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after Birthday ※視点は惠

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僕の考えた惠ルート ※視点は智

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 prologue


『後悔先に立たず』。
 最近、よく頭の中をよぎる言葉だ。
 思考の引き出しの最上段に常に置かれ、ことあるごとに顔を出してくる訳知り顔の先人の智恵。
 智恵――智と、惠。
 熟語から連想された単語と、元となった熟語との間抜けなほどのミスマッチさに、喉が乾くような虚しさを覚える。
 智恵――僕たちに、そういうものがあっただろうか。
 あるいは、あったなら――違った道も見えていたのだろうか?

 なぜか寝付けぬ一夜の戯れは、いつもほぼ堂々巡りの問いと答えで構成される。
 僕と、智。二人だけの世界――それが、ここ。かつては家政婦に囲まれたり、一時の仲間を得て騒ぎに没頭したりもしたけれど、今は本当に、僕と智の二人きりしかいない。
 どうしてこうなったのかなんて、今更問うても仕方ない。過去に思いを巡らせど、過ぎ去った日々は戻らず、再度の選択などというものはない。
 きっとこれは運命――そう、運命に導かれ、僕たちはこの道を選びとった。
 ――血塗られた、人の世界に弓を引く道。
 後悔しているかと言われれば、首を横に振るだろう。
 いかなる理由を積み上げても、説得の術を、罪悪感の枷を架しても、それでもなお疼く本能がある。それに導かれるまま、踊らされるまま、罪という表現程度ではあまりに不釣合いな行為を重ね続けてきた。
 いいや――過去形ではなく、現在形。
 ――命を摘みとる。
 それはとても都合の良い自己弁護の言い換えだ。つまるところは殺人。
 人の未来を奪い取り、自分の現在に置換する――それが僕の能力、『命の上乗せ』。
 言葉とは、時に饒舌で、時に寡黙で、時に小賢しい。この表現自体は僕が思いついたものではなく、先人が残した資料や、母の言い方をそのまま拝借したものだ。随分と実情に似つかわしくない、綺麗な表現だと思う。
 もし、この忌まわしい能力の名付け親が僕だったなら、おそらく別の言い方をしただろう。
 そう、例えば――共食い。
 
 ――共食い――智。

 思考は再び、つまらない連想ゲームに興じる。今回湧いたのは吐き気をもよおす嫌悪感だ。
 共食い――智、食い。
「……っ!」
 ぎりぎりと奥歯を噛みしめて、震えを堪える。
 隣で眠る彼に気づかれてはならない。実戦経験を重ねることで研ぎ澄まされてきた彼の直感は、いともたやすく僕の不安や不調を掬い上げてしまう。背負いし十字架に封じられた表現を読み取ろうという努力は、どんな些細な動揺も見逃さないまでに進化した。相手を僕に限るなら、茅場茜子と呼ばれる少女の持つ能力に逼迫するほどの精度を持つようになっている。
 それは、進化なのか。それとも変化か。
 それとも、別の……

「……惠?」
「あ……」
 案の定、起こしてしまった。
 二人でもぐる毛布が服と擦れる。気づくと、彼は僕の顔を心配そうに覗き込んでいた。
 一見すれば穏やかな、愛情に充ち満ちた瞳。
「どうしたの? 具合、悪いの?」
「あ……いや……なんでも、ないんだ」
 笑顔を作る。少し引きつっているのが自分でも分かる。
 そんなあからさまな誤魔化しに騙されてくれるほど、智は鈍感ではない。
 ただ、彼はそれが無視できるレベルの事なのかどうかも同時に把握してくれる。彼自身の物差しによるものだから、少々過保護に過ぎるのが玉に瑕だけど……。
「身体の調子が原因じゃ、なさそうだね。また変な夢とか見たの?」
 耳元に響くのは、努めて明るく、ぬくもりに満ちた声。それは聴覚から全身に染み渡り、僕に喩えようもない安堵をもたらす。
「……智は、人間の思考回路について考えたことはあるかい?」
「え、んー……そのものについては、あんまりないかな」
「人がなぜ意味不明の夢を見ると思う? レム睡眠時の海馬の情報処理が混線した結果、何の繋がりもない要素が組み合わさった情報の塊が作り上げられることがある。それが『謎の夢』として認識されるそうだ。もちろん、関係のある要素が組み合うこともある。その時は、比較的まともなものになるみたいだね」
「ちょっと、ロマンに欠ける話」
「ははは、そうかもしれない。神の啓示や夢のお告げといった神秘的要素を排除してしまうのだから、科学の世界も随分とお節介だね」
「まあ、神様や前世の誰かさんだって、そうホイホイ降りては来られないから丁度いいんじゃない?」
「なるほど、智は着眼点がいい」
「惠の発想にはかなわないよ」
「……ふふ」
「……はは」
 たわいない話で興味を逸らしながら、智の髪を撫でる。
 さらりと指を通るそれはせせらぎのようで、伝っていく皮膚に存分に安らぎを与えてくれる。
 満ち足りた――身に余る幸福に、溶かされそうになる。
「さあ、明日も早い。おやすみ」
「……うん、おやすみ、惠」
 軽く唇を触れ合わせた後、智は再び瞳を閉じる。程なくして聞こえてくる寝息はおそらく本物だ。
 あどけない寝顔、変わることのない強くも優しい瞳、交わるたびに身体を溶かしていく熱。

 ――けれど。
 僕は、気づいていないわけじゃないんだ。

 ――あの日から始まった、僕の、新しい罪。

 ――君が選んだこの道は、他でもない愛しい君の中に、狂気を染み渡らせつつあるんだと――