QLOOKアクセス解析

after Birthday ※視点は惠

     act1 / act2 / act3 / act4 / act5 / act6 / act7 / act8 / act9 / act10 / act11 / act12(完)

僕の考えた惠ルート ※視点は智

  / / / / / / / / / 10 / 11 / 12/ 13/ 14/ 1516 / 17 / 18 / 19 / 20 / 21 / 22 / 23 / 24 / 25 / 26 / 27 / 28 / 29 / 30/ 31 / 32 / 33 / 34 / 35 / 36 / 37 / 38 / 39 / 40 / 41 / 42 / 43 / 44 / 45/ 46 / 47 / 48 / 49 / 50 / 51 / 52 / 53 / 54(完)

chapter 10 


 ベッドに腰掛けて、神経を集中する。時計の針は日付を超えたのに、目を閉じても眠気はこない。それだけ緊張しているんだろう。鼻で感じる、この建物独特の空気。なじみのないそれは、わずかな、しかし避けられない壁をつきつける。
 新しい地には、未知がある。未知が既知に変わるとき、人は心を許す。けれど、心を許すことと全てを知ることは別だ。未知には、その存在にすら気づかないものがある。それに気づいたとき、未知は僕らに距離を教える。
 おそらく、みんなはこの屋敷の未知に気づいていない。屋敷の人たちも、惠も、教えまいとしている。感づいているのは、ほころびを見せられているのは僕だけだ。
 なぜ、僕だけなのか?
 なぜ、暴かせようとしているのか?
 なぜ、僕が捜索し始めたとわかったのか?
 屋敷の全員が荷担しているのか? 惠の個人行動なのか?
 ……この謎掛けは、惠にメリットがあるのか?
 疑問はつきない。とにかく、僕に与えられた情報はごくわずかだ。そして、情報は明らかに僕を誘導している。いうなれば、レールが敷かれている状態。
 他人が敷いたレールほど恐ろしいものはないと思う。大抵、その向こうには落とし穴が待ち受けているから。自分で選んだ結果なら納得するけれど、ノセられて踊らされてたどりついた失敗は百害あって一利なしだ。せいぜい「今度はひっかからないようにしよう」という、反省という名の自己完結ができるぐらい。
 目の前に置かれる、惠の敷いたレール。ここを走ることは、僕にとってプラスか、マイナスか。
 正直、危険だと思う。僕の気持ちと惠の心は一致しないし、彼女の全てを知ってるわけでもない。以前、記者の人を追い返した時のように、彼女が突然豹変する可能性だってある。
 両手を重ね、祈るように握る。
 好奇心と恐怖、打算と直感。ごく近い未来への不安は、時間に比例するかのように膨張していく。
 プラスだと信じたい。他でもない、惠が導いている道だ。僕らの仲間で、自宅という最大のパーソナルスペースに僕らを招いてくれた子だ。目的があったとしても、何の思い入れもなしにここまでできるはずがない。
 確かに、彼女は自分を作っているし、嘘つきだ。でも、それは環境と呪いに強制されたものであって、愉快犯とは違う。それだけは自信を持って言える。二人で話す中で見えた、彼女の姿。日常という舞台を演じ、幕間に一息つく姿。
 ……そう。
 きっと、彼女は素直になることを許されない。自分であることを許されない。
 明確な根拠は皆無。状況証拠と公平性を欠いた、僕のひとりよがりな判断。悲しいかな、僕はあくまでふつうの能力の持ち主で、探偵のように彼女の一言一句を覚えていたり、些細な仕草から真実を導くなんて芸当はできないんだ。筋が通っているように見えても、探偵にひっくり返されて赤っ恥をかくレベルだろう。自分の予想に自信はない。
 ……自信もない、探偵でもない、依頼も義務もない。それでも僕は、必死さだけでここまで来た。
 他人に近づく方法を、他人の想いを探る方法を、探し続けた。
 「他人に近づく術を探る」……僕の人生で、最もあり得ないことのひとつだったのに。
 面白そうなことがあっても、誰かが楽しそうにしていても、近づくことができなかった僕。
 何かを共有することは、他人に向けて自分を開くことは、命の危険と隣り合わせ。
 だから僕は嘘をつく。嘘つきになって、自分を守る。
 みんなと過ごす日々は僕の世界を変えるほどに甘くて明るく、腹の底から笑顔がわいてくるほどに魅力的だ。心からそう思う。
 ところが、残酷なことに、現実は変わらない。花鶏にセクハラされるたび、るいに飛びつかれるたび、僕の心臓は縮みあがる。彼女たちの無邪気さに危機感を覚え、そんな自分を嫌悪する。
 そして、やっぱり嘘をつく。僕の呪いから身を守れるのは、僕だけだから。
 正直、姑息だの嘘つきだの腹黒だの言われるたびに、僕は少なからず安心している。「和久津智は嘘つきだ」という前提は、「なぜ嘘つきなのか」という問いから目を逸らさせる。
 だから、わかる。
 惠もまた、僕と同じことをしている。みんなを「なぜ」から遠ざけている。
 ……だから、わかる。
 言うことができない苦しさ。誰かにわかってほしいという、叶わぬ願い。
「考えていても、しょうがないかな」
 目を開けると、あたり一面が黒に近い藍色で塗りつぶされていた。何回か瞬きをし、暗がりに目を慣れさせる。
 首を右に左に傾けて、ぐるっと回し、脳のバランスを整える。音が出ないように気をつけつつ、両のほっぺたを軽く叩いて気合を入れる。
 耳を澄ませば、辺りは無音ならではの雑音に包まれていた。隣の部屋から取り立てて印象的な物音はしない。こっちの出方をうかがっているのか、本当に寝ているのか。多分、後者はありえない。
「……行こう」
 結論なんて最初から出ていた。ただ、行動するために準備運動が必要だっただけだ。
 昨日は無策で突っ込んだ。だから、今日は考えてから突撃する。結末が見えないのは一緒。でも、覚悟は違う。
 立ち上がる。
 窓の外に、月は見えない。
 
「LとRを駆使しましょう、石版探しのお約束」
 トリック解明への糸口は、思ったよりもあっさりと見つかった。
 昼間、真正面から見たときはとても立ち入れないと思っていた雑木林。ほったらかしの伸び放題で、この屋敷の人手不足を思わせる見た目。その「手入れされてなさ」こそ、人を遠ざける仕掛けだった、というわけだ。
 ひとたび裏側に回れば、未知への道しるべが顔を出す。夜でもはっきりとわかる通路。人が通るのに不自由しない程度には整えられた「道」が、そこにあった。
 ぐっと唾を飲み込んで、見えもしない先をにらんでから、一歩一歩踏み出す。足元は綺麗に掃除されているらしく、擦るように歩いているのに障害物がない。落ち葉や枯れ枝といった、この場所ならあってしかるべきものすら影も形も見当たらなかった。
 つまり、この道は今も現役で、かつ、それを部外者に知られてはいけないということだ。
 古い屋敷だから、研究室とか秘密の蔵の類だろうか? いや、それならこんな風に常に整えられている必要はない。ここは明らかに、毎日に近い頻度で使用されている。だとしたら何?
 ……毎日使わなければならないとしたら……そこにあるのは、もしくは、いるのは……
「!」
 考えているうちに視線が下がっていたらしい。こつんと頭が何かにあたり、慌てて顔を上げる。
 眼前にあるのは、倉庫でも研究室でもなく、旅行雑誌やテレビで自慢げに宣伝されている類の建物。
 大きくはないけれど、小さいとも言い難い。少なくとも、僕の部屋よりは明らかに広そうだ。
 コンクリのコの字もない、れっきとした木造建築。
 僕のボキャブラリーからあてはめる単語があるなら……『離れ』。老舗旅館で真っ先に予約が入るという、周辺から隔離された個室だ。細々と洩れる明かりは、ここに今も誰かがいることを示している。
 旅館との違いは……周りの風景とこの離れがまったく釣り合っていない、ということ。
「……なに、ここ……?」
 思わず呟く。
 明らかに、人目につかないようにと細工され、隔離された部屋。人間以外が暮らすにはあまりにも豪奢で、人間が暮らすにはあまりに不便で不憫な場所。洋風建築の屋敷とは対照的な、時代がかった和風の造りと、ほのかな光が照らす鮮やかな御簾の飾り。
『緑の奥。屋敷の秘密が暴かれる』
「これ、が」
 これが、惠の、この屋敷の秘密。僕に暴かせたかった、知らせたかったもの。
 いや、まだだ。場所なんて些細なこと。問題は、ここにいるのが誰なのか、だ。
 多分、いやおそらく確実に、僕が会ったことのない人物だろう。初めて来た時、惠は「この屋敷に住んでいるのは三人だけだ」と言った。三人とは、惠と佐知子さんと浜江さん。つまり、この離れに住まう人物はカウントされていない。どういう意図があってのことなのかは、今の僕には察することができないけれど。
 ……少し、足が震えている。取って食われるわけじゃない、なまはげとかメデューサとかケンタウロスとかは出てこないと思うけど、それでもこの先には、僕を芯から震えあがらせる何かがある気がしてならない。人類共通ではなく、僕だけがピンポイントで恐怖する相手。
 惠は僕にだけここのヒントを伝えた。おそらく、この人選はランダムではなく、意味のある選択だ。
 なぜ、僕なのか。
 それは、ここにいるのが僕にかかわるものだから。
「……」
 考えてもしょうがない。わからないものを前に思考を巡らせたところで、意味のない悪循環に陥るだけだ。
 部屋を出る時にしたように、唾を飲み込み、両手で頬を叩く。
 覚悟を決めよう。
 ……この先に待ち受けるのが、僕と惠の間に決定的な亀裂をもたらすものだとしても。

 畳の間に踏み入る。思いのほか、中は明るい。
 お香が焚かれているんだろうか? 畳とは異なる、甘く妖しい香りが鼻をつく。
 ここへの道同様、しっかりと手入れされた畳の奥には御簾がかけられ、奥にいる人物の姿を見えなくしている。編まれた竹を囲む紫色の布地には、どこかで見たことのある家紋が織り込まれている。
 お香のせいだろうか、少し息が詰まる。それなりに気密性があるのか、こもった感じの空気に取り囲まれる。さっきまで暗い中にいたせいか、目が慣れるまでに少し時間がかかった。ゆっくりと、摺り足で前へ進む。
「だぁれ?」
「あ……!」
 突然呼びかけられ、うっかり声を出してしまう。慌てて口を塞いでも後の祭りだ。
 御簾の向こうの影が動く。
「誰か、いるのね? 浜江や佐知子ではないわね。だぁれ?」
「……っ、あの……!」
 言葉に詰まる。正確には、聞こえる声の衝撃が大きすぎて思考がついていかない。
 間違いない。これは、夢のあの人の声だ。見た目が僕にそっくりなのに、違う声を持っていた人。僕に秘密の存在を示唆し、不吉な未来を告げた人――
「……ああ」
 声の主は、僕が何も言う前から、まるで待ちかねていたかのような甘い嘆息を漏らす。
 重い重い隔たりのようだった御簾の下から、異常に白い指が覗く。それはそのまま上へと動き、その先の人物をあらわにする。
「……智、やっと、来てくれた」
「――――――」
 目の前の光景が信じられない。夢ではないとわかっているのに、現実感が一気に吹き飛ぶ。
 僕とは別人だ。僕は、この人じゃない。だけど、僕。僕の姿。
 そこにいたのは……夢で見た、あの、僕ではない僕、だった。