QLOOKアクセス解析

after Birthday ※視点は惠

     act1 / act2 / act3 / act4 / act5 / act6 / act7 / act8 / act9 / act10 / act11 / act12(完)

僕の考えた惠ルート ※視点は智

  / / / / / / / / / 10 / 11 / 12/ 13/ 14/ 1516 / 17 / 18 / 19 / 20 / 21 / 22 / 23 / 24 / 25 / 26 / 27 / 28 / 29 / 30/ 31 / 32 / 33 / 34 / 35 / 36 / 37 / 38 / 39 / 40 / 41 / 42 / 43 / 44 / 45/ 46 / 47 / 48 / 49 / 50 / 51 / 52 / 53 / 54(完)

chapter 25 


 約束の日。
 子泣きジジイを背負うレベルのローテンションで屋上に立つ。
 努力が報われない現実のシビアさが胃に痛い。『成果ゼロ』という結末は、全ての理由や予測を言い訳に変えてしまう。冷静な判断ですら「言い訳だよね」の一言の前には塵も同じ。
 ……しかし、あまり好ましい状況ではないのは皆同じようで。
 見晴らし満点のたまり場に、七つの複雑な表情が並ぶ。
「……最初に謝ってもいいですか」
 思わず、最初に手を挙げて懺悔モード突入。謝るのは早い方がいい。悪いのは僕じゃない……面も多々あるけど、世の中先に謝罪したもの勝ちなのです。失うのは僅かなプライドのみ。それを守るためにズルズル引き延ばすとどうなるか、悪い大人がしょっちゅう証明してくれてます。あと、ヤなことは先に済ませるに限る。ヤなことの程度にもよるけど。
「正直、収穫ナシです」
「……こすっからさがウリの洗濯板にしては珍しく素直ですね」
「懐にまで言及しないで茜子」
「褒めてるんですよ、これでも。どうせみんな似たようなものでしょうし」
「……やっぱりそうなの?」
「ええ。そうですよね?」
 ぐるりと全員の顔を見回す茜子。なるほど、能力か。
「残念だけど……その子の言うとおり。ネットには情報があふれているけれど、信憑性の面では心もとないことが多くて。一応目星はつけたけど」
 ため息をつき、伊代がやたらと重そうなトートバッグを指差す。彼女が持ってきたらしい。
「……うっわ、すごい量」
「これ、全部呪い関係なんですか?」
 覗き込んだるいが露骨に眉をしかめる。一緒に見たこよりの顔にも「うわぁ」と書かれている。
「全体の1パーセントにも満たないわ。あまりに多くて」
「い、いちぱーせんと!?」
「それって単に取捨選択ができなかっただけじゃないの?」
「そう言われても……大手のオカルトサイトは当然、学術論文や某ちゃんねる、ワンクリック詐欺、情報商材に占い、アングラサイトまで調べたから」
「OK、茜子さん理解しました。要領なしにパソコンは時間の無駄です」
「そういう言い方ってないと思うわ! ……否定はできないけど」
「まあ、無理もないよね。元々、無関係な人にとってはネタみたいなものなんだし」
 伊代の調べ方にも問題がある気がしないでもないけど、実際どこに情報が転がっているかわからない。一見普通のアングラサイトの管理人がオカルティックな黒魔術の資金を集めていた……なんて展開もあり得る。その黒魔術が呪いと関係している可能性もゼロではない。まあ99パーセントありえないけど、残り1パーセントに賭けなければならないのが僕たちだ。
「鳴滝めは……お姉ちゃんに頼んでみました。何か呪いに関係しそうな本を見つけられないかって」
 こよりは見るからにしょげた様子で報告する。
「こよりのお姉さんの会社、大きいんだっけ?」
「はい。入ったことはないですが、相当大きな会社だって聞きました。あまり人には言えないようなものも取引してるとかで……」
「微妙に危ないね、その会社」
「……はい。でも、お姉ちゃんなら大丈夫だと思います。お姉ちゃんですから」
 お姉ちゃん。
 その言葉に、肺の奥がきしむ。
 そうだ、姉さん。あれから会ってない。下手にみんなに気付かれたら困るとはいえ、近くにいるんだし、やっぱり顔を見せてあげた方がいいだろう。あとで惠にかけあってみよう。
「お姉ちゃんに頼んだら、見つかりそうなら連絡するって言ってくれました。だから、すぐにはお役に立てないですケド……きっと」
「うん、ありがと、こより」
 現時点では、こよりも収穫ゼロというわけか。
「茜子さんは猫会議に参加してきました」
 次は茜子だ。
「情報源からしてものすごく参考にならなさそうね」
「いいえ。まあ、直接的には関係しないですけど。裏野郎共がたむろしてる場所やら悪さしてる輩の取引場所やら、それなりに収穫はありました」
 またひとつ弱みを握ったぜ、みたいな表情でニヤリとする。
 ……裏の人たちと呪いにどんな関係があるのかわからないけど、ないとも言いきれないか。でも、今のところはなんとも言い難い。
「随分危険な橋を渡ったんだね、茜子」
「ま、身軽さが猫のウリですから。にゃおー」
「にゃーぉぅ」
「ごろごろ」
「にゃー」
 こよりに茜子に混ざり、なぜか惠まで猫になった。何を通じ合ってるんだこの三人。
「……意味のわからない会話をしないのそこ」
 緊張感台無しの猫語に突っ込むは伊代。
「あら、でも猫耳のこよりちゃんはそそるわ。その白いお腹を私の手で存分にくすぐってまだ生えそろっていない繁みもついでにたっぷりと」
「斜め上に展開させないの! まったくあなたたちは!」
「角で人が殺せるほど資源の無駄をする委員長には言われたくありませーん」
「し、資源の無駄って……! ちゃんと再生紙使ったわよ!」
「いや、問題はそこじゃないと思うんだ」
 やっぱりズレてる。
 ……にしても、状況は想像以上に厳しいらしい。
「るいは除くとして、六名中四名がいまいちか……花鶏はどうだった?」
「秘密」
 見るからに何かありそうな顔で髪をかき上げる花鶏。乗り気じゃないのがありありとわかる。
「秘密? じゃあ、何かあったの?」
「あるにはあるわ。でも今はそれを公開すべきときじゃない。あくまでも最後の手段よ」
 好奇心と希望を抱かせながらも、きっぱりと言い切る。
「最後の手段って……手段を選んでる場合じゃ」
「場合よ。他に可能性があるのなら、そっちを探ってからでも遅くはないわ」
 かなり頑なだ。もともと花鶏は呪いを解くことに否定的だったし、仕方ない……のかな。
「それに、皆元。あれから呪いは出てるの?」
「……」
 訳知り顔で、いきなりるいに話を振る。
 るいは十秒ぐらい黙って――
「―― 出てない」
 なんともばつが悪そうに、そう言った。
「え」
「出てないのかい?」
「本当に? 無理してない? 隠してない?」
「ほんとだよ。二日間は一人であっちこっち歩き回ったけど、一回も出てこなかった」
「そうなんだ……」
「で、念のために花鶏の家に行ってみたんだ。一人では出なくても、二人なら出るかもしれないと思って」
「その根拠は」
「……ないけど」
「で、花鶏の家でも出なかった、と」
「そういうこと」
 非難めいた溜息をつく花鶏。
 なるほど。
 呪いを解きたくない派としては、るいがこの三日間襲われてないのを知った以上、余計なことはしたくないというわけか。なんとも花鶏らしい。
 ……まあ、協力したくないものはしたくないんだから置いておくとして……重要なのはるいの言葉だ。
 呪いが、出ていない?
 あの日、みんなで逃げたあの日から一度も、出ていない……?
 それは、予想とは違う方向からの福音。
「じゃあ、呪いは逃げ切れるものってこと?」
「可能性は高いわね。一日経てばなんとかなるんじゃないの?」
「消えた、って証拠はないのよね」
「ないけど……わざわざ狙いやすいように歩き回ってたのに出てこなかったんだよ」
「じゃあ」
「楽観的に考えてドツボにはまるも、悲観的に考えて転落するも自由というわけですね」
「両方イヤだよそれ」
「楽観的に考える余地が出ただけいいじゃないですか」
「他のみんなも、ノロイには出くわしてないよね?」
 全員、頷く。
「……じゃあ……!」
 みんなの頬に赤みが差してくる。全く油断はできないものの、絶望一色だった前途に光が見えた感じだ。
 呪いからは逃げられる。瀕死になったり大怪我したり、痛い目を見たりすることなく、生き延びることができる……!
「やったよ、るい! それすっごい大発見だよ!」
 思わず、るいの手を取って上下に振る。
「え、えへへ……私はただ逃げてただけだから」
「ううん、るいが身体を張って調べてくれたおかげだよ。るいが頑張ってくれなかったら、逃げられるってこともわからなかった」
 るいが自ら人柱として逃げてくれなければ、僕らは呪いの動きを把握することもできないまま、いたずらに不安をあおられるばかりだっただろう。同じ状況を繰り返していては、集まる情報も集まらない。るいが一人で呪いを引きつけようとしてくれたことが、呪いに立ち向かうための重要なファクターになったことは間違いないんだ。
「皆元に身体を張られても嬉しくないわ」
「趣向の問題をださないの、そこ」
「へ、へへ……そっか、みんな大丈夫なのかな」
 照れるように笑い、ほっと胸をなでおろするい。
 るいからすれば、自分が踏んだ呪いのせいで誰かがとばっちりを食らうことは避けたかったはずだ。みんなが呪われている以上、一人だけ逃げ切れば大丈夫というわけにはいかない。みんなが無事なのかどうかは、るいが最も気にかけ、心を痛めていたことだ。
 でも、もうそんなこと気にしなくていい。
 呪いが追ってこないなら、僕らはまた集って、笑いあえる!
「なんか……すっごい安心しました……」
「根本的な解決にはなってないけど、良かったわ」
 それぞれが、安堵を口にする。
「茜子さん的には、人に見せられないほどに泣きぬれた顔で街を走り抜ける乳馬鹿を観察したかったですが」
「……終わったから言えることだよね、それ」
「悪趣味は人に言わずに楽しむものですよ、げへへ」
 相変わらずの茜子。でも、顔色を見れば喜んでるのが丸わかりだ。
 花鶏もほっとしたような笑みを浮かべている。彼女の場合は二重の意味だろうなぁ。
「とにかく、危機は去ったと考えていいんだよね?」
「いいんじゃないかしら」
「いいってことにしちゃいましょう!」
「おっけーおっけー、るい姉さん大勝利!」
「陰気臭い顔してても始まらないもの」
「よーっし、第一戦は僕らの勝利ということで!」
『おー!』
 完全に決まったわけではないけど、すでに気分は打ち上げ状態。ジュースで乾杯したいぐらい。
 ……ただ。
「……逃げ、られるのか……奴から……」
 ただ、一人だけ。
 惠だけが、浮かない顔をしていた。
 湧き上がる喜びに浮足立つ僕らを遠くから眺めるように、平静な表情を貼りつけている。妙な温度差を感じるその横顔には、アルカイックスマイルすらない。
 体験者としては、この結末に不満というか、疑念が残るんだろうか。あるいは、まだ不安がぬぐい去れないのかもしれない。
「天然マンレディーは反応が悪いですね」
「……かつて死闘を演じた身としては、にわかには信じがたくてね」
「疑り深いと早死にしますよ」
「ああ、気をつけよう」
「……」
 一瞬だけ、茜子が顔をしかめた。
 ……?
「それより、今日はこれからどうするんだい? 奴が襲ってこないのなら、呪いのことは喫緊の課題では無くなるだろう?」
 惠の提案に、一同顔を見合わせる。確かに、るいの呪いが回避できたなら無理に調べる必要はない。
「それもそうね」
「もうしばらく呪いなんか考えたくないよ。のんびり思いっきり暴れたい」
「せっかくですから、街に遊びに行きましょう! おやつの食べ歩きとか、かわいいものウォッチングとか!」
「こよりちゃんほどかわいくて弄びがいのあるダッチワイフなんてそうそういないわよ」
「鳴滝めはダッチワイフじゃありません」
「ええ、だからこそ、処女膜に傷一つないかわいこちゃんを散々喘がせてきたこの私のパラダイスフィンガーで……!」
「きゃー!」
 花鶏は完全に普段通りだ。してやったりといった顔でこよりんを追いかけまわす。るいはるいで、この数日間で消耗した精神エネルギーを補給したいらしく、ぐぐっと大きく伸びをする。
「いいんじゃないかしら? どの道、そう簡単には行かないみたいだし、焦る必要はないわ」
 伊代も賛成する。山盛りの資料を持ってきたとはいえ、明確な情報を得られなかった以上、こだわる気はないんだろう。
「そうだね、じゃあ呪いのことはとりあえず置いといて――」
「―― 待ってください」
 まとまりつつあった話に水を差すように、茜子が手を挙げた。
「茜子さんは呪いの調査をお勧めします」
「……え、なんで?」
「茜子……?」
「なんでも何もありません。ここでなかったことにされたら茜子さんの努力が水の泡です。犬死に人魚姫です」
 いつもとは違う、真剣な態度。口調こそ毒舌めいているものの、本気で提案しているのがわかる。
 ……どうして急に?
「あれ、でも茜子、呪いに直接繋がるような情報はなかったんだよね?」
「ええ。でも、こういう投げっぱなしジャーマンは気に入りません。一応はみなさん調べたんですし、情報整理ぐらいはした方がいいんじゃないですか」
 茜子にしては珍しい、攻めの意見だ。確かにそれも一理ある。
「……あと、手の内明かしてないのが約一名いますし」
 言うなり、惠に視線を投げかける。
「……僕かい?」
「はい。エロ大帝はともかく、あなたはこのまま何も言わずにやり過ごす気だったんじゃないですか」
「まさか。単に、発言の機会がなかっただけだよ」
「……そうですか」
 惠はアルカイックスマイルをまとって答える。彼女の発言にも特に違和感はない気がするけど、茜子の目は明らかに何かを疑っている。

「ではここで、あなたに発言権を与えましょう。あなたは今日、この場にどんな情報を持ってきたんですか」
 かけられる問いに困惑顔の惠。
「……話題が再び呪いに戻ってしまうけど、いいのかい?」
「かまいません。茜子さんが許可します」
「ちょっと、アカネ」
「お静かに」
「……」
「……ふむ」
 惠は思案するように目を伏せる。
 ……なぜ、今日に限ってこんなに惠に突っかかるんだろう?
 茜子の態度に誰もが違和感を持ったんだろう、微妙な気まずさが漂う。けれど、言ってることは間違いではないし、声を荒げて制止するようなことでもない。
 何より……おそらく、この場にいた全員が、惠が発言していないという事実を忘れかけていた。
 ある意味で、それは当然なことだろう。たまり場での惠は受身で、存在感を薄めているから。
 仲間の発言の重要性。基本的には全て平等だけど、その実、影響力は異なる。単純に声が大きかったり、意味不明だったり、攻め気質だったり、いろんな要素が絡み合い、一人ひとりの中に影響力のランキングが出来上がってしまうのだ。おそらく、僕以外にとって、惠の影響力は低い。無視するというのではなく、そういうものだ。
 ……でも、それだけでわざわざ、こんな風に強引に話を持っていくだろうか……?
「屋敷の書斎には、資料になりそうな本がかなり並んでいた。一人では到底調べきれない量だ。書斎に行けばヒントが見つかるかもしれない……今のところ、それぐらいしか言えないかな」
「十分すぎるほど重要情報だよそれ!」
「そうかもしれないね。しかし、今それを見る必要があるのかい?」
「……」
 あくまで淡々と語る惠。
 茜子も好戦的だけど、惠もちょっと不機嫌に見える。
 いや、不機嫌というより……戻っている。出会ったころの、ぐるりと自分を覆い隠していた、あの姿に。
 呪いの話題だから? 無意識の緊張がそうさせる?
 彼女の呪いからして、真面目な話題のときは気を使わなければならないのもわかるけど、でも……何かが、おかしい。
「どうするかは、皆に任せるよ。皆が来てくれること自体、浜江も佐知子も喜んでいるしね」
 笑顔。かつての、あの笑顔。
「……どうしよう?」
「うーん……」
「……」
 歯切れの悪い面々。
 ……無理もない。
 惠の家は、呪いを踏んだ場所であり、呪いに襲われた場所だ。あの屋敷に罪はなくとも、心のどこかで拒否感を覚えてしまっている。
 呪いは場所に予感を残す。的外れなものであっても、一度恐怖を味わわされると、二度目、三度目を想像してしまう。ましてや、今は呪いから逃れられたと安心したい時だ。わざわざ傷がついた地に向かうのはためらわれる。大事な僕らの場所にだからなおさら、呪いの記憶が薄れてからにしたい。
「……行ってみたらどうですか」
 茜子が促す。
「今日は随分と活動的だね、茜子」
「本日のバイオリズムは五十八年ぶりの絶好調ですから」
「……茜子、何歳なの」
「魔女の年齢は百単位で数えると相場が決まっています」
「ついに人間であることを否定したか」
「あら、中世における魔女は全員人間だったのよ? 魔女が人間じゃないって証拠はどこにも」
「空気読め」
「伊代センパイはファンタジー小説をお読みになることをお勧めしますです」
「アニメでも可」
「……?」
「世の中には『突っ込んではいけない設定』があるんです。十八歳の罠とか」
「ふふふ……そこを突っ込んでかき回すのが楽しいんじゃない」
「エロ妄想禁止」
「世の中言ったもん勝ちなのよ。さあこよりちゃん、まだ赤いバックパックの香りが残るその背中を私にっ」
「はわわわわ」
 見事に脱線。その脱線っぷりが、暗に僕らの答えを示唆している。
 誓いを立て、挑むと決めたとはいえ、相手は呪いだ。僕らでは手の届かない、命の脅威だ。切羽詰まった状況でないのなら後回しにしたいと誰もが思う。
 ……思う、けど。
「……行ってみても、いいんじゃないかな」
「智」
「せっかく始めの一歩を踏みだしたんだ。何にもわからないならわからないでいいけど、一応情報源はあるわけでしょ? 惠の家を調べて何もなかったら、それこそそこでおしまいにすればいい」
 茜子の疑念の強さが、僕に不安を抱かせる。今日の絡み方からするに、茜子が惠に対する何かをつかんだことはほぼ間違いないと見ていいだろう。惠もまた、茜子を警戒し始めている。
 疑念は意味もなく膨らみ、やがて必要もない争いを引き起こす。些細だったはずの原因が、疑念と時間のコンボで救いようのない大騒動に発展することもある。それなら、さっさとハッキリさせた方がいい。
「またそういう面倒くさいことを」
「遊びたいよー、ぶーぶー」
「情報があるからって使えるとは限らないわ。実際ネットがそうだったし」
「玉石混交の石が九割のネットに比べたら、惠さんの屋敷の方が玉の率は高いんじゃないですか」
「……その可能性はあるね。元々屋敷にあったものだ、意味もなく収集していたわけではないだろう」
「元々、呪いについて調べようって話になってたでしょ? 予定が元通りになっただけだよ」
「イヤなことをわざわざやりたがるなんて、本当に智はM気質ね」
「イヤなことだからこそ、先に片づけちゃいたいんだよ」
 反対派を説得にかかる。変に議論はしたくないから、ある程度で諦めてくれるといいんだけど……
「別に、うちに来たからと言って全員が調べる義務はない。場所は案内するから、調べたい子だけ調べればいいんじゃないか? 今から連絡しておけば、浜江が食事もおやつも作ってくれるだろう」
「おお! ごはん! おやつ!」
 るいが反応した。……なんとわかりやすい。
「ここ三日間、まともに食べてなかったんだよねー! ごちそうごちそう」
「……げ、現金にもほどがある」
「まあ、逃げ回ってたんだし、エネルギーは必要だよね」
 おそらくこの三日間、るいは食事すら選んでいられなかっただろう。万年ハラペコのるいからすれば、食事の不自由は呪いから逃げるのと同程度に厳しかったはずだ。いきなり態度を変えても当然……いや、変わりすぎだけど。
「脅威が去った今、そんなに構える必要はないよ。腹ごしらえや、知的好奇心の刺激程度に捉えればいい」
 意外にも、僕の後押しに回る惠。彼女としてはどちらがいいのか、いまいち判断がつきかねる。僕同様、疑われたままでは気分が悪いのかもしれない。
「知的好奇心……そうね。確かに、ここで諦めるのは中途半端すぎるきらいはあるわね」
「鳴滝めはみなさんの言うとおりにしますです」
「……ああもう! わかったわよ、行けばいいんでしょ」
 流れの変化に、苛立ちをあらわにする花鶏。彼女のプライドから考えて、毎度毎度折れるのは悔しいに違いない。というわけで、軽くフォローを入れる。
「惠の家で決着がつけば、花鶏の『秘密』には触れなくて済むよ」
「……そうね、それはありがたいわね」
 僕のフォローに、しぶしぶ頷く。それほどまでに公開したくない『秘密』、興味はあるけどとりあえずはいいか。
「では、ご案内しよう」
「……ええ、お願いします」
 基本的には平穏。表面的にはいつも通り。水面下は……歪な渦を巻く。


「すごいじゃない、これ」
 伊代が思わず声をあげた。
「やっぱり大きなお屋敷は、書斎の大きさも違いますねー!」
「『書斎』があること自体が既にブルジョワだよね」
「ブルジョワ古い」
「……セレブ?」
「なんか安っぽい」
「どうしろと」
「嘘とごまかしで外面を塗りつぶした腹黒っ子に、まともな褒め言葉など扱えません」
「鬼だ……」
 惠が案内してくれた書斎は、まさに映画にでも出てきそうな文字通りの『書斎』だった。本棚が整然と並び、その本棚もきちんと整頓されている。本のサイズ、背表紙の色、その他さまざまな要素が全てバランスよくまとめて配置されている。
 確かにこの量を一人で攻略しろと言われたら無理だろう。
「それにしても、よくこれだけ集めたね」
「勉強好きの主人がいたころもあったんだろうね。改めて見ると酔いそうになる」
「メグムは、この部屋の本全部読んだことあるの?」
「いや、ここはめったに近寄らない場所だから」
「……自分の家なのにですか」
「書斎は一種のプライベートルームだ。持ち主以外がおいそれと入っていいところではないよ」
「難しいんだね」
「養子とは、そんなものさ」
 ああ、そういえば、この家の表札は『才野原』じゃなくて『大貫』だった。ひょっとしたら戸籍上の惠の姓は大貫で、呪いを避けるために才野原を名乗っているのかもしれない。
 ……もともと自分の家でないのなら、こういう場所になじみがなくても不思議はない、か。
「あー、これなんかどうでしょう!」
「こっちも、結構ヒントになりそうよ」
「……侮れないわ、本当」
 各々、並べられた本の中から気になるものをピックアップしはじめる。やる気なしと言っていた花鶏も、書斎のボリュームに驚いたか変な妄想を掻き立てられたか、真面目な顔で本棚を見回している。どうやら、今日は一日調査に費やすことになりそうだ。
「……じゃあ、みんな頼んだよ」
 言うなり、なぜか踵を返す惠。
「あれ、惠は調べないの?」
「この屋敷は広い。書斎以外にもいろいろあるからね。何かヒントになるものがないか、浜江に聞いてみよう」
「あ、じゃあ別働隊作ろうか?」
「いや、物置や倉庫となれば、客人を招くわけにはいかないから」
「……」
「でも、君一人だと」
「佐知子も浜江もいるよ、心配いらない」
 ……いや、そうじゃなくて。
 招いた当人が不在だなんて、いくらなんでも怪しい。疑いを晴らしたくてここに来たのに、肝心の惠がいないんじゃ説得力に欠けてしまう。
「そうですか。では、どうぞご自由に」
 案の定、茜子は露骨に不審な顔をする。それをしっかり見たうえで、気に留める風でもなく、さらりと微笑む。
「ああ。後で、佐知子にお茶を持ってこさせよう」
 そう言い残し、惠はさっさと退場してしまった。
 まるで、この場にいたくないと示すかのように。
「あれ、惠センパイは?」
「別行動だってさ。浜江さんにいろいろ聞いてみるって」
「あのおばあさん、ここに来てから長そうだものね。あの子が知らないことも知ってるのかも」
「……だったら、いいんですけどね」
「……」
 黒いものが、胃の奥に溜まり始める。
 茜子以外は、今のところ惠を疑ってはいない。いつも通り友好的だし、ここに誘い込んだのも彼女だから、普通に付き合う分には違和感もないんだろう。
 なら、僕は? 僕は何を恐れている?
 茜子の疑念が伝染しているんだろうか? それとも、今なお続く惠の隠し事が気になるんだろうか?
 ……いや、それだけじゃない。
 気になるんだ。
 彼女が、今日の彼女が―― 出会ったあの頃の仮面を、なくなったはずの壁を、再び作り始めたことが。