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after Birthday ※視点は惠

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僕の考えた惠ルート ※視点は智

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chapter 53 

 
……もし。
 一年前の僕がこの顛末を見たら、なんと言うだろう。
 呆れるだろうか? 蔑むだろうか? 理解出来ないとため息をつくだろうか?
 多分、いい印象は抱かないだろう。ひょっとしたら、自分の行いだと信じようとすらしないかもしれない。
 戦ってもかなわない相手に挑む無理無茶無謀、おまけに仲間を巻き込んでの一発勝負。ハイリスクローリターン、どころかハイリスクノーリターンかもしれない賭け。一言で言えば自殺行為。
 しかも、僕ひとりではなく、みんなを巻き込んだ。
 はっきりいって、暴走にすら近い決断。思慮なんか欠片もない愚策。
 ……でも、これでいいと思っている僕がいる。
 理屈が心を縛る。こうあるべきという思い込みが監獄を作る。予想は訪れてもいない未来を固定し、可能性を封じ込める。
 先々のことを考えて手を打つのは、時として自由を奪うことにも繋がる。
 惠は未来を見据えすぎて道を踏み外してしまった。
 だったら、僕はその真逆をいこう。
 未来は一つじゃないんだと、惠の絶望に光を投げよう。
 ……とか考えてるヒマがあったかどうかは定かではない。
 奇妙な浮遊感の中をさまよいながら、意識はぐるぐると考え事に興じる。
 何が起こったんだろうか?
 記憶に残る最後の景色は、そう、呪いが天に登って高架を突き破って――
 ……もしかして、僕、死んだ?
 僕の想像では、それはないはずなんだけど……いや、可能性としてはありうるのかな? あっちにしてみれば「襲うのは誰でも良かった」んだろうし、ケンカ売った張本人を狙ったとか?
 ……やだなぁ、それ。
「……トモ」
 それにしても、死んだにしては随分と心穏やかだ。三途の川を目指す魂はこういう境地に至るのか。現世のあれこれ引きずったら百人が百人地縛霊になりそうだし、あの世とこの世の境目にはろ過装置みたいなものがあったりするのかもしれない。
「……トモってば、起きて」
 頭の上から声がする。三途の川の船頭さん? その割には随分若い、かわいい女の子の声だけど――
「おっきろーー!」
「むぎゃうんっ!?」
 威勢よく両のほっぺたを摘まれて覚醒する。
「うーっし、起きた」
「うん、起きた……ってぎゃああああああああ!?」
 お出迎えは血の匂い、思わず絶叫。
 何がなにやら把握するより先に視界に入ってきたのは、ホラー映画も真っ青な血まみれの顔。Tゾーンに赤の筋が何本も引かれ、目の周りは無理やり拭ったかのような掠れた色が散っている。統一感のまるでない趣味の悪い模様は全てが内蔵に働きかけてくる鮮血の色で、エネルギーさえ感じる生々しさ。イヤな意味で鮮度抜群、そして目は惨事と不釣合いにらんらんと輝いている。
「え!? 何!? 何なにどったの!?」
「……あれ?」
 お化け屋敷でもこうはしない、という感じに血染めになった声の主に気づいたのは数秒後。
 ……るいだ。るいだよね? うん、るいだ。血をだらだら流してるのに平気そうなあたりがとってもるいだ。
「どったのじゃないよ! るい、血が……頭からものすごい血が出てる」
「あー、これ? だーいじょぶ、痛いけどそんなに深いキズじゃないっぽい」
 にかっといつもの笑みを見せるホラー仕様のるい。
 ……いい笑顔なんだけど、実に恐ろしい事になっている。おでこが切れて、出血が顔に流れてしまったんだろう。見た目的に悲惨極まりない状態だ。垂れるのを拭ったのか顔に広がってるのがさらにホラーに拍車をかけている。正直トラウマレベルにヤバイ、お腹にぞわっとくる状態。良く見るとおでこだけじゃなく、肩のあたりからも出血がある。ただ、自分の状況が自分で見えないこともあって、本人は至って元気。
「あー、あとね、たんこぶできたっぽいんだよねー。どう? このへん膨らんでない?」
 ちょいちょい、と前頭部を指し示す。
「んー……見た目的には膨らんでないけど」
「お、そっかよかった! マンガみたくぷっくーとなってたらどうしようかと思ってた!」
「いやさすがにそれはない、というかあんなに膨らんだら逆にヤバイ」
「トモちんは? どっか痛くない? 起きれる?」
「ええと、僕は……っぅ!」
 るいに言われて起き上がりかけたところで、胸とお腹の間に激痛が走る。ここは……バトルもので真っ先に折れる骨か。
「……あばら骨いってるっぽい」
「あちゃー……大丈夫?」
「なんとか大丈夫……かな、いったたた」
 ほとんど生理的反応な呻きをもらしつつ、どうにか立ち上がる。見ると、僕の脇に十五センチほどのコンクリ片が転がっていた。
「……ひょっとして、これが当たったのかな」
「多分ねー。上のコンクリが降ってきたんだよ、ほら」
 るいが上を指差す。なるほど、遠くて良く見えないけど、高架の一箇所に光の穴みたいなものがある。針金が突き出したりしているものの、穴の大きさはたいしたことはなく、高架そのものが崩れ落ちたり横転したりということはなさそうだ。るいの言うとおり、高架に穴が開いてそこのコンクリが落下してきたんだろう。
 ……もちろん、そんな変な事故、常識では考えられない。あと、あんな高いところからコンクリが落ちてきてあばら骨折れただけで済むというのも考えられない。
 と、いうことは……
「なんかさ、でっかい音がしてすっごい揺れたんだよね。そこで一瞬意識が途切れて、気づいたら怪我してた。わけわかんない」
「うん、その説明だとわけわかんないね」
「でも、鳴滝もおんなじ感じでしたよぅ!」
 声のする方を向くと、肩をだらんとさせたこよりが困惑と痛みの混ざった表情でわたわたしている。
「なんか、耳の奥にずっどーんって響いて、吹き飛ばされたような気がして……うーん?」
「超常現象発生的な」
「デスね」
 軽くやりとりしつつ、こよりの様子を伺う。彼女もるいと僕同様、命に別状はなさそうだ。服が汚れてるし腕がおかしいものの、声にハリがあるし、過度にエネルギーをそがれたりもしていない。
 ……呪いを踏んだ当事者のこよりが、生きている。
「そだ、こよりんは身体平気……じゃないか」
「鳴滝めは左肩が外れちゃってるみたいデス。痛いデス」
 垂れ下がった左腕に視線を送るこより。確かに、見るからに典型的な脱臼の症状だ。
「あ、脱臼なら」
「すぐにはめ直してあげるわよ? 今ならついでにハメ撮りもサービスしちゃうわ」
「ぎゃわー!?」
 話に割って入ったのは花鶏。座り込んだ状態で勢い良く手をわきわきさせている。
「……花鶏、もう起きたんだ」
 なぜか残念そうなるい。
「あら、随分な言い方じゃない皆元。起きて欲しくなかったっての?」
「せっかくだから気絶してる額に『肉』とか書こうと思ってたのに」
「それはさすがにちょっとかわいそうだと思うデス」
「気絶してる顔を人に見られるなんて私のプライドが許さないわ。そこは根性よ、根性」
「意外な根性論」
「ねじれたプライドだなぁ」
「まあまあ。るいは花鶏が起きてくるとは思ってたんでしょ?」
「花鶏は地球が滅びても生きてそうだし」
「……一理ある」
「そこで納得しないでよ。確かに世界が滅びた程度で死ぬ気なんてさらさらないけど」
「否定しないんだ……」
 脱線にもしっかりついてくる花鶏。彼女も平気そうだ。むしろ、見た目は五体満足にさえ見える。服のホコリもすでに払ったのか、ほとんど汚れていない。
「でも、花鶏センパイもどこか怪我してるんじゃないデスか?」
 こよりが心配そうに眉を寄せる。
「あら、この私が高架崩落ぐらいで怪我すると思って?」
 花鶏は鼻を鳴らして上半身だけでふんぞり返る。
「……と、言いたいところだけど」
 そこでひとつため息。スカートに隠れた足をちらりと見やる。
「私は足をやられたみたいね。立ち上がれなかったから、多分骨折。左だけみたいだけど」
「あちゃー……それまたきつい」
「でも、砕けたとか、複雑骨折とかじゃなさそうよ。ま、添え木でもしてりゃ治るでしょ」
「元気だ」
「元気デス」
「だって、一刻も早く治さないと智やこよりちゃんを襲えないもの」
 痛みなどどこ吹く風、下心メガ盛の表情で舌なめずりをする花鶏。
 いかなる状況にあってもアイデンティティを失わない、その心意気は見事です。……嬉しくはないけど。
「なんていうか……あなたたちの感覚がわからなくなってきたわ」
「大分読みにくい空気ですね」
「おまえら頭のネジ飛んでるんじゃないのか……っく」
 そして、たった今起きたことなどどこ吹く風で和気あいあいし始めた僕らを、なんとも複雑な表情で眺めているのが三名。
「こんなにエネルギッシュな流血野郎は初めて見ました。そろそろ人外認定したいところです」
「相手が相手だったっていうのに、本当に元気よね……」
「まあ、皆元は脳筋だし、私とは違う意味で殺しても死なないでしょ」
「るい姉さんはかーなりしぶといよー?」
「いや、それあんまり誉められてないから」
「ほんっとに、おまえらに関わるとロクな目に合わないな」
 伊代、茜子、央輝。三人ともいつも通りのテンションだ。ただ、表情は元気100%というワケじゃない。
「三人はどこを怪我したの?」
「茜子さんは出血系です、脇腹のあたりをさっくりと。自分でどうにかできる場所だったのは不幸中の幸いでした」
「くそったれが……脱臼は癖になると面倒だっていうのに」
「私はあなたと同じところね。痛みは思ったより強くないけど」
「きっと、伊代センパイはおっぱいがクッションになったんですよ!」
「場所が場所なだけに」
「……そうなのかしら? 確かにこの胸、弾力だけはあるけど」
「さりげなく超ド級の自慢」
「違うって! 胸なんか大きくたって何の意味もないのよ? 重いしかさばるし蒸れるし、合うブラジャーは探しにくいし、形だって崩れやすいんだか」
「お前は黙れ」
 とても機嫌悪げに伊代の主張を遮る央輝。怪我の痛みとは違う苦々しさが顔中に満ちている。……なんともわかりやすい。
「軽いし薄いし風通しいいしブラ要らないし形なんか存在しない人のひがみですね。嫉妬かっこわるーい」
「うっ……うるさい!」
「大丈夫ですよぅ、鳴滝もぺったんこですから!」
「揉めば大きくなるわよ? そうね、央輝ちゃんも私のとろけるマッサージを施す時期になったわね」
「ふざけるな! あたしはおまえたちと馴れ合う気はないといっただろう!」
「馴れ合わなくてもAとかBとかCはできるわよ? たっぷり調教してあげるわ。身体は正直なんだから」
「目がマジだ」
「いえんふぇー頑張れー」
「くっそ……なんでお前たちはこう……」
 すっかり遊ばれキャラになっている央輝。いいポジションに収まったなぁ。そんなことを考えつつ、全員の状態をチェックする。
 顔色は全員良好。表情はそれぞれだけど、体調が悪い子はいなさそうだ。
「とりあえず、大丈夫は大丈夫……なのかな?」
「うん、平気平気!」
「まあ、この私の肌に傷はつかなかったからいいことにするわ」
「鳴滝めは肩がはまればオールオッケーであります!」
「念のためにみんな病院とかはいかなきゃ駄目よ? ばい菌とか入ったら大変なんだから」
「アホか。脱臼程度で医者にかかるほどヤワじゃない」
「外傷なら自分でどうとでもなります」
「ん、よかった」
 ほっと一息。
 ……大体、予想通り。勢い余っての判断は英断になってくれたらしい。
 全員怪我をしたというのに、場の雰囲気に暗さは皆無。みんな直感的に、本能的に感じ取っているんだろう。
 ――呪いは去った。
 僕たちは少なくともしばらくの間、ひょっとしたら永遠に、呪いに追われることはない――
 一時的な負傷などものともしない解放感。
 助かった。
 僕たちは、自分たちの力で、呪いに勝てたんだ。
「……」
 ……それは、この状況を誰よりも望みながら、誰よりも信じられなかった一人も気づいているはず。
「……このノリ懐かしいでしょ、惠」
「……」
 僕に声をかけられ、惠は目だけで見上げてくる。
 もちろん、彼女とて無傷ではない。右肩を狙われたらしく、破れたブラウスは真っ赤に染まっている。
 けれど、そんな怪我の内容よりも彼女を揺さぶるのは……
「……何故……?」
 愕然と、質問ともつぶやきともつかない言葉を零す。
「うーんとね、あくまで仮定なんだけど」
 質問内容は違うだろうと思いつつ、ぴっと指を立てて説明する。
「まず、奴は僕らひとりひとりを区別できてない気がしたんだ。『踏んだ』当人はかろうじて認識してたみたいだけど、正直呪い持ちなら誰でもいいって感じだったんだよね」
「それはあるわね。こよりちゃんのところに出はしたけど、出たらもう見境なかったわ」
「うん。あともう一つ。奴の狙いは僕らの『生命』そのものではないんじゃないかって思った」
「あら、どうして?」
「だって、生命を狙うなら心臓発作でも起こせば済むことじゃない」
「真っ黒いノートに名前書く感じ?」
「そうそう」
「銀河鉄道が一晩でやってくれました的な」
「微妙に惜しい」
 奴はシステムに近い何か。だとすれば、効率を最優先するはず。
 手っ取り早く命を奪うなら、それこそ心臓を止めれば済む話だ。情も何もないけど、そもそも生き物ですらない相手にそんなものを期待する方がおかしい。
「……で?」
 まどろっこしい脱線が嫌いなのか、央輝がぶっきらぼうに先を促す。ちょっと肩をすくめて続きを語る。
「ここからは僕の予想だけど……奴が狙ってるのは『生命』ではなくて『生命力』とか『運』とか、そっちなんじゃないかな。たとえば、僕たちは一人あたり100ポイントの生命力を持っていて、呪いを一回踏むごとに100ポイントの支払いが生じる。で、生命力がゼロになったら死ぬ、みたいな。奴は僕たちを個人ではなくそういうポイントの集まりと見ていて、100ポイント取れるなら誰でもいい」
 呪いが生命を狙っているわけじゃない……それは、僕が薄々感じていたことだ。やり口はタンスやら足場やらバイクやらの外部要因で、僕たちがバラバラのときでも集まっている時でも出てくる。それでいて、人数が多いときはなんだかんだで手加減をする――一気に心臓を止めてしまわないことといい、殺すのが目的なら妙に非効率的だ。でも、奴が狙うのが生命ではない何かで、それが奪われた結果僕たちに生命に関わる影響が生じているのだとすれば、ある程度は筋が通る。
「で、考えたんだ。奴が個人を認識できず、単に一回あたり100ポイント、今回は累計200ポイントを取る気だったとして……100ポイントの存在を2つ持っていくのも、800ポイントの存在から200ポイント持っていくのも同じことなんじゃないかって」
「……? どゆこと?」
 るいが首をかしげる。
「つまり、円陣組んでた僕たちのことを、奴は800ポイントの存在だと認識したんだ。そこから200ポイント持っていった。その結果、僕たちひとりひとりは25ポイントの支払い、今みんながしてる怪我程度で済んだってわけ」
 全員の状態を見るに、怪我の場所はそれぞれ違うものの、程度は大体同じぐらいだ。呪いを踏んだ子を中心に狙ってくる可能性もあったけど、この状況からするに、奴は個人の区別が全くできなかったんだろう。
 つまり、奴にとって僕たちは全く同じ『ポイントの集合』でしかない。ある意味平等だ。
「まあ……ツッコミどころは色々とあるけど、そう考えるのが妥当かしら」
「鳴滝は難しいことはわからないデスが……つまりは、呪いを踏んでも全員で受ければ怪我で済むってことデスか?」
「ま、そういうこと。どうせ相手のシステムなんか証明できないんだし、そんな感じに考えとけばいいんじゃない?」
「まさに一蓮托生、死なばもろともですね」
「死なないための一蓮托生だよ。そして、殺さないための一蓮托生」
 視線を惠に移す。
「……納得できた?」
 惠は首を横に振る。
 怪我部分に触れながら所在無げに座り込む姿は、僕立ちの中で一番背が高いはずなのに、妙に小さい。
「……できるわけ、ないだろう……? どうしてそんな、みんなが危険な目に合う方法を」
 ためらいがちに続くのは、たっぷりの不安と現実の否定だ。思い込みからの解放はそんな簡単にはいかない。内容に関わらず、信じていたものが否定されれば人は反発を覚える。予想との差が大きければ大きいほど、戸惑いも強くなる。
 そんな惠にかけられるのは、同盟が取り戻した親しさのかたち。
「まだわからないんですか、この強情っぱり」
「メグムってば疑り深いなぁ」
「死ぬ気で頑固なのも魅力的だけど、たまには折れたほうが可愛いわよ?」
「惠センパイも助かったんですよぅ! 喜んでください!」
「あたしはこいつらの提案に乗っただけだ」
「理屈じゃないのよね、こういうのって」
「……」
 迷いに浸された目で僕たちを見回し、不思議そうに瞳を揺らす。
 ……まあ、確かに妙ちきりんな状態ではある。
 全員それなりに痛い目を見て、でも痛い目を見る前より明るくエネルギッシュで、すっきりした顔をしている。
 それは、決して呪いを破ったという達成感だけではなく――
「……あのね、惠」
 ゆっくりと彼女に歩み寄り、膝をつく。肩に手を置いて、両目をしっかり見据える。
 奈落まで沈められた心に届くように、一度は断ち切られてしまった絆を結び直すために、静かに、穏やかに語りかける。
「これが僕たちの答えだよ。誰に強制されたわけでも、操られたわけでも、運命に導かれたわけでもない。僕たちが、僕たちの意志で選んだんだよ」
「……」
 理由は各々バラバラだ。そこに込める思いの強さも様々だ。
 それでこそ僕たちだし、統一する必要なんかない。いや、統一されてないからこそ、この答えには意味がある。
 散々に迷い、苦しみ、悩み、時には騙され、時には誤解に囚われ、それでも、最後はここにたどり着いた。
 誰一人想像していなかった未来。
 誰も描いてこなかった未来。
 だけど――誰もが、夢見ていた現在。
 
 僕は――
 僕として、同盟の一人として、七人の、自分の気持ちを言葉に変える。

「僕たちはね、惠。
 君のいない自由より、君のいる不自由が欲しい」

 呪いのある世界。
 制約の中、日々緊張し、怯えながら暮らす生活。
 何かのはずみで呪いを踏めば、日常は一瞬にして生死をさまようサバイバルと化す。
 終わることのない理不尽との戦い。
 それは確かに不自由だ。
 
 ……その不自由を、僕たちはあえて享受する。
 一度は手にした、自由への切符を破り捨てる。

「僕たちはみんな繋がっている。ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために。たった今、八人の輪は呪いをやっつけたじゃない。背負うならみんなで一緒に、生きるなら、みんなで一緒に」

 惠の身体を抱き寄せる。あばらが痛むけど、今はそんなのどうでもいい。
 体温の、鼓動のある身体。背負い込もうとして失敗して、一度は崩れてしまった魂。
 だけど、未来はいつだって可能性の宝庫。諦めない限り、何度でも立ち上がれる。
 たった今――僕たちが、彼女を再び迎え入れるように。

「だから――おかえり、惠。また、この場所で、一から始めよう」

 静かだった。
 虚ろな瞳は揺れ動き、呼吸は少しずつ詰まっていく。
「……」
 ぽたり、と。
 最初は一筋。ほどなくして溢れ出る。
 涙の流れは彼女を覆っていたよどみを押し流し、半ば絶えかけていた『才野原惠』の息を吹き返させる。
「……っ……」
 背中に手が当たる。小刻みに震えながら、僕の制服を握り締める。
 訪れた未来を、生きていける運命を、僕たちの意志を、怯えながら、慈しみながら、受け入れる。
 そして―――
「――――……!!」
 言葉なき声が、こだまする。
 コンクリートに囲まれた、灰色の高架下。小さな穴から見える光の束と、青空の欠片。
 惠は泣く。ありったけの力で、殻を突き破るようにして泣く。
 きっと生まれて初めての、心を、魂を起点とする泣き声。響いては消えていく、勢いあれど儚い、けれど確かな想いの発露。
 僕に抱えられて、僕を抱えて、とめどなく、ひたすらに、溜め込んできた寂しさを爆発させる。
 
 思うがままに泣かせて、ぽんぽんと背中を叩いて――僕は思う。
 ……ああ。
 これは、惠の産声なんだ、と。


 
「私の知り合いにワケアリを治療する医者がいるから、何かあったら連絡しなさいよ」
「ぜーんぜん問題なし! るい姉さんはピンピンしてるよ!」
「……あなた、まずは顔を洗った方がいいと思うわ。消毒もちゃんとして。女の子なんだから気をつけないと」
「残ったらむしろ傷の方を褒め讃えたいですね」
「こよりんといえんふぇーは平気?」
「はい、さっきセンパイがたにはめてもらったので大丈夫デス。念のために病院行きますですよー」
「おまえたちに情けをかけられる筋合いはない。もう二度と会うこともないだろうが」
「また会いたいそうです」
「なっ……! なんでおまえそんなこと」
「茜子さんはぜーんぶお見通しです。ツンデレいじりは心の清涼剤、ゲヘヘ」
「鬼だ……」
「央輝ちゃん、次に会うときはおっぱいマッサージしてあげるから楽しみにしてて」
「絶対ゴメンだ!」
「ちょっと興味があるそうです」
「……い、いいかげんにしろこの……!」
「ポジション確定デスね」
「いじりやすい性格してるもんね。本人は否定するだろうけど」
 活気を取り戻した八人が高架下を後にする。階段を登れば相変わらずのアスファルトの街並み、味もそっけも風情もない景色が広がっている。他者にはどこまでも無関心、狭さがひしめく街と人は相変わらずだ。
 でも、いつもどおりなのに、なんとなく違って見える。踏みしめるアスファルトが、僕たちを包む田松市という場所が妙に愛しいものに思えてくる。その大部分は僕たちの気の持ちようによる変化なんだろうけど……呪いを迎え撃った僕たちに、爪先ほどの歓声を送ってくれている、そんな錯覚を今ぐらい感じてもいいかもしれない。
「んじゃ、次はどこに集合する?」
「例の屋上でいいんじゃない? ここしばらく行ってないし、そろそろ紅茶代がかさんできたわ」
「セロリ屋敷に引きこもる理由もなくなりましたしね。人間もたまには虫干ししないとカビが生えます」
「ずーっと家の中で身体なまっちゃってるからなー。めいっぱい走りまわりたいよ」
「これからは好き勝手に動いても大丈夫だよ」
「だねー、うっしっし」
 健康優良野生児なるいは、行動制限が解除されたのが嬉しくてたまらないらしい。満面の笑みを浮かべつつ、しきりにストレッチをしている。確かにここしばらくはこもるか逃げ惑うかで、思うように走りまわったりはできなかったもんなぁ。
「じゃあ今日から皆元は放浪生活に戻りなさい」
 そんなるいの様子が気に触ったのか突っかかるネタを得たと思ったのか、花鶏が冷ややかな提案を突きつける。
「なっ!? なんでー!?」
「当たり前でしょ? こっちだって限界があるのよ、今までも自分でどうにかしてきたんだからどうにかしなさいよ」
「そんなこと急に言われたって……」
 青天の霹靂にしょんぼりするるい。
 花鶏は伊代に担がれつつ、るいをジト目で眺める。
「そもそも、皆元も茅場も全ッ然そそられないのが一番の問題なのよ。身体で払ってもらえるならいくらでも養うけど、それさえないんだもの」
「払えるなら養うんだ」
 その判断基準もすごい。
 すごいんだけど……花鶏はさも当然のように髪を風に梳かす。
「かわいこちゃんを好みに調教するのは貴族のたしなみよ?」
 ……おみそれしました、色々と……。
「没落してますけどね」
「茅場、あんたも追い出すわよ」
「こんな美少女を夜の世界に放り出すわけですか。いい度胸です、それでは補導されて警察にあることないこと吹きこんで没落を滅亡に追い込むとしましょう」
「シャレにならないよそれ!?」
「あの子ならやりかねないわ……」
「ペンは剣よりも強しか」
「っていうか、私を追い出すのは決まってるの!?」
「決まってるわよ」
「そ、そんなぁ……おなかすいちゃうよぅ」
「問題はそっちなんだ」
 花鶏の基準もアレだけど、るいの危機感もなかなかズレている。
「……むぅ」
 それはいいとして、早速の問題発生だ。そのまま放っておくわけにもいかないし、花鶏の言う事にも一理はあるし。
 ちょっとシンキングタイム。
 ……難しく見えて、案外簡単に対策は見つかった。
「じゃあさ、るいが花鶏のリハビリ手伝うのはどう? 足やられてるんじゃ、しばらくは何かと不自由だろうし」
「皆元の手を借りるなら死んだほうがマシよ」
 予想通り即座に突っぱねられる。そこをぐっと一押し。
「茜子は手出しできないし、このままだとどうやっても両親に頭下げることになるよ?」
「……腹黒ね、智」
「智センパイの言うとおりデスが……ちょっと苦めな」
「どちらがよりイヤかって選択、嫌いなのよ……」
 苦虫を噛み潰した顔になる花鶏。対照的にるいはわが意を得たりと活気付く。
「トモちんさっすがぁ! それなら私もごはん食べられるよね!」
「ちょっと! 私はOKだなんて言ってないわよ!?」
「だぁいーじょぶだいじょぶ。私は力には自信があるから!」
「だからイヤだって言ってるんでしょこの粗忽者!」
「そこ……何?」
「……頭痛くなってきた……」
「世の中には通じない悪口があるんですね」
「あの子らしいわ……」
「まあ、そこは二人に任せるよ」
 あえて深入りせず、提案だけして話を切り上げる。あとは二人でどうにかするだろう。なんだかんだで似たもの同士だし。
 死亡フラグを超えた僕たちだ。大抵のことはなんとかなる、そんな気がする。
「で、場所は例のところして、時期はいつごろなの? それぞれ治療にかかる時間は違うでしょ、ちゃんと予定立てておかないと」
「その辺は適当に。無理せず気軽に気楽に」
「……そうね。そういうのが一番よね」
「うん」
 伊代がほっとしたように顔を綻ばせる。
 全員の予定を把握しあう……ここしばらく続いていた歪みも、役割を終えた。
 相互監視状態はもういらない。これからは思いのまま、気の向くままに集えばいい。同盟の日々はそうやって続いてきたんだ、真剣だけどズレた目的が消えた今、元通りに、そして新たに方向を模索していくことだってできる。
 ……そうそう、みんなで集まるんだから、全員が分かってるところにしないと。
「央輝はたまり場の場所知らないよね? あとでメール送っとく」
「あたしは日中は出歩かないんだ、余計な真似はしなくていい」
「来るかどうかは央輝次第だよ。ただ、来たい時に場所がわからなかったら困るでしょ?」
「……ちっ」
 機嫌悪いフリで舌打ち。でも、メールを寄越すなとは言わないあたりが央輝らしい。
「あたしは帰る。じゃあな」
 むずがゆさを感じるのか、さっと話を打ち切る央輝。僕も今日のところは追わない。
 きっと、いずれは彼女も交えての同盟になるだろう。絆は確かに央輝とも結ばれているんだし。
「うん、じゃあ近いうちに」
「……期待はするな」
 振り返ることなく去っていく央輝。だぼだぼとひらめくコートがどことなくコミカルで可愛い。
 央輝を見送って、一息つく。
「……んじゃ、僕たちも帰ろうか」
「そうね、今日は久々にぐっすり眠れそう」
「鳴滝も最近寝不足だったですよぅ! 今日からはばたんきゅーでぐっすりどっぷり寝られます!」
 こよりは屈託のない笑みと共にくるくると回る。一番緊張していたのはこよりだし、解放感も人一倍だろう。
 視線を向けると、るいと花鶏の小競り合いもどうやら決着したみたいだ。るいが花鶏の肩を担いでいる。
「いい、これは取引よ? あんたに助けられる筋合いはないんだから」
「なんでもいいよ。ごはんごはんー」
「……ということになりました」
「やっぱりそういう結論になったんだ」
「人間、そう簡単には変わりませんよ」
「だよね」
「この人たちの憎み合いが愛に変わりチュッチュラブラブいちゃいちゃを見せつけられるようになるのかと思うと先が思いやられます」
『それはない』
「……ハモったね」
「ハモりましたね」
「まあ、みんな仲良く」
「早く治して智やこよりちゃんや伊代を堪能したいわ……」
「……早速フラグ立てますか」
「当然でしょ」
「さすがは花鶏センパイであります」
「では、次回の百合物語をお楽しみにということで」
「茅場、あんまり変なこと吹きこむと本気で追い出すわよ!?」
「わーい怒ったー」
「……花鶏は誰とくっついても永遠につまみ食いする気がする……」
 いろんな意味で去ることのない危険に冷や汗をかきつつ、三人を見送る。一緒に伊代とこよりも去っていく。
 風がさらさらと抜けていく。
「……」
 残ったのは、二名。僕と惠。
 今の今で一気にリズムを取り戻せるわけもなく、惠はまだ口数が少ない。わだかまりは一瞬では消えないからこそわだかまりだ。そこは時間の流れが解決してくれるのだろう。
 ……それに、彼女が引っかかっているのは、おそらく別のことだ。
 僕があえてみんなと一緒に帰らなかった理由も、そこにある。
「……智」
 ゆっくりと手を繋ぎながら、すまなさそうに口を開く惠。
「……みんな、これで全部解決したと思ってるかもしれないけど」
「うん」
「君は、気がついているのかな」
「当然」
 指を絡めてぎゅっと握る。幾度目かの細い指の感触が手に残る。
「君のことだもん。決着つけなきゃいけないことが他にもあることぐらい、わかってる」
 実のところ、惠の抱える困難はまるごと残ったままだ。今回の件は事実上、呪いを踏んだ場合の対処法が見つかったというだけ。もちろん、呪いに対抗できるようになったのは大きいし、惠が同盟に戻れるのは奇跡といっていいほどに嬉しい。
 ただ、彼女が抱える爆弾は呪いだけじゃない。
 ――生命を奪う発作の存在、これからも続くであろう、数限りない罪の上乗せ。
 惠の心をすり減らしたのは同盟との決別だけじゃない。人の生命を奪う罪悪感は確実に彼女を蝕み、生きる意欲を削り取っていた。
 呪いを解かない限り、僕たちは能力を持ち続ける。生きたいと渇望し続ける限り、惠は生き延びる術を、生命の搾取を重ね続けざるを得ない。
 ……得なかった。
 今までは。
「――ひとつだけ」
「?」
「ひとつだけ、方法がある。君がもう人を殺さなくていい、死に怯えなくてもいい方法がある」
「え……」
 空を見上げる。夕焼けが滲み出した空は果実が熟れるように鮮やかに色を変えていく。
 行き過ぎるのは、たった一人、僕たちが救えなかったひとの姿。
「姉さんがね、ヒントをくれた」
「……真耶、が……?」
「うん。試してみないと確かなことは言えないけど、姉さんの力が僕に移ってるなら大丈夫」
「……」
 複雑な表情の惠。助かるかもしれないと言われても、それが姉さんがらみとなれば反応にも迷うだろう。
 理由がどうであれ、僕たちの間違いが姉さんの死を招いてしまったことは否定しようがない。姉さんは二人の心に楔を打ち込み、消えることのない傷痕となった。僕たちは生きていく限り姉さんの影からは離れられないし、それを拒む気もない。
 ……だって、惠を殺そうとしたのも、生かしてくれるのも、姉さんなんだ。
「とりあえず屋敷に帰ろう。佐知子さんも浜江さんも心配してる。説明は二人も交えたほうがいいと思うんだ、君のことを本当に大事にしてくれているんだし」
「……あ、うん……」
 なんと反応していいものか、戸惑いながらも頷く。頼りなげな、でも着実に一歩を踏み出しつつある姿に愛しさがこみ上げる。
「惠」
「……ん?」
「あとで、これからの予定を立てよう。四季折々の景色があるし、二人で行きたいところがたくさんあるんだ。一年先でも、二年先でも、五年先でも、目標は多いほうがいい」
 滑り出したのは、至極ありふれた、けれどかつては許されなかった提案。
 案の定、惠は表情を暗くする。
「何を言ってるんだ、君は……僕に、そんな先のことなんて」
「あるんだよ」
 確信が届くよう、じっと見つめる。
「君には時間がある。一年でも、五年でも、十年でも、ちゃんと君だけの時間がある」
 明日をも知れぬ人生を歩んできた惠。気まぐれで残酷な運命に翻弄され、現世にしがみつくような生き方しか許されなかった儚い生命。
 だけど、それももう今日で終わりだ。
 今までは、惠が自分の手で、奪うことで生命を繋いできた。
 だから、これからは、僕が――
「僕が、君の日々を創るよ」
 それは誓いだ。今まで散々願ってきた、夢見てきた、心のどこかで手が届かないと思っていたこと。
 物事には、全て意味がある。過ちにしか見えないことでも、遠回りの形をしていても、全ては新しい可能性へと繋がっていく。
「約束する。十年先も、二十年先も、そのまたもっと先も、一緒に生きていこう」
「……本当に?」
「嘘つきさんだって、たまには本当のことを言いたくなるんです」
「……困った嘘つきだ」
 お互いに、顔を赤らめながら苦笑い。
 
 ――さあ。
 誰も想像し得なかった、第三幕を始めよう。