊代の宣言。それは、僕が予想していたよりもずっと心強いものだった。
 一人、二人、後が続く。語られる言葉には、呪いを相手取ってなお楽しもうとする、僕が願った高揚感が宿る。
「……まあ、仕方ありませんね。おっぱいのやる気削ぐのは骨が折れそうですし」
「鳴滝めも、できることはお手伝いします!」
「私は解かないけど、あなたたちにずっとギャーギャー言われるのも癪だわ。それで納得するなら好きにしなさい」
「皆の、お気の召すままに」
「……よし!」
 ぐっと腕を握りしめて、おなかに力を入れる。
 朗々と、まとまりつつある僕らの想いを宣言にする。
「やろう! 僕らだけの理不尽に、呪いという化け物に啖呵を切る! 僕らは、呪われた世界をやっつけるんだ!」


「……君らしいよ、本当に」
 帰り道。買い物があるとみんなに適当な嘘をつき、惠と二人で夕焼けと影の中を歩く。一応僕らの関係は伏せているけど、行動からバレバレかもしれないなぁ……花鶏もなんか悔しがってたし。
「今回の話が失敗してもいいよう、今日を選んだんだろう?」
「……やっぱり、気づいてた?」
「ああ。じっくり腰を据えて話すなら、明日の方が時間も環境も整っているからね」
「なんだかんだで僕も不安だったんだ。花鶏があの痣を大事にしてることは知ってたし、やっぱり呪いの話って気分がいいものじゃないから」
 そう。
 惠の家でなく、たまり場で話したのにはちゃんと理由があった。
 ひとつは切り替えのため。場所が変われば気分も変わる。たとえ今日が物別れに終わっても、場所が変われば気分も一新され、引きずることはなくなる。
 もうひとつは、僕らの安らぎを守るため。惠の家で呪いの話題を持ち出して喧嘩になれば、せっかくのお泊りが台無しになってしまう。不思議なもので、十のプラスより一のマイナスの方が深く心に刻まれる。理想郷に近づいてきている惠の家に、マイナスの要素は持ち込みたくなかった。
 結果的には思ったよりもずっとずっとうまくいったから、杞憂になったけど。
「あんな風に持っていけたのは、君の人徳によるものだろうね」
「人徳って……そんな大層な人間じゃないよ」
 真っ向から褒められて、こそばゆい。夕陽に染められた顔色は鮮やかで、逆に頬の赤みを隠してくれる。
「僕はただ、皆が、惠が辛い思いをしてるのが我慢できないんだ」
「君自身も大変だろうに」
「自分だけだったら諦めちゃうもん。自分のわがままだけじゃ、こんなに積極的になれなかった」
「……神様は罪なお人だ」
「神様は人間じゃないと思う」
「それもそうか」
 惠のため……僕を動かした原動力は、確かにそこにある。大事な人が制約に苦しむのを目の当たりにして、ただ黙っているだけなんて、やっぱりできない。人と人が縁を結ぶって、そういうことだと思う。
 しみついた諦めは、大事な人を得たときに超えられるんだろう。
 言葉を転がしながら、曲がり角へ到着。ここで左右に分かれれば、僕はスーパーに寄りつつ帰ることができる。惠の家まではもうちょっとあるから、今の時間で玄関まで送ると日が暮れてしまう。
「明日もあるから、今日はここまでにしようか」
 気を使ってか、惠が僕に手を振る。彼女の言うとおり、明日もあるんだから今日はここでおいとましようか。
「じゃあ、また明日ね!」
「ああ。気を付けて帰るんだよ」
「惠もね!」
 わざと手を上げて、元気にあいさつ。後ろ髪を引かれないよう、ちょっと早足で歩きだす。
 振り返ると―― 惠は角に立ったまま、まだ小さく手を振っている。
 思わず、さっきより何倍もオーバーなアクションを返した。


 夜も更けて、お風呂上がり。のぼせかけた身体を冷ましつつ、深夜番組を流し見する。今日はラインナップがいまいちだ。どこを回しても興味を引かれるものがなく、結局テレビのスイッチを消した。
 でも、まだ身体が火照ってる。もうちょっと経ってからでないと寝付けそうにない。
 なんとはなしに携帯をいじる。ゲームを起動してちょこっといじり……のめりこめなくて閉じる。
 ソファに足を投げ出して、まっくらけな天井を見て、ぼうっとして……ううむ、なかなか時間がたたない。
「……メール送ってみようかな」
 ふと思い立ち、再び携帯を開ける。テンポよくキーを押して、一通のメールを作る。確認のために送信ボックスと受信ボックスをチェック。うん、まだ寝てない時間だ。
 送信ボタンを押す。
 今日のきっかけは、元をたどれば今週始めのお誘いメールだ。あれからデートになって、呪い対策会議へと繋がった。それをわざわざ本人に言う必要はないんだけど……予想外に上手くいってるから、お礼が言いたいというか……単に今日は会話が少なめだったからもっと話したかったってだけかもしれないけど。
「あ、来た」
 受信ランプが点灯。早くて嬉しい。
「……あれ……?」
 嬉しいんだけど―― 本文が空だ。
「操作ミスかな?」
 十分にありえる。もうちょっと待ってみよう。
 身体を冷ましているというのにホットミルクを作って、しっかりメール交換モードに入る。
 送った内容は本当にたわいもないことだ。明日よろしくね、とか、もっといろんな話がしたいね、とか、そんな程度。惠はメールなら本当のことを言えるから、いつもより素直な表現が使われていることが多い。そんな使い分けが面白くて、新鮮だったりもする。とにかく、惠とのメール交換は楽しい。
「……」
 ……待つこと、十分。
 返事が来ない。
「寝落ちした、かな?」
 十分にありえる。たとえばさっきのは半分寝ぼけた状態で操作ミスして、そのまま寝ちゃったとか。
 うん、そうだ。遅くもないけど早くもない時間、明日に備えて寝ていたっておかしくない。
「……もうちょっと、待とう」
 往生際悪く、そのまま待機する。さっきやりかけたゲームを再度立ち上げて、こしょこしょと遊んでみる。
「……」
 まだ来ない。
 まだ、来ない。
「……」
 不安がさしはさまれる。来ないことに不思議はないはずなんだけど、胸騒ぎが大きくなる。
 マグカップを両手に持って、ホットミルクの熱を手のひらに伝える。落ち着け、おかしなことなんか何もない。喉を流れる温かさがなぜか不安を誘発する。電気を消してるから気持ちも揺らいじゃうのかな? だったらいったん電気を点けて――
「あっ!」
 テーブルの上に置いたマグカップが転がった。陶器とテーブルがぶつかる耳障りな音。
 幸い中身はほとんどなくなっていたから被害はないけど……こんな安定感のあるカップがどうして?
「……!」
 心臓が跳ねる。
 マグカップが転がった理由を拾い上げ、その柔らかな肌触りを手に収め――
「み、見えなかったから、だよね」
 自己暗示。
 手の中にあるのは、デートの日に惠が取った犬のぬいぐるみだ。あの日返すのを忘れていて、明日持っていこうと思っていたんだ。忘れないようにとテーブルの上に置いてて―― うっかり、マグカップをその上に乗せた。
 単純なこと。おかしなことも、気になるようなことも何にもない。
 ……でも。
 白い毛並みに隠れた犬の瞳が、僕をじっと見つめている。
 直感が告げる。

 ―― 行け。

 突き動かされるように、操られるように。
 僕はパジャマを着替え、部屋を飛び出した。