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after Birthday ※視点は惠

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僕の考えた惠ルート ※視点は智

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chapter 2 

 事実は小説より奇なり。
 あのやわらかふにふにの感触は大分薄れたものの、昨日のことがまだ頭に引っかかっている。いったい何でできているんだあれは……ってそうじゃない! そっちじゃない!
 脳内深呼吸。
 過ぎてみて思うのは申し訳ないのが半分、実感がないのが半分だ。人のことは言えない身分だけど、まさか現実社会にほんまもんの男装女子が存在するとは思わなかった。いや「そんな人と出会う機会があるとは思わなかった」の方が正しいか。バラエティ番組ではニューハーフのみなさんが幅を利かせ、なんとか塚歌劇団の公演が年中満員御礼という現代日本ではありますが、一般人にとってそういう存在は基本的にフィクションです。
 フィクションだからこそ楽しめる。リアルは地獄だ。僕なんて、ばれたら人生一発退場だし。惠の場合は命に関わるってわけでもなさそうだったけど、服の仕立てが男性用だったあたり、単なる趣味じゃなく、なんらかの理由があるんだろう。
 だとしたら何故、と考えたところで、なにがあるわけでもないけれど。
「智ちんどうしたのー? なんか考えごと?」
「あ、ううん」
 ぼーっと巡る思考の流れをるいが遮る。
「珍しく、ぼーっとしてたわね」
「陰険貧乳高速プログラムが停止するとは。茜子さん直々の脳内改造が必要ですね」
「それもっとシャレにならないと思う」
「ま、いいお天気ですから! 晴天は元気の源!」
「ですねー! それにここは見晴らしもいいし! わけもなくワクワクしちゃいますよぅ!」
「そしてついスピードを出しすぎてアイキャンフライ」
「殺すな殺すな」
「はわ〜、なんで知ってるんですか!」
「やったの!?」
「私が抱き止めてあげなかったら本当に危なかったわよ」
「なんで!?」
「いや、それは……」
「サスペンス劇場後半45分、現場は断崖絶壁な感じで」
「……逃げてたわけね」
「あんなかわいいうさぎちゃん、追わない方が失礼でしょう」
「サバンナも真っ青の狩猟本能……」
「いっぺん、こよりんと本気でかけっこ勝負してみたいなー」
「バイク投げ禁止の方向で」
 たわいもない話が空気へ溶けていく。確かにいい天気だ。高架下はジメジメしているからイヤだという花鶏の意見を受け、ほんの二時間程度で見つけた優良物件。昨今の不況のあおりをモロに食らったのか、八割は空室だ。自然、セキュリティも甘くなる。すでに誰かがテリトリーにしていたらと一瞬考えたけれど、それは杞憂に終わった。
 というわけで、僕らのたまり場一丁上がり。
「ビルの屋上っていいよねー、開放感があって」
「ふっふっふ、人がゴミのようだわ」
「飛び降りて掃除しますか」
「それは無理よ。小さく見えるのは遠近感によるもので、実際に相手が小さくなったわけじゃ」
「うはっ、なんというつまらない返し」
「空気読め」
「せめて目が! 目がぁ! ぐらいはやってほしかったです」
「え、何? 何が?」
「非国民だ」
「あるいは幼い頃の記憶をなくしているか」
「冗談言わないでよ! 私、記憶力には一応の自信があるのよ」
「……だめだこいつ、早くなんとかしないと」
「知らないって、悲しいね」
 元ネタがわからないらしい伊代はみんなの哀れむ視線に後ずさり、やがてがっくりとうなだれた。気の毒だけど、青いロボットや海の一家の次ぐらいに有名なあの作品を知らないとなると流石にどうしていいやら。……僕も例のセリフ以外、あまり細かいこと覚えてないけど。
「で? 智は何を考えごとしてたわけ?」
 いきなり話を戻された。
「んー……いや、昨日の」
「才野原?」
「そう」
「まあ確かに、あれはなかなかのインパクトがあったわね」
 花鶏も気になっているのか、腕を組む。
「才野原って、この間の」
「代理の変態生物ですか」
「はわっ! センパイたち、あの人に会ったんですか?」
「会ったには、会ったんだけど」
 なんと言っていいものか。居合わせた証人に視線を送る。
「Bだった」
 そっちの事実から攻めるか!
「Bって」
「形も悪くなかったわね」
「あああ花鶏その情報は個人のプライバシー的にマズいんじゃ」
 せめて女の子だったってところから! せめて! それもまずいかもしれないけど!
「脱がせたら意外とそそるかもしれないわ、あの子」
「だー!!」
 目が! 花鶏の目が! 降臨してる!
 どうやら花鶏は僕とは違った意味、要は捕獲対象的な意味で惠が気になっていたらしい。危険だ、危険すぎる。
「あ、花鶏センパイが男の子に興味を!?」
「ついにまともな趣味に目覚めたか……」
 みんなはみんなで斜め上の反応。いや、一応は正当? 知らなければ、うん。しかしそれは誤解です。花鶏はやっぱり花鶏です。
「えー、でもあの子ひょろいし、私の趣味じゃないなー」
「あんたの趣味は聞いてない。あと私は男に興味ない」
「え、でもあの人」
「女の子だったんだよ、惠」
『んなっ!?』
 さすがにビビったらしく、四人の声が唱和する。そりゃそうだ。花鶏でさえ触れるまでわからなかったんだから、他のメンバーにわかるはずもない。
「本当ですか!?」
「本当よ。私が触って確かめたんだから間違いないわ」
「うわ、かわいそー」
「知られた相手がこの万年発情補食者とは、なんという悪夢」
「なるほど、あなたがまともな趣味を持ったわけじゃなかったのね」
「何よ、私はいつだってまともでしょ」
「いやその発想はおかしい」
「それで、センパイは気になってるわけですかー」
「うん、現実にもああいう子がいるんだなぁって」
「まあ、天然記念物だとは思うけど……」
「かなりレアよ。私の学校でもあそこまで徹底してるのはそういないもの」
「レア度が高ければ高いほど狙われる」
「哀れな」
 花鶏が髪をなびかせる。
「まずね、無理をしすぎてないところがいいわ。いくら装うからって胸をつぶしちゃったりすると台無しでしょ? その点、あの子は締め付けすぎず膨らませすぎずのバランス良い下着をつけて、上着でラインを隠してる。隠ぺいはしていても軽んじてはいないのよ。そこに宿る色気っていうのは……」
 花鶏のこだわり教室スタート。目を閉じ朗々と歌いあげるように語る姿は青空とのコントラストも良く、かなり絵になっている。内容は放送できませんが。
 というか、あの一回限りのタッチでなぜそこまでわかる。
 マイワールドへお引っ越しした花鶏から全員が距離を置きつつ、顔を見合わせる。考えたことはたぶん全員共通。
「ああ、しまった……」
「所要時間を時給換算しましょう」
「誰が払ってくれるの」
「たぶん、エロペラーが身体で」
「絶対イヤだ」
「……ごめん、惠」
 この場にいない彼女にこっそり謝罪。今頃くしゃみとかしてたらどうしよう。いや、くしゃみで済めばもうけもの……か?
「なんか、また会ったときには謝らなきゃいけない気がする」
「また会う約束でもしたんですか?」
「してないよ」
「なら、別に気にすることでもないんじゃないかしら」
「うん」
 言われてみれば、その通り。結局あの後約束も何もなく別れたし、偶然なんて二度も三度も起こるものじゃない。同じ街にいても、探しても、大した接点のない相手なんてそうそう見つかるものでもない。
 でも、不思議なことに。彼女には再び出会う、そんな確信があった。
 何かが、僕らを引き寄せるようなーー

 花鶏の独演会はその後十分間ほど続いた。中断したのは、先ほどとは打って変わったお天気のせいだ。
「ちょっと、聞いてないわよ! 何で急に夕立なのよ!」
「エロペラーに対する天の裁きです」
「同意したい、個人的に」
「あなたたち、声が大きいわよ! 誰も近づかないだろうけど、廊下は声が響くんだから」
「ならまずお前が空気読め、ダメ委員長」
「ぐっ」
「天気予報では、夕立なんて言ってなかったのにー」
「にしても、やっぱり6人じゃちょっと狭いね」
「しょうがないよ、他の部屋は開いてなかったんだから」
 階下の物音に意識を配りつつ、声を潜める。
 突然の夕立から逃れるために一端待避したのは、屋上へ続く階段の踊り場だった。他の部屋は開いていなかったので、とりあえずの緊急避難場所。よくよく調べれば一つくらい開いてるかもと思うけど、階段を降りる足音を立てるリスクと比較するとあまり効率的とは言えない。夕立があがるまでの辛抱だし。
 雨音が耳を抜けていく。古いビルだからか、構造上の欠陥でもあるのか、結構音が響く。声を潜めると雨音に遮られるから、なんとも話しずらい。同じことをみんなも感じているのだろう、それぞれが自分の物思いにふけっている。
「……雨、止まないね」
「早く止んでほしいんだけどなぁ」
「我々の現在地、袋小路。管理者に見つかれば全員身ぐるみ剥がれた上、人身売買の刑」
「そんなヤバいビルなのここ」
「茜子の言うことを真に受けないように」
「そもそも、見つかるリスクは屋上もここも大して変わりないでしょう」
「でも、音が聞こえるのは怖いです」
「屋上なら交わして逃げる手もあるけど、ここじゃあね」
「ていうか、いつから僕たちは犯罪者になりましたか」
「不法侵入、身の程を知れ」
「……資産の有効活用をしているだけです、たぶん」
 そう。僕らのテンションがだだ下がりなのはこの環境のせいもある。
 使われていない上の階へ続くエレベーターは封鎖されていて、常に階段で移動しなければならない。加えてかなり音が響く。古い建物特有のきしみは結構な頻度だし、ときおり足音とおぼしき規則的な音もするのだ。ロクに使われていないとはいえ、不法侵入は不法侵入。屋上にいたときは大して意識しなかったその事実が重く感じられる。見つかった場合は口八丁手八丁でどうにかしようと思ってはいるけれど、そういう事態には出会いたくない。
「このまま何事もなく雨が上がってくれますようにっ」
 こよりが心細そうに手を合わせる。釣られて僕も。さらに釣られて全員がどこぞの神様へ祈りを捧げーー
「変わった集会だね」
 変なもんを召喚した。
「qあwsrfyjこlp;@:!?」
 言語化しない悲鳴を上げかけ、あわてて口をふさぐ。
「あわわわわわわごめんなさいごめんなさいただのでき心だったんです青春時代のほろ苦い思い出を作る舞台を探し歩いてただけなんです悪事は企んでないです盗んだバイクで走りだすぅぅ」
「ギザギザハード」
「濁点多い」
「犯罪の上塗りをしてどうする」
「あはは、にぎやかだね」
 声の主は上機嫌だ。この軽い調子、どこかで聞いたことがあるような?
「……って」
「あんた……」
「奇遇だね」
 二度目の邂逅。トータルすると四回目か。
「……才野原」
「覚えていてくれたんだ」
「いや、覚えていたというか」
 ネタにしてました。
 階下に立っていたのは、さっき花鶏の餌食になった男装さんこと、惠。昨日と変わらないグレーの詰め襟を着込み、にこやかに僕らを見上げている。
「……さっきの話が召喚呪文にでもなってたのかしら」
「呼ばれる方はとんだイヤ展だ」
「ていうか、なんでここにいるのよあんた」
「神様のお導きだよ、きっと」
 花鶏の問いにしれっと答える。
「なんて趣味の悪い神様」
「エロシャーマンおそるべし」
 まったくだ。ていうか、奇遇や偶然で片づけられるものでもない。偶然はなかなか起こらないから偶然なんであって、昨日の今日で連続なんて普通はありえない。
 だとすれば、なぜここに?
「惠、なんでここに僕らがいるってわかったの」
「奇跡だよ。それで足りないなら、雨宿りできる場所を探していたら探索しがいのありそうなビルを見つけた、でどうかな」
「どうかなって」
「僕はしがないトレジャーハンターなんだ」
「おとぎの国の住人か」
「まあ、設定的にはファンタジー方面よね」
「男装の麗人さんですし」
 こよりの言葉に、惠の目が一瞬細められる。
「どうしてそれを?」
「あ、ごめん……知られちゃいけないことだった?」
 慌てて口を挟む。
 そうだ、その可能性を失念していた。昨日口止めされなかったから大して気にしていなかったけど、これだけクオリティの高い男装をしている以上、バレることに問題があっても不思議じゃない。現に今も男物の制服だ。おそらく、あれが彼女の普段の姿なんだろう。
 ……まずいかも。言い訳しようにも、この流れでうまくつなぐ方法を見つけ出すのは容易じゃない。今のやりとりでここの全員にバラしたことは気付かれてるだろうし。
 とりあえずは、様子見だ。ぐっと次の行動を待つ。
 思案顔を一分程度見せて、惠が小さくため息をついた。
「過ぎたことを言っても仕方ないね。これからはあまりおおっぴらにしないでもらえると助かるよ」
 思ったよりあっさり折れてくれる。ほっと胸をなでおろしつつ、再度謝る。
「ごめんね、惠」
「あう、ごめんなさいです……」
「君が謝ることじゃないだろう」
 しょげたこよりに慰めの言葉をかけながら階段を上ってくる惠。アルカイックスマイルをたたえたまま、僕らとの距離をどんどん詰めてくる。自然すぎる動きに、注意を払うのが少し遅れた。
 その隙を突くかのように、彼女は人好きのしそうな笑みを見せる。
「代わりと言ってはなんだけど……混ぜてもらえるかな?」
「え」
「……まずったわね」
 はたと気づいたときには時すでに遅し。惠は踊り場の一段下まで来ている。
 しまった……。
 ネタにしておいて何だけど、惠に入られるのはまずい。
 僕ら6人は皆、呪いという共通項を持っている。逆を言えば、僕らの中に呪いを持たない人間を混ぜるわけにはいかない。惠にはパルクールレースで助けてもらった恩があるとはいえ、あくまでも部外者だ。発足からさして日も経たないうちにイレギュラーを混ぜるのは同盟崩壊を招く。惠に悪意があるなしは関係なく、蟻の穴から堤も崩れるのだ。
 みんな僕と同意見なんだろう。表情の硬さに拒絶の色をありありと滲ませ、惠を見る。
 流石に、その空気が読めないわけではないらしい。
「……おいとました方がよさそうかな」
「ええ。悪いけど、お引き取り願えるかしら」
「さっきさんざん弄んだくせにひどいなエロ大帝」
 即答に即ツッコミ。しかし花鶏はるいには食ってかからず、惠に拒否の視線を送る。
「それはそれ、これはこれ」
「エロ太閤に賛同するのは癪ですが、今回は同意です」
「そうね、残念だけど」
 花鶏の変わり身の早さにちょっと罪悪感を覚えるものの、今回ばかりは譲れない。みんなそれぞれ後ろめたさはあるものの、それが結論を動かすほどではないのは明らかだった。
「ごめんね、惠」
「ああ」
 みんなの意見を確認し、惠が肩をすくめる。
 と、すぐに僕に視線を合わせてきた。
「じゃあ智、君だけならどうだい?」
 こっちはこっちで変わり身早っ!
「またアプローチスタート!?」
「なんというオオバコ精神。踏まれても踏まれても立ち上がる雑草根性」
「懲りてない、懲りてないわこの男装……!」
「あああ花鶏センパイ落ち着いてっ」
「取って食おうってわけじゃない。彼女に見せたいものがあるんだ。五分でいいから時間をもらえないか」
「……」
 一同、沈黙。
 にべもなく断るのは簡単だ。ただ、本人の許可を取らずに彼女の秘密をバラしたり、花鶏の妄想の餌食にしてしまったのも事実。伊代流に言うなら、完全に拒絶するのはフェアじゃない。今の要求は「なかまにしてください」ではなく「ちょっとおねがいしたい」だし。
「五分、だけなら」
 もともと大して用事があるわけでもなかったし、五分ぐらいなら折れてもいいだろう。もし万が一のことがあっても、相手が女の子ならなんとかなるはず。多分。
「いいよね? みんな」
 ぐるりと視線を回す。わずかなためらいの後、それぞれが納得したようだ。
「何かされそうになったら股間蹴りあげて逃げるのよ」
「いや、そっちついてないから」
「どんな目にあったかは茜子さんが根堀り葉堀り骨の髄までしゃぶり尽くしてあげましょう」
「なんか不穏なんですけど!?」
「トモちん、ピンチのときは呼ぶんだよ! るい姉さんが駆けつけるから!」
「ていうかまるで人質みたいな扱いされてない!?」
「うう〜、鳴滝めはセンパイのこと忘れないですよ〜」
「今生の別れみたいなことを言わない!」
「あー、まあ、がんばって」
「……心配されないのも逆に悲しい」
 五人五色。納得って言うより、なんか楽しんでないか?
「じゃあ、行こうか」
 なりゆきを見守っていた惠が手を差し伸べてくる。そのしぐさはさながらどこぞの王子様のようだ。
 ……某劇団に所属していると言われても、今なら納得できそうな気がする。

 聞かれたら困るからと、惠はみんなのいる階から二階ほど下の階に僕をつれてきた。もちろん誰もいない、全てが空室の階だ。
 無人の建物というのは、それだけで否応なく人間の恐怖心をあおってくる。夜の学校が怖いのは昼間飽きるほどいた人間が全員消え失せてしまうからだ。さっき調べた階なのに、改めてその人気のなさを確認すると背筋に冷たいものが走る。まだ日が暮れる前だから明るいのがせめてもの救い。それでも閉ざされ紙が張られた窓から入る光は十分とは言い難かった。
「この辺でいいかな」
 惠が立ち止まる。
「お呼び立てして悪かったね」
「いや、お互い様だから、色々と」
 ええ、色々と。うちの花鶏がなんかもう本当すみません。
 少し光量不足の廊下に立つ惠は、どこか妖しい魅力を放っている。グレーというよりネズミ色に近い詰め襟が背景に滲み、白い肌が浮いている。かといって幽霊っぽいわけではない。きちんと存在している、でもどこか儚さを感じさせる、淡い姿。
「君に、見せたいものがあるんだ」
 そう言って、惠は自分の服に手をかけた。グレーの服から白い肌が覗い――
「ってちょっと待ったーああああ!? 脱ぐの!? ここでぬぐむっ」
「静かに」
 慌てて口を結ぶ。何やってんだ僕。気づかれたら一巻の終わりじゃないか。いや、でも人間予想外のことに出会うとどうしても声が出てしまうものです。
「見てほしいのはわき腹だから」
 惠は服の裾を出し、わき腹を見せる。
「ーーー」
 今度は声が出なかった。
 前言撤回。人間、予想外過ぎることに出会うと声が出ません。
 服をまくりあげたそこにある、見慣れた痣。ついこの間まで、自分にしかないものだと思いこんでいた証。
 僕らが共有する、呪いの証拠。
 惠は視線を落としたまま、つぶやくように言葉を続ける。
「同じものが、君にもあるだろう」
「……どうして、それを」
「パルクールレースの時」
「あ……」
 あのとき。パルクールレースアンカー、央輝と争ったとき。
 そうだ、あのとき確か肩の部分が破けたんだ。
 ……その存在を知っている人間なら、気づかないはずがない、か。
「惠」
「まさか、僕以外にもいるとは思わなかった。それで気になってね。なんとか、もう一度君に会いたかったんだ」
「……そっか」
 いそいそと服を戻す。ぼうっとその様子を眺める。
 同じ印を持つ者同士は引かれ合う。いずるさんはそう言った。よくあるセオリー、物語的にはご都合主義ともいう展開だ。でも、事実……最初に出会った六人以外にも、痣の持ち主が見つかった。惠は、たまたま痣を見た僕を再び探し出した。
 二度も三度も偶然はない。でも、意志をもって起こした行動は結果を呼ぶ。引かれ合うのか、小さな糸を手繰り寄せるのか。
「約束は五分だったね。もう経ったかな」
 言うなり踵を返す惠。そのへんは律儀らしい。……って。
「待って」
 慌てて呼び止める。惠は一瞬驚いて立ち止まるものの、すぐに困った顔をする。
「あまり長居すると、君の仲間に怒られる」
「いや、いいんだ。みんな気にしないから」
「さっきはあからさまに避けられたよ」
 帰ろうとする。待って待って。数分前と今では事態が逆転満塁ホームランだ。
「いや、惠。君は僕らの仲間になれる、むしろ仲間だ」
「……?」
 手首を掴んで、顔を見合わせる。思った以上に細い手首。独りでは心もとない、呪われた一人。
「実は――」
 もちろん、痣があるからってみんながOKする保証はない。
 でも、彼女を手放してはいけない、そんな気がした。
 彼女が僕を探してくれたのなら――それは、とても意味のあることだと思うから。