単発SS
【智×惠】
new!・想定外と豆の木(ドラマCD後の話)
・狭い夜、広すぎる朝に(観測所での話)
・楽園の包帯(惠ルート後、年齢制限要素あり)
・instinct voice(本編H1回目直後の話)
【オールキャラ(カップリング要素なし)】
・バレンタインの過ごし方。(バレンタイン話)
after Birthday ※視点は惠
act1 / act2 / act3 / act4 / act5 / act6 / act7 / act8 / act9 / act10 / act11 / act12(完)僕の考えた惠ルート ※視点は智
1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 / 10 / 11 / 12/ 13/ 14/ 15 / 16 / 17 / 18 / 19 / 20 / 21 / 22 / 23 / 24 / 25 / 26 / 27 / 28 / 29 / 30/ 31 / 32 / 33 / 34 / 35 / 36 / 37 / 38 / 39 / 40 / 41 / 42 / 43 / 44 / 45/ 46 / 47 / 48 / 49 / 50 / 51 / 52 / 53 / 54(完)chapter 33
見慣れた屋敷は、しっとりと夜になじんでいた。迎える人のない玄関は我が身を照らす明かりもつけず、瞳を閉じたように静まり返っている。とはいえ、文明が街全体を監視する今、夜はイコール闇ではない。屋敷そのものが沈黙を続けても、街灯の明かりはうすぼんやりとその姿を浮かび上がらせてしまう。
隠れられるようで、隠れられない―― それが、街の夜。
朧に存在を見せる屋敷は、今の惠と姉さんの状態そのものだった。
「……」
門の前に立つ。当然、鍵は開いていない。それが逆に新鮮で、後ろめたい。僕が来るときはいつも玄関の電気がついているから、なおそう思う。
ここに来るのは久しぶり、なんてことはもちろんない。前に来たのは一昨日だ。
『ラトゥイリの星』の本格解読が始まってからも、三日に一回ぐらいのペースで惠のもとを訪れている。できるなら毎日でも来たいけど、『智まで疑われては元も子もない』と止められて泣く泣く三日に一回にした。
決めたのはペースだけじゃない。余計な行き違いやケアレスミスを防ぐために、訪問手順も整えた。
訪れる時間は十一時。同盟のみんなが出歩く気をなくすころだ。万が一のことを考え、毎回違うルートを使って屋敷に向かう。そして、屋敷の手前の角が見えたらワンコール。着信を確認した惠は鍵を開けて僕が来るのを待つ、というわけだ。
なんだか気分はラプンツェル。惠はショートカットで、入口は一階だけど。
屋敷に招かれた後は惠の部屋に行き、同盟の様子やたわいもない世間話をして過ごす。離脱こそしたものの、惠自身はみんなに悪い印象を持っているわけじゃない。なにせ、部屋に入ってからの第一声は大抵『みんなは元気かな』だ。動きに探りを入れる意図はなく、純粋にみんなの体調や呪いの影響を心配している。
惠の口から、同盟の誰かを貶めるような発言が出たことはない。掛け値なしに、一度もだ。
……彼女に会うたびに痛感する。
目で見たものが、耳で聞いたものが真実―― それは、当たり前の顔をした、人の心を惑わす罠。
あの日惠が見せた敵意や非難は、手段として作りだした嘘に過ぎなかった。
生きるために彼女が磨きあげた技能―― 心と言葉を切り離し、幻を造り出すスキル。
真実という枷を持ち、嘘に長けた彼女にとって、言葉は武器であり毒でもある。扱いに細心の注意を払うがために、誰よりも意のままに使いこなす。
嘘を武器に僕たちを扇動し、煙の中に隠れた惠。
むせたり、いらだったり、迷ったり、反応は人それぞれだ。
ただ、共通していることがひとつある。
……惠のシナリオの目的を、誰も知らない。
……僕だって、本当のところはわからない。
僕は惠と手を繋いでいるだけだ。一ミリ先さえ見えない灰色の中、握り返してくれる手を離すまいと必死になっているだけだ。隠れたものが見えないことには変わりない。
みんなが睨むものが幻だと、敵視するのが蜃気楼だと知っている。惠は誰一人嫌っていないことも、今もみんなを大事に思っていることも知っている。
だからこそ、もどかしい。
僕だけが知る真実―― そんなの、戯言と同じだ。根底に『ノートを燃やした』という事実がある以上、ひっくり返すには同等、あるいはそれ以上の物的証拠、あるいは破たんのない論理が必要なんだ。
でも、僕はその証拠を持たないし、離脱を選んだ惠がそれを提供してくれるわけもない。与えられている情報は虫食いだらけで、筋の通る説明には程遠い。
わかっているのに、わからない、わからせることができない―― そして、歯車は回り続ける。
「……」
ポケットの中、固く冷たい鍵に触れる。冷たいといっても一瞬だけで、すぐに僕の体温になじんでくる。
屋敷はしんと静まり返ったまま。葉擦れの音が時折空気を揺らす。
あまり立ち止まっていては不審がられる―― 危機感。
惠に何も告げず屋敷へ入ろうとしている―― 罪悪感。
そう。今日は惠に一切連絡をとっていない。
こんなことは初めてだ。来客に知らん顔をする屋敷を見上げるのも初めてだ。
惠に会い、今日起きたことを、彼女と姉さんの身に迫る危険を伝えるのが僕の役目。理性はそう判断している。
でも―― 迷う。迷わずにはいられない。
いや、認めたくない。現実がそれに即して動いているとわかっていても、まだ認められない。
今日の出来事。
僕たちは、同盟は……事実上、惠の情報を三宅さんに売った。
三宅さんの行動は、僕たちに前向きな利益をもたらすことはない。
彼が惠の秘密を暴けば、るいや花鶏の気は晴れるだろう。こちらのメリットはそれ以上でもそれ以下でもなく、かりそめの充足感を得るだけだ。
対し、デメリット……惠と姉さんに与えられるマイナスは生命に関わる。場合によっては、マイナスなんて生易しいものじゃなくなる。
それなのに、止められなかった。みんなの憎しみを抑えきれなかった。
情けなくて、恥ずかしい。
板挟みを理由に、八方美人のふりを続けて……結局、大事な人を危険に晒して。
やりようはあったはずだ。反発を覚悟で惠を庇い、三宅さんを止めることもできたはずだ。
可能性は、選択はいくつもある。今回、僕は自分の意志で静観を決め込んだ。
……みんなに、これ以上ぎくしゃくしてほしくなかったから。
僕まで抜ければ、ほぼ確実に同盟はバラバラになる。疑心暗鬼が忍び寄る今、あと一人の離脱は致命傷だ。誤解の果てに傷つけあって解散なんてばかげた結末、想像するだけで身ぶるいがする。その引き金を引くなんて蛮勇、今の僕にはない。
ふらりふらりと、八方美人の根性無し。あっちも大事でこっちも大事、一番大事はどこにある?
こんな風に迷う僕を見たら、惠は何と言うだろう。
「惠……」
呟きは孤独に溶けて消える。
合鍵を握りしめる。
世界はいつでも秒刻みに動く。一秒の何万分の一でさえ、決して待ってはくれない。
弱っちい僕が頭を抱えるその脇を、運命は、理不尽は駆け抜けていく。
その理不尽に狙われた、呪われし八人目―― 姉さん。
存在を知られる、たったそれだけで姉さんは呪いを踏んでしまう。
だから……腑抜けのままで、ここまで来た。
「……」
鍵を取り出す。
ぎざぎざと尖った先端は、僕の精神の写し鏡のよう。いびつで不恰好、だけど簡単には曲がらない頑固な板切れ。
意を決する。
金属のぶつかり合う音。金具の外れる音。
「……ごめんね、惠……」
口をついたのは、苦い苦い懺悔。
門を開け、滑り込む。
今日は、惠には会えない。会いたくない。
でも、あれこれためらっているうちに、三宅さんが姉さんのことを知ってしまう可能性もある。
だから、今日は姉さんにだけ会おう。
姉さん―― 僕に残された、たった一人の家族。
助けたい。姉さんを、惠を、同盟のみんなを助けたい。
……願いはこんなに単純なのに、道はどうしてこんなに絡みあってしまうんだろう。
「待っていたわ、智。……ふふ、ちゃんと来てくれた……」
全く動揺することなく、姉さんは僕を出迎える。
「見えてたの?」
「ええ、見ていたわ。大事な大事なあなたのことだもの。さあ、おあがりなさい?」
「あ、うん」
靴を脱いで座敷に上がる。
離れの様子は、前回来たときとほぼ変わりない。綺麗に掃除され、ほのやかな明かりの中に畳の間が広がっている。
空間を満たす、不思議で妖しい匂い。これも前と同じものだ。植物系の香りがブレンドされた、神経に染み透るような香り。部屋の端には香炉があり、ゆるりと白い煙を溶かし続けている。
ひょっとして、いつもお香を焚いているんだろうか? アロマテラピー的な意味があったりとか?
……だとしたら、ちょっとまずい。
音、光と共に、香りは居場所を探る重要な要素だ。お香を焚くという行為は周囲に余計な情報を与えることになる。それなりに密閉された空間とはいえ、付け入る隙を与えるのは間違いない。閉鎖空間にいることを考慮しての療法なのかもしれないけど、一旦止めてもらって、別の方法を考えた方がいいかも……
「どうしたの? 怖い顔をして」
「ひゃぁぅ!?」
耳元の姉さんの声に思わず飛びあがった。いつの間にか出てきていたらしい。自分の迂闊さに恥じ入りながらも、一歩引いて姉さんの方に向き直る。
姉さんは相変わらず、真っ白で細い。なんだか日本舞踊の生徒さんみたいだ。ここにいるようでここにいないような、浮世離れした雰囲気がよく似ている。
「あ、あのね姉さん。今日は頼みがあって来たんだ」
「ええ、いいわよ智。あなたの頼みなら、何でも聞いてあげる」
「そ、そっか」
変に気圧され、一歩後ずさる。
……前回会った時も感じた、妙な違和感。姉さんの行動には特におかしなところはないけれど、何かが引っかかる。
「えっと……姉さん、前に僕を呪いから守ってくれたでしょ?」
「ええ、そうよ……ふふ、今も守ってあげているわ」
「それってさ。僕を呪いから守ることができるなら、姉さんを守ることもできるってことだよね?」
あえて事情には触れず、本題に切り込む。やけに気がはやるのは、姉さんに迫る危機を感じ取っているからだろうか。
姉さんは不審がるように目を細めて一呼吸おき、ゆったりと答える。
「私とあなたは、二人でひとつ。呪いは常にどちらか片方だけにあるわ。だから、呪いを持たない方は守られているの」
「うん」
頷く。
なるほど、そういう仕組みか。
僕が姉さんと再会した時、呪いを持っていたのは僕。惠が僕の性別を知った、あるいは確かめた瞬間に呪いを持っていたのは姉さん。キャッチボールのように呪いを受け渡し、『性別が発覚する瞬間』に呪いを持たずにいれば踏まずに済む……そんな感じだろう。
もちろん、誰にでもできることじゃない。
僕たちが双子であるがゆえの特権、だろうか? あるいは、この家で呪いについて研究していた父さんが方法を編み出したとか。その辺のことも『ラトゥイリの星』に書いてあったりするのかな。
……いや、そんなことは今はいい。
回り始めた興味と思考を切り、本来の目的に戻る。
今大事なのは、姉さんを守ることだ。その方法があるなら、実行するにこしたことはない。
「そしたら、お願いなんだけど……しばらくの間、呪いを僕に移しておいてくれないかな?」
「……どうして?」
「姉さんを守るためだよ。みんなが姉さんを探し始めてる、姉さんが呪いを持ってると危険なんだ」
「みんな?」
「うん。ええと……呪いについて、姉さんはどこまで知ってるのかな」
笑みがより深くなる。両の瞳が、吸い込まれそうな色を持つ。
「あなたの口から聞きたいわ、智。あなたの声が聞きたい」
「わかった。じゃあかいつまんで説明するね」
視線を少しずらす。姉さんと視線がかち合うのを避ける感じだ。不思議なことに、動きはほとんど無意識。色々と隠しながらの話になるから、気が咎めるんだろうか。
あまり馴染みのない目線の動きに戸惑いつつ、重要な部分をピックアップして話す。
父さんのノートのこと、八つ星のこと。八人目である姉さんをみんなが探そうとしていること。
姉さんは微動だにせず、呼吸に織り込むように僕の話を聞く。
「いつかは、姉さんをみんなに紹介しようと思ってる。きっと受け入れてくれると思うんだ」
「……ふふ、その必要はないわ。見えているもの」
「姉さんは知ってても、みんなは違うからさ。呪いを踏む心配がなければ、やっぱり一度は引き合わせたいんだ」
「……姉さんを、あの女たちに見せたいの?」
「紹介するんだよ。僕の姉さんですって」
「僕の……ふふ、そうね……あなたの姉ですもの、ね」
「うん。ほとぼりが冷めたらそうするつもり」
「……ほとぼり? あなたが呪いを欲しがるのは、あの女たちが原因ではないの?」
「うん。姉さんを、この屋敷を探ろうとしてるのは、みんなだけじゃないんだ」
話は三宅さんの存在へと移る。何者かに依頼を受け、部外者である三宅さんがこの屋敷を調べ始めたこと。その三宅さんが、しばらくこの屋敷を徹底マークするだろうこと。
……三宅さんに惠の情報を渡したことは、やっぱり言えなかった。
後悔先に立たず。過去は、もうどうすることもできない。
時が経てば経つほどに、事態の重さがのしかかってくる。前を向かなきゃ、これからどうするか考えなきゃという理性の働きが、自責の念という感情とぶつかり合う。僕が煩悶したって何にもならないのに。
「みんなはともかく、三宅さんの調査は止められない。だから、姉さんのことがバレても呪いを踏まないようにしたいんだ」
沈黙。姉さんは僕の方に視線をやり、じっと立つ。
……どこを見ているんだろう。ふと、そんな疑問が湧き出す。なんとなく、僕に焦点を合わせてないような印象を受ける。もっと遠く……瞳の奥とかではなく、ここにない何かを眺めているような……。
「……智は、私を心配してくれているのね?」
「もちろんだよ。だからここまで来たんだ」
「ふふふ、そうよね。私の智、可愛い智……あなたが私を大事にしないわけがないわ」
「え、うん」
「……ふふふっ」
「……?」
姉さんのリズムは独特だ。ひそやかな表情の変化と控えめな笑い声、移動以外ではほとんど動かない身体。十分とは言えない明かりと、肌に染み入る妖艶な香り。ある程度話して気が抜けたのか、一呼吸ごとに香りに浸されていく。
ここにいると、なぜか自分がおぼつかなくなってくる。糸玉を解くようにゆっくりと、けれど確実に何かを削り取られていく……じわりとした不安と、心地よさ。
「ねえ、さん……」
何故か―― 声が、舌足らずになってくる。
「……わかったわ、智。しばらくの間、あなたに呪いを渡しましょう」
「……ほんとに?」
「ええ……でも、気をつけなさい。私と違って、あなたは汚れた外界の中を泳ぐのだから」
「……けが、れ?」
「そうよ……智。あなたに触れようとするケダモノどもが跋扈する、汚泥にまみれた地。醜悪な泥棒猫どもの住まう腐った街……ああ、早くあなたを取り戻したい。私とあなただけの世界を、満ち足りた世界を創りたい」
「……ねえ、さ……ん」
頭がぼんやりする。視界がぼけてくる。あれ、いつの間に僕は座ったの? なんだろう、細くてちょっと冷たいのは姉さんのゆび? 僕はいま、なにをして……?
「うふふ、智……愛しい私の半身、全ては私のもの、そう、智の肌、智のくちびる、その全てが……わたしのもの……」
「……え……」
顎にひやりとした細い感触。持ち上げられる。ものの形を捉えられなくなった両目が移すのは白く透けた肌の色、そして桃色の、ふっくらとした……
「智、ああ、智……」
触れ――
「……っうわぁぁぁぁぁぁ!?」
ほとんど反射的に飛び退いた。
畳で靴下が滑ってひっくり返り、背中をしたたかに打ち付ける。
その痛みで、一気に現実に引き戻された。
って、やば、畳に傷ついてないかな……起き上がって確かめる。大丈夫そう。
「……」
姉さんはというと、膝立ちになり、手を伸ばした状態で固まっている。
「え、えと、姉さん……?」
「……」
今、姉さんは僕に何をしようとした? 姉弟がするものとは明らかに違う、蠱惑的な行為……何故、僕に?
霞んでいた頭が今度はぐらぐら揺れる。
まずいって、どう考えてもそれはまずいって!
「……どうして、逃げるの?」
姉さんは悲しげに、本当にわからないという風で聞いてくる。
「え、いやだってほら、僕たち姉弟だし、いきなりだし、その」
「あなたは私なのよ? あなたと私は二人でひとつなのよ?」
「いやあの、そう言われても急にはその、えっと……」
漫画的に言えば汗がぴょこぴょこ飛んでそうな感じに両手を振る。
……うっかり雰囲気に流されそうになった自分が情けない。どこからそんな展開が始まったのかさえおぼろげなのがこれまた情けない。
きっと、姉さんとしては単なる愛情表現の一種なんだろう。ずっとずっと僕のことを想っていてくれた人だ、母親が子供にキスするようなものとすればそんなに変でもない……よね? うん。
でも、今現在の僕は大人でもなければ子どもでもないし、男女のキスの意味も知っている。
それに、僕には惠がいる。たとえ意味が違っても、惠以外とそういうことはしたくない。
「……ふぅ」
姉さんが軽く目を閉じ、ため息をつく。
「……まだ、駄目なのね……」
「いや、まだとかそういう問題じゃない気がする」
「……そんなにも、あの人形はあなたに入り込んでいるのね」
「……」
人形。
ぎち、と心に茨が絡みつく。
姉さんに敵意が篭って見えるのは、僕の過剰反応だろうか?
「死に損ないの分際で、智を、私の智を……あの手で智に触れて、穢して」
……過剰反応じゃない。
スイッチが切り替わったかのように、空気が変わる。浮世離れした雰囲気には似つかわしくない、普通ならお腹の奥に封じ込めておくような生々しさ。姉さんの両目が、黒いものに塗りつぶされる。
「言うことを聞かない、思い通りにならない……あまつさえ奪う、智、私の智を、あの生き汚い、邪に千切れ、生き恥晒し、私の智に、智に息を、腐らせていく……!」
「―― 姉さんっ!」
強い調子で呼びかける、いや、制止する。
バラバラとしすぎて本意を読みにくい単語の羅列。そのひとつひとつから、どろりとした悪意が滲み出る。
「お願い、やめて。僕、姉さんがそんな風に喋るの嫌だ」
……どうして、姉さんまで……。
「今は、惠のことを考えるのやめようよ」
本心を幾重にもオブラートに包み、なるべくやんわりと頼み込む。
惠と姉さん、二人の関係は以前会ったときより悪化している。今の姉さんが抱えるのは、最初に会ったころとは比べ物にならないほど強烈な憎しみだ。
胸の奥がキリキリと音をたてる。
惠の全てを擁護する、なんてつもりはない。彼女の行動が褒められるものではなかったのも確かだ。
だけど、ここまで、こんなにまで四面楚歌に追い込まれなくたっていいはずなのに。
「……悲しまないで、智」
「……だって……」
「あと少しの辛抱よ。今はまだ時ではないの」
「……」
どこかピントのずれた慰めがさらに胸に痛い。
「ごめんなさいね、あんなものの話をして。気分を変えましょう」
あんなもの―― 隠すどころか強調する、敵意。滲み出る黒々しさは姉さんらしくないはずなのに、どこかしっくり馴染んでいるようにも思える。
「ふふふ、智、良いことを教えてあげる」
微笑み直す。再び、俗っぽさのない透き通った笑顔。
自分とあまり変わらない顔なのに、ガラスのような奇麗さ。
……ああ、姉さんはガラスみたいな人なんだ。唐突にそんなことを思う。
透明で美しい表面。けれど切り口は鋭利で、血液に入り込む危険も孕む。形を変えれば光を乱反射し、時には虚像も作り出す。幾通りもの姿を見せる、掴んではならない繊細さ。
その中のひとつ……穏やかさを見せながら、姉さんは僕に告げる。
「さっき、あなたが話した『八人目』……あれは、私ではないわ」
「え!?」
「ふふふ……だって、私とあなたは二人でひとつの呪いを分け合っているのよ? 呪いは八通りあるのだから、あと一人は別の誰かでしょう?」
「……別の、誰か……一体誰が?」
「それは、私にもわからないわ。興味がなかったから」
姉さんが立ち上がった。軽く着物をはたいて、また僕の方へ歩み寄ってくる。
「でも、あなたは八人目に興味があるのでしょう? それなら、力を使いなさい」
「力?」
「ええ。呪いをあなたに渡している間は、力もあなたのもとにあるわ。最初はうまく使えないかもしれないけれど、そのうちに慣れる。その力を使い、八人目を呼ぶのよ」
「え、でも」
「できるわ、智。あなたは私……あなたの魂が、私と分け合う魂が、与えられし力を知っている」
謳うように、唱えるように語る。
能力を使ったことのない僕は、姉さんの言葉がどうにもピンとこない。
でも、姉さんが言うならそうなんだろう。もしかすると、僕が力を使いこなす未来が見えているのかもしれない。
……僕が、力を使う……。
「うん……わかった。ありがとう、姉さん」
「いいえ、良いのよ。でも、気をつけなさい……智に呪いと力がある間は、私はあなたを守ることができないのだから」
「そんなの気にしなくていいよ。今は、僕が姉さんを守る番だ」
「ふふふ……良い子、本当に良い子ね、智」
「だって、姉さんは僕のたった一人の肉親なんだ。姉さんのためなら、呪いなんか怖がっていられない」
「そうね、そうよね、智……あなたは、誰よりも、私が一番だものね」
軽く頷く。
覚悟は発展途上、選択の未来は想像もできない。切り捨てという単語は僕の辞書には載っていない。
だから、選ばず、全てを選ぶ。
針の穴を通るような難しさかもしれないけど、全てを丸く収める方法があるはずだ。
そんな僕のわがままに、姉さんから借り受ける力はきっと役立つだろう。小さくとも、希望は残っている。
「……そろそろお行きなさい、智。屋敷の皆が帰ってくるわ」
「あ、今日はみんな外出してるんだ」
「ええ、そうしたの。邪魔立てされてはたまらないもの」
「……?」
ちょっと妙なことを言う姉さん。今日来ることを見越して屋敷の人たちに出かけるよう指示したとかだろうか。
そんなに細かい予定まで見えるとしたら、相当強力な力だ。なんだかぞくぞくしてきた。
……るいが力を使いまくる理由が、ほんの少しわかる気がする。人智を超えた力なんて怖いけど、同時に便利で心を掻き立てるのも事実だ。
もちろん、多用は禁物。姉さんの言うとおり、まずは八人目を探すためだけに使うことにしよう。
「今日は本当にありがとう、姉さん。また来るね」
立ち上がり、靴のところへ歩き出す。
「ええ、待っているわ……ああ、でも」
「ん?」
思わせぶりに言葉を切る姉さん。立ち止まって振り返ると、思案するように軽く目を細めている。
「しばらくの間、この屋敷に来てはいけないわ。私から伝えておくから、惠と会うのもおやめなさい」
「……あー……そっか……」
姉さんの警告ももっともだ。これから屋敷は三宅さんに監視されるんだから、下手に立ち寄るのはまさに自殺行為。今日だって危ない橋を渡っている状態だ。電話も盗聴される可能性がないとはいえない。危険を冒して僕が再度出向くより、姉さんに現状を伝えてもらい、僕は素知らぬふりを決め込んだ方が結果的には安全だろう。
惠と姉さんの関係の悪化が気になるけど、いくら姉さんでも、屋敷を危険に巻き込もうとはしないはず。
だから、僕はしばらく……
「……」
……しばらく、ってどのぐらい?
どのぐらい、惠に会えなくなるんだろう?
三宅さんのような調査って、どのぐらいかかるんだろう。一つの案件にそんなに長い時間はかけないだろうけど、一ヶ月とか、そのぐらいはかかってしまうだろうか。
にわかにおなかの底がざわつく。勇気がないから会えないとか考えたくせに、いざ会えない状況になると動揺する……随分と自分勝手だ。でも「会わない」と「会えない」は全然違う。やっぱり、惠には会いたい。
「大丈夫よ、智。そう遠くない未来に決着がつくわ」
「本当?」
「ええ」
難しい顔をした僕に、姉さんが保証してくれた。未来が見えるが故の、自信に満ち溢れた断言。それで少し気が軽くなる。
「あなたの苦しみは長くは続かない。だから、安心して八人目をお探しなさい。そのころには、面白い見せ物も始まるでしょう」
「……見せ物?」
新たに出てきた不穏な単語に、勘が反応する。
「これから、何か起こるの?」
「……ふふふ、きっとあなたは喜ぶわ」
でも、姉さんはふわりと幸福そうな笑顔そのもの。心から楽しみにしてる感じだ。屈託のない、お祭りを待ちわびるような顔。
単に世間とほとんど関わらないから、ボキャブラリーが変わってるだけなのかもしれない。そうとしか思えないほど、姉さんの表情には曇りがなかった。
「次に会えるのを待っているわ……愛しい、私だけの、智」
「……うん、またね」
姉さんの言葉を背に受けながら、離れを後にする。
一歩出て、石の上で深呼吸ひとつ。
「って、うわ、寒っ!?」
全身をぶるりとした寒気が襲う。風邪引くかも、そんな直感が発生する。
「……まずい、急ごう」
追いまくられるように、慌てて帰路に向かう。
……異常なほど汗をかいていることに気付いたのは、自室へ戻ってからだった。
「儀式?」
「そう、儀式」
めちゃくちゃ怪訝な僕の問いかけに、花鶏は自信たっぷりに頷いた。
「ついにオカルト頼みになりましたか」
「オカルトじゃないわよ茅場。『ラトゥイリの星』が示してるんだから、そんじょそこらのイカサマと同じにしてもらっては困るわ」
「儀式って言われると、なんだかこう……地面に魔法陣を書いてアブラカタブラ〜みたいな感じがします!」
「ひらけゴマ!とか!」
「そんなところにまで食べ物を持ち出しますかこの胃頭」
「い、胃頭……ちょっと新しい……」
「とにかく、『ラトゥイリの星』にそう書いてあるのよ。呪いを解くためには儀式が必要だって」
「どんな儀式なの?」
「それはこれから」
デザートのベリータルトを口に運びつつ、花鶏はふんぞり返る。
「それって、まだ全然ってことじゃん?」
「毎日ぶらぶらほっつき歩いてるあんたには言われたくない」
「ちゃんと探してる! ほっつき歩いてるんじゃない!」
「成果が出てないんだから同じよ」
「なーにをー!」
あ、揉めた。
「……あまり微笑ましく見ていられない不思議」
「今回は内容が内容ですからねー」
実際、花鶏の言うとおりなんだから胃が痛い。
八人目捜索隊は活動開始より十日程度経過し、順調に報告ゼロ更新を続けております。万、数十万単位の人間の中からたった一人を捜し出すんだ、そう簡単に行くわけもない……と各々自分に言い聞かせているものの、いい加減モチベーションが下がってるのが伝わってくる。
「思いつく限りはぜーんぶ探しましたよー、もう行くところないですよぅ」
「昼も夜も探したもんね」
「あと考えられるとしたら、シャブでヒャッハーな消毒されるべき汚物ぐらいですか」
「せめて裏の住人って言おうよ」
「裏の住人っていうと、ヤクザの方々とかですか?」
「あとは、パルクールレースで邪魔してきたようなのとか、レースの元締めとかかな」
「そういえば、あのコスプレチビも裏人間ですね」
「コスプレチビですか」
茜子が指してるのはおそらく央輝だろう。年齢と関わり方が特殊だったからすっかり忘れてたけど、確かに彼女も裏の人だ。あれから会ってないけど、元気にしてるかな?
「……でも、もし八人目さんが裏の人だったら、どうやってお話ししたらいいんでしょうか……」
「ロリっ子をダシにおびき寄せて交渉しましょう。ロリの純情と引き換えに協力しろ、的に。多分百人中九十九人は堕ちます」
「そんな交渉はイヤだ……それでOKする裏の人はもっとイヤだ……」
「じゃあ姑息貧乳が行きますか」
「断固として拒否します」
「ええ!? 智センパイは鳴滝めを見捨てるんですか!?」
「見捨てない見捨てない、っていうかその手段から離れよう」
「ちっ」
「……何故舌打ち」
「茜子さんは阿鼻叫喚を見るのが趣味です」
「あわわわわ」
にぃやりとした茜子スマイルに震えるこよりの頭をぐりぐりしつつ、考える。
確かに、八人目が裏の人間というのは十分に考えられる。能力によっては裏の世界の方が使いやすいだろうし、呪いによりまっとうな社会生活が送れずにひねくれた結果、裏に潜んでいる可能性もある。それに、十日以上かけて昼も夜も調べに調べてなしのつぶてなんだ、調査対象を広げる段階にきているのかもしれない。
……問題は、裏の住人だった場合、情報ひとつとっても危険度が増すということ。
アタリだったらまだしも、危ない世界に両足つっこんでハズレだったら目も当てられない。みんなをそんな危険に巻き込むなんて言語道断。
となれば……頼りになるのは、姉さんから借り受けた能力か。
「……」
考える。
姉さんに会い、呪いと力を移してもらってから、見る夢の内容が明らかに変わっている。
夢だけど、夢幻じゃない……現在の先を覗き見る感覚。最初はぼやぼやで何がなんだかわからなかったものの、時を経るごとに少しずつ形が明確化し、十日ほど経った今は夢で見ているのがどこなのかおぼろげに分かるようになっている。音声も同様、最初は電波障害のテレビみたいな砂嵐の雑音だったのが、何の音なのか想像できる程度にははっきりしてきた。まだ確信を持てるほどには鮮明になっていないけれど、近づいているのは間違いない。そう遠くない未来、八人目の顔も見えるようになるだろう。八人目の居場所もある程度は絞り込めるはず。
……そもそもそんなに都合よく八人目が現れてくれるのか、そこはちょっと疑問。でも、力を使いこなしている姉さんが『力を使って会え』と言ったからには、八人目に届くんだろう。
ひょっとしたら、この力は手の届く範囲内、あるいは見たい相手の未来を見るのかも。未来は人の数だけあるから、未来を見る対象を選べなかったら意味ないし。
……ううむ、考えれば考えるほど強烈な能力。基本的に寝ている間に発動するみたいで、昼間はほとんど使えないのがネックだけど、逆にその方がいい気もする。
現段階では、みんなには能力のことは伝えていない。あれこれ突っ込まれても困るし、使いこなせてないうちから明かすのは得策じゃないだろう。
「智センパイ、何かグッドでキュートなアイデアはありませんですか!」
「グッドでキュートは難しいなぁ」
「この腹黒のグッドでキュートは高いですよ、臓器売買ぐらいのコストがかかります」
「何その悪人設定!?」
「ねえちゃーん、この情報が欲しいなら腎臓一個よこしなー」
「シャレにならないからそれ」
「ま、ここでいきなり名案が出たらそれこそ胡散臭いですけどね」
「……茜子に胡散臭いって言われるとなんか傷つくのん……」
ひょろろ、と椅子に沈んでみる。時計を見上げると夜八時、こよりはそろそろ帰らないとまずいだろう。
「そろそろ、お開きの時間かしら」
タイミングを見計らったかのように、伊代が声をかけた。流石は委員長、こういうところはきっちりとしている。
「そうね。結構めどが経ってきたし、現時点でわかってることも報告するわ」
るいとの喧嘩を終え、花鶏は僕らに向けて胸を張る。
お嬢様と女王様の境目を行くオーラは応接間の重厚な雰囲気と相まって、なにやら中世にトリップしたような気にさせされる。さしずめ、花鶏が女王様で僕たちが家臣。ちょっと、いや大分微妙な構図。主に貞操の危機的に。
全員がきちんと座りなおし、花鶏の報告を待つ。
ぐるりと一瞥。
「『ラトゥイリの星』によれば、呪いを解くには『八つ星』……つまり、呪いを持つ八人全員が必要よ。八人が集い、儀式をすることで呪いが解けると解読できる」
「呪い、解けるの!?」
「ええ。まだ詳しくは解読できていないけれど、具体的な手順も『ラトゥイリの星』に記されているみたい」
「おおおー! すごいじゃん!」
「道がひらけてきた感じですね!」
「散々油売りだのごくつぶしだの罵ってきた行為の偉大さが明らかにされたわけですね」
「見つかってないんだから、偉大とは言えないと思うけど」
「空気読め」
「それでそれで!? 他には!?」
にわかに湧き立つ捜索隊。
だって、解けるってわかったんだ、大きな、まさに偉大なる一歩だ。しかもその方法までわかるとなれば、いやがうえにもテンションが上がる。
対する花鶏は冷静……いや、気持ちを抑えてる?
「報告できることといえば、あとひとつね」
「おお! なになに!?」
「……」
ちら、と花鶏が伊代に視線を送る。伊代はちょっと眉を寄せてから、小さく首を縦に振る。
「呪いを解くためには、八人全員が必要。これは間違いないわ。そして、あともう一つ」
ひゅ、と視線に冷たさが宿る。
「これは、はっきり言ってイヤな内容だけど」
一息を置き、強い視線を投げかけてから続きを語る。
「……その八人の中に、呪いを解くことを望まないものが必ず存在する」
「え……」
身体が一気に重くなる。
「誰のことか、言わなくたってわかるわよね」
答えはない。けれど、思い浮かべる人物は全員共通。
……惠。
「そんな、どうして」
「理由は書かれていない。時代ごとに変わるのかもしれないし、そもそも理由なんてないのかもしれない。いずれにせよ、私たちに逆らう敵が必ず存在し、その敵を打倒しないことには始まらないってことよ」
我が意を得たりとばかりに怒りをみなぎらせる花鶏。
「あれが私たちに敵対するのは、『ラトゥイリの星』が書かれたころから決まっていたこと。ますます容赦する必要がなくなったわ」
「……でも、呪いを解くには八人全員が必要なんですよね?」
おずおずと口をはさむこより。その両目に満ちるのは寂しさとやりきれなさ。
「そうよ。それがまた腹の立つところなんだけど……儀式の内容がまだわからないから、なんとも言えないわね。その場にいればいいのかもしれないし、儀式に使うアイテムに八人全員の血が必要とか、そんなことなのかもしれないし」
答える花鶏はあくまでも対立的な態度を崩さない。こより相手でも緩まない、スタンスとしての敵意。
彼女が『ラトゥイリの星』の解読を了承したきっかけが惠な以上、どうやったってそこは覆しようがないんだろう。彼女の目からはあらゆる要素が惠を敵視する理由になり、根拠になる。まして『ラトゥイリの星』に裏切り者の存在が示唆されているならなおさらだ。
また一歩、和解から遠ざかった……悔しさがにじみ出る。
当人が何もしていないのに、雪だるま式に膨れ上がる感情の波。まるで呪いみたいだ。
「今わかることはこれぐらいね。まあ、暗号のパターンも読めてきたし、今までよりはスピードアップすると思うけど」
「その前に、八人目を探さなきゃだね」
「絶対条件になったんだから、何が何でも見つけてきてよね」
言われるまでもない。とりあえずで始めた八人目探しが必須になったんだ、気合いが入らないはずがない。視線をやると、捜索隊はそれぞれ真剣な顔で前を見ている。
「私、八人目は絶対この街にいると思う」
「ま、ここまでやってていなかったら、おっぱい委員長以上に空気読めないですからね。八人目さんもそこまで抜けてはいないでしょう」
「鳴滝めも頑張ります! まだ見ぬ八人目さんを必ず探しだしてみせますですよ!」
「頼んだわね。こっちはこっちで進めておくから」
「がってん承知です!」
「よし、明日からまた仕切り直しだ!」
「おー!」
気勢をあげて、拳を空に突き上げるポーズ。目いっぱいに気合の入った顔を作ってみんなに合わせる。
八人目探し。僕らが挑む最重要課題。
……今は、それだけを考えよう。できることはそれひとつ。
どれだけ不安に駆られても、今はどうしてあげることもできない。
ただどうか、僕のいない間に惠が苦しんでいませんようにと願うばかり。
座るもののいない椅子が、今日も冷たく佇んでいる。
……夢。
帰宅して眠りにつくなり、能力は未来を透視し始める。
ピントがかなり合ってきた。人がいるのがわかる。
ここはどこだろう? 見たことのあるネオン、ちらちらしてるのは金髪系のお姉さん?
あとは黒い……ラインからして、スーツ系だろうか? チンピラとかとは違う、訓練された感じ。
「―――……」
……低い、ドスの聞いた声だ。何か争っているのかな?
耳に痛い高音。悲鳴か。金色のもやもやしたものが遠ざかっていく。
誰か来た。
……なんだろう?
回りと比べて明らかに小さい……けれど横幅は広い? 違うな、身体じゃなくて、身にまとってるものが大きいんだ。
スーツと思しき人たちが背を伸ばす。この小さい誰かがボスなのかな?
「……フェイ」
名前……だろうか。この国の人ではないみたいだ。
「イ……」
……ああ、あともう少し。
もう少しだ。
夢の中で、確信する。
あれが、あの小さな誰かが八人目――